440 学院長の苦悩と研究者の喜び
ヴァリアードは、ヨーリアン帝国の魔術学院で、特級クラス全員の課題が提出されたことに安堵していた。
そこへ、学院長ヤーナイドが入室の許可を求めてきた。
「特級クラスの課題提出はどうだ?」
「ああ。心配していたのか。全員提出されたよ」
「特級クラスは十四名だろう。残りの生徒は上級クラスに下げた方がよいのではないか?」
「そうだな。実力差が大きすぎて、全員に同じ授業を受けさせるのは難しい。ただ、互いに刺激し合うことで得られるものもある。実戦だけは、分ける必要があるだろうな」
ヴァリアードは少し考えてから、ヤーナイドに視線を向けた。
「実戦に応援を頼んでもいいか?」
「どこに頼むつもりだ?」
「マクアリール公爵家の騎士団と、タスワンズ湖にいる竜皇国の騎士団だな。リオンブランの隠密も協力してくれるだろう」
「……ずいぶん大掛かりだな」
「どうせ世界中から王族が来ているんだ。護衛の隠密たちも、この機会に鍛え直したらどうだ?
許可くらい取れるだろう。それに、グランディスも本当は帝王軍を鍛え直したいんじゃないのか?」
「なぜ、そこで帝王様が出てくる?」
「ライルズの近くで警護しているんだろう? 協力してもらえば、自然と帝王軍の訓練にもなると思うぞ」
「……なあ、俺が聞いていい話なのか? 本当に頼んでいいものなのか?」
ヤーナイドは額を押さえた。
「ほら、俺とラルフが入学したばかりの頃、実戦授業にマクアリール公爵家の騎士団が呼ばれただろう? ラルフに話せば大丈夫だ」
「そういう問題なのか……」
ヴァリアードは気にする様子もなく、さらに話を続けた。
「それと、ヨーリアン帝国も王城、地方職員も、魔道具を外した状態で学力、魔力基本試験をやり直すよう提案してくれ。
卒業資格が足りなくても卒業出来ているのは成績改竄だろ?前任の学院長の負の遺産は早めに片付けないとな……罪に問えるから一掃できると伝えてくれ。魔道具門の貸し出しも可能と言ってくれ。」
「おいおい。それを俺に言うのか?」
「魔道具そのものが悪いわけじゃない。ただ、魔力を封じられた途端に何もできなくなるようでは困るだろう。魔力が使えなくても、自分の身を守り、戦える力は必要だ。
学力や知力が足りないもの者が当主となって本当に大丈夫なのか?納税滞納者が増えてるだろ?やらなきゃいけないことを後回しは駄目だぞ」
「分かっているが、簡単に言ってくれるな……」
「何を今さら。もう魔法契約書も交わしているだろう?」
「ああ……胃が痛い」
ヤーナイドは深いため息をついた。
「竜皇国の魔術学園も魔術学院も再開された。あまり詳しくは話せないがな」
「それは何よりだな」
「竜皇国からの転学希望者は、例外なく来期の入学試験を受けさせてくれ。問題のある生徒がいたら、早めに知らせてほしい。リアム国王にも伝えておく」
「分かった。今のところ、問題はない」
ヤーナイドは頷いたあと、ふと思い出したようにヴァリアードを見た。
「それと……ヴァリアード。気づいていて黙っているのも、どうかと思ってな」
そう言って、穏やかに微笑んだ。
「『運命の番』おめでとう。末永く幸せにな。本当に良かった」
「……ああ。気づいていたか」
「当然だろう。帝王からも伝言を預かっている。『一切干渉するつもりはないが、何かあれば早めに知らせてほしい。おめでとう。末永くお幸せに』だそうだ」
「ありがとう。こちらでは教師と生徒の関係だからな。信頼してもらっているとは思うが、契約どおりに頼む」
「分かっている。そこは心配するな」
ヤーナイドは表情を改めた。
「それで、スタンピードの状況はどうだ? お前は行かなくてもいいのか?」
「ああ、大丈夫だ。気になるのは分かるが……これを見てくれ」
ヴァリアードは魔空間から、預かっていた魔力糸を取り出した。
「今回、ルノアが作ったものだ。クロリナラドから、お前に研究してほしいと頼まれた。防壁専門のお前なら、正確な数値を調べられるだろうとな」
「……ええっ!? そ、それは嬉しいが、責任重大だな」
ヤーナイドは魔力糸を受け取ると、食い入るように見つめた。
「時間をかけても構わないそうだ。専門家による正確な数値が欲しいらしい」
「これは寝不足になりそうだな……。いや、楽しみだ!」
先ほどまでの疲れた表情はどこへやら、ヤーナイドの目は研究への期待で輝いていた。
魔力糸を大切そうに抱えた彼は、早く調査に取りかかりたいとばかりに、足早に退室していった。
ヤーナイドを見送ったヴァリアードは、提出された照明と設計図を一つずつ確認し始めた。
魔力石の大きさを変えた者、魔法陣を整理した者、魔力の流れを見直した者。改良の方法はそれぞれ異なっていたが、目指すところは同じだった。
明るさを保ちながら魔力消費を抑え、安全に長時間使用できる照明を作ること。
ヴァリアードは、それぞれの工夫に目を通しながら、生徒たちがどのように考え、改良を重ねたのかを丁寧に確かめていった。




