442 限界のその先に
休憩を終えた生徒たちが席に戻ると、ヴァリアードは教室を見渡した。
「全員の発表は確認した。設計図の上で優れていることと、実際に使いやすいことは別だ。これから、改良した照明の動作を一つずつ魔道具を使い確認する」
ヴァリアードが教壇に記録用紙を映し出す。
「明るさと魔力消費量に加え、長時間使用した際の安定性、安全機能、部品の交換や修理のしやすさも調べなさい。
以前の照明との比較は必要ない。現在の設計が条件を満たしているかを確かめるんだ」
「周囲の明るさが変わったときの調整も確認するのですか?」
サンセールが尋ねた。
「そうだ。魔力供給が不安定にならないか、安全機能が正しく働くかも確認すること。異常が起きた場合の検証には試験用の魔道具を使い、実際に照明を故障させる必要はない」
生徒たちは、それぞれの照明を測定用の台に置き、検証を始めた。
魔力消費量を測定する者、光量の変化を調べる者、長時間の点灯による魔力の流れを確認する者。
それぞれが担当する項目に集中している。
ルノアは周囲の明るさを変えながら、照明の反応を確かめていった。
明るさに応じて魔力供給は適切に調整されていたが、安全機能が作動するまでの時間には、まだ改善の余地がある。
ルノアは測定結果を記録し、改良すべき箇所を設計図に書き込んだ。
やがて、全員の測定が一段落すると、ヴァリアードが説明を始めた。
「教本の第九十章までに学んだ内容を、今回の課題にも生かしなさい。
魔法陣単体の性能だけでなく、複数の機能を組み合わせたときの魔力の流れにも注意すること」
ヴァリアードは魔道具の記録用紙を確認しながら続けた。
「連結部分で魔力が滞ったり、調整機能同士が干渉したりする場合もある。
個々の機能が正常に動いていても、全体を組み合わせると不具合が生じることがあるんだ。
必ず、全体を動かして確認しなさい」
生徒たちは説明を聞きながら、記録した結果を見直していた。
「次回までに、測定結果をもとに設計を見直すこと。変更箇所とその理由、予想される効果も記載しなさい。提出期限は前回と同じく、次の授業の二日前までだ。教本は第百四十章まで読み、今回の実習で得た結果も整理しておくように」
生徒たちは真剣な表情で頷いた。
照明を改良するだけでは、実用的な魔道具にはならない。
実際の使用を想定して検証し、問題点を見つけ、さらに改善する。その繰り返しが、設計の精度を高めていくのだ。
次の課題の説明を終えると、ヴァリアードは教室を見渡し、にこやかに告げた。
「これで授業は終わりだと思った者。すまないな。
前回、体調を崩した者がいたから、鍛錬は授業の最後に行うよう学院長から言われていてな」
生徒たちの表情が、一斉に固まった。
「順位を見直した。十三位より後ろの者は、結界を張る準備をしなさい」
後方に座っていた生徒たちが、すぐさま魔力を動かし始めた。
「前回と同じく、自分が張れる最高の結界を構築すること。自分の魔力の残量を意識し、決して無理はしないように。私が補助に入る場合も、魔力を使い切らないこと」
ヴァリアードは、生徒たちの準備が整うのを待ってから指示を続けた。
「では、十三位までの者とサンセールは、結界を解除しなさい」
指示を受けた生徒たちは、張っていた結界をゆっくりと解除した。
「残った者は、前回より少しでも長く結界を維持すること。始め!」
生徒たちは一斉に結界を展開した。
ヴァリアードから放たれる膨大な魔力が、教室全体を覆っていく。
その圧力に耐えながら結界を維持するには、魔力の配分と制御が欠かせない。まだ結界を張るだけで精いっぱいの者も多いが、自分の魔力を把握し、自在に操ることは、あらゆる魔術の基礎となる。
前回の授業から、クラスを移動した五名の生徒はいなくなっていた。
ヴァリアードはすぐには補助に入らず、生徒たちが互いの結界を確認しながら、どこまで自力で維持できるかを見守った。
やがて、魔力が不足し始めた生徒たちを、ライルズ、ギルト、バルト、ダルト、アキ、サキ、ルルが支え始めた。
リシューも精霊魔法を使い、十人の生徒の補助に入っている。
一方、ルノアは全体の結界を注意深く見渡し、魔力の流れを調整しながら、崩れかけた箇所を安定させていった。
ヴァリアードの魔力は、相変わらず重く、息苦しさを感じさせるものだった。
生徒たちにとっては、実際の時間以上に長く感じられたに違いない。それでも、誰もが自分の結界を維持しようと懸命に耐えていた。
しばらくして、ヴァリアードが声をかけた。
「ルノア、全体の調整をやめて、自分の結界を解除しなさい。大丈夫だ」
「……わかりました」
ルノアは一瞬戸惑ったものの、ヴァリアードの言葉を信じ、自分の結界をゆっくりと解除した。
その瞬間、教室を覆う重い魔力が、むき出しの圧力となって生徒たちに押し寄せた。
生徒たちは驚きに目を見開いた。
これまでルノアが全体を調整していたため、気づかなかった者もいたのだろう。
しかし、誰の結界も崩れることはなかった。
ルノア自身も、思わず驚いた表情を浮かべた。
ヴァリアードは生徒たちを見渡し、満足そうに頷いた。
「気づいた者が増えたな。そうだ。お前たちは、自分で自分の魔力の限界を決めつけていただけなんだ」
生徒たちは、結界を維持したまま互いの顔を見合わせた。
「前回の訓練だけでも、魔力が増えたと実感した者がいるだろう。魔力の扱い方が変われば、これまで維持できなかった結界も扱えるようになる。大切なのは、自分の状態を正しく把握し、制御を身につけることだ」
ヴァリアードは、生徒たち一人ひとりを見つめた。
「素晴らしいことだ。諦めなければ、人は成長し続けられる。驕らず、自分の限界を決めつけず、努力を続けなさい。上には上がいる」
その声には、厳しさの中にも確かな温かさがあった。
「努力して身につけた力は、いざというときに自分を守るものになる。リオンブランへ行く者は、そこでさらに成長するだろうな……再会が楽しみだ」
生徒たちの表情に、わずかな緊張の緩みが見えた。
ヴァリアードは最後に、静かに告げた。
「自分がこれなら安心できると思えるところまで、鍛錬を続けることだ。私も今も続けている。」
その言葉を受け、生徒たちは改めて自分の魔力を確かめるように結界を維持した。
やがて、ヴァリアードが指示を出す。
「上位の者も結界を張りなさい。これで終了だ」
それまで結界を解除していた生徒たちも、指示に従って結界を展開した。
ヴァリアードは全員の様子を確認すると、静かに頷いた。
「皆、今回は大丈夫そうだな。ルノア、リシュー」
呼ばれた二人が顔を上げる。
「全員に、必要最低限の癒しと疲労回復をかけなさい」
「「はい、わかりました」」
二人はすぐに魔法を発動させ、生徒たちの疲労を和らげていった。
訓練を終えた生徒たちは、安堵の息をつきながら、自分の魔力の状態を確かめていた。
自分が限界だと思っていた場所は、本当の限界ではなかったのかもしれない。
その気づきこそが、今日の鍛錬で得た何より大きな成果だった。




