429 白く光る導きの先へ
デューヌ山脈では、ルノアの魔力糸による防壁の最終確認が進められていた。
山脈に点在する竜神教会を繋ぐように、白く輝く魔力糸が屋根から屋根へと伸び、山道や林道に沿って張り巡らされている。それは、避難する人々を教会へ導く道しるべであると同時に、魔獣の侵入を防ぐ防壁でもあった。
竜皇国の地上部隊は、魔力糸を一つずつ確認し、防御機能が正常に働いていることを確かめていた。
今回の魔力糸には、これまでになかった力が備わっていた。
触れた者や近くにいる者の疲労を癒やし、体力や魔力を増幅させる。さらに、不安に揺れる心を穏やかにし、夜になると淡い白い光を放って、暗闇に覆われた山道を照らし続けるのだ。
長く険しい道を歩く人々の負担を和らげ、夜には自然と深く眠り、翌日も歩き続けられるよう支える。そのすべてを兼ね備えた魔力糸を生み出せるのは、ルノアだけだった。
白い光に導かれて山道を進む人々は、歩き続けるうちに、自分たちの身体や心に起きた変化に気づき始めていた。
「竜神様と愛し子様が、私たちを守ってくださっているんじゃないか?」
「こんな険しい山道を歩いているのに、思ったほど疲れないわ。身体も軽いし、さっきまで感じていた不安も和らいでいるの」
「竜神様は、私たちを見捨ててはいないんだ。こうして進むべき道を示してくださっているんだ」
人々は、途切れることなく続く白い光を見つめた。
避難を決意したとはいえ、先の見えない不安を抱えている者は少なくない。住み慣れた家を離れ、収入の見通しも立たないまま、家族とともに険しい山道を進む。それは、誰にとっても容易なことではなかった。
それでも、身体を支えてくれる魔力糸の力と、暗闇の中でも道を照らす光が、人々の心に希望を与えていた。
山道の先々では、竜皇国の地上部隊が待機していた。頭上には竜が舞い、角を持つ者たちが結界の状態を確認しながら、水や食料、薬草などを補充している。避難する人々が必要な支援を受けられるよう、各所で準備が整えられていた。
竜皇国は、他国の政治や国の運営には干渉しないという方針を守っていた。
そのため、アズマサール共和国の政治に介入することはなかった。ただし、危険を知らせ、避難する人々の命を守るために道を整え、食料や薬などの支援を用意することは惜しまなかった。
支援の理由を尋ねられると、竜皇国の者たちは決まってこう答えた。
「竜神様のお言葉をお伝えできるのは、愛し子様だけです。我々は、そのお言葉に従って行動しているにすぎません」
彼らは自分たちの行動を誇ることも、見返りを求めることもなかった。
そんな竜皇国の姿を、子供たちは大人とは少し違った思いで見つめていた。
山道の途中で竜を見かけるたび、子供たちは足を止め、遠くからその姿を目で追った。
竜神様の化身ともいわれる竜は、彼らにとって教本の中でしか知らない特別な存在だった。
実際にその姿を目にしたことで、これまで学校で学んできたことが、少しずつ実感を伴って繋がっていく。
竜神様は、人々の暮らしを見守ってくださっている。
けれど、何もかもを代わりに決めてくださるわけではない。
危険を知らせ、生きるための知識を与え、選択できる道を整えてくださる。
それでも、その道をどう進むかを決めるのは、自分たち自身なのだ。
神々であっても、人々の命や選択を一方的に変えることはできない。
自分たちの国を守り、未来を築く責任は、そこに生きる人々が負わなければならないのだ。
「ねえ、お母さん。ここにある水や食料も、竜皇国の人たちが用意してくれたんだよね?」
ある子供が、補充されたばかりの物資を見ながら母親に尋ねた。
「そうね。これだけの量を、私たちのために準備してくださったのね」
「竜神様は、僕たちが自分で考えて選べるようにしてくださっているんだね。」
子供は少し考えてから、真剣な顔で続けた。
「だから、教えてもらったことを忘れちゃいけないんだね。僕、もっと勉強するよ。いつか困っている人がいたら、今度は僕が助けられるようになりたい」
母親は、我が子の言葉に静かに頷いた。
「そうね。助けていただいたことも、教えていただいたことも、忘れずにいたいわね」
二人の会話を耳にした周囲の大人たちも、改めて白い魔力糸を見上げた。
今回の警告も、竜神様の愛し子様を通じて危険を知る機会が与えられたからこそ、避難という選択に繋がったのだ。
もし、あの警告を受け止めず、何もせずにいたらどうなっていただろう。
そう考えると、決断するまでに時間がかかったことを悔やむ者もいた。
それでも、今からできることはある。
支援物資を受け取る人々の間では、自然と助け合いが生まれ始めていた。
荷物を持てない者には手を貸し、幼い子供を連れた家族には道を譲る。疲れた者がいれば声をかけ、互いの無事を確かめながら進んでいく。
竜皇国からの支援は、決して一部の者だけに向けられたものではなかった。
アマン家を中心に、身分にかかわらず、弱い立場にある人々から優先して必要な支援が届くよう手配されていた。
そこに、自国の王族や、貴族の姿はなかった。人々の胸には、失望が広がっていった。
『自分たちの王族は、今、何をしているのだろう。』
危機に直面した民のために動くこともなく、手を差し伸べてくれたのは、他国の竜皇国と元王族のアマン家の人々だった。
人々は、これから先の未来を思った。この危機を生き延び、国を立て直すことができたなら、自分たちと共に歩み、苦難の中でも誠実に支えてくれたアマン家の人々を信頼し、その再建を支えていこう。
その決意は、一人からまた一人へと広がっていった。
困難に直面したときこそ、何を選び、どう行動するのかが問われる。
自分たちだけが助かればよいのではない。互いに支え合い、学んだことを次の世代へ伝えていく。それもまた、受けた恩に報いるためにできることだった。
竜神様への感謝と祈りを忘れず、自分たちの力で困難を乗り越えていく。
親たちも子供たちも、それぞれの胸に新たな決意を刻みながら、白い光の導く道を進んでいった。




