11 魔鳥便フクロウの福ちゃん
ルノアは、ヴァリー伯父様へ魔鳥便を送った。
「ヴァリー伯父様。その後、お体は大丈夫でしょうか?
魔鳥便をありがとうございました。
白い鳥がとても可愛くて、触ろうとしたら逃げられてしまいました。
自分の魔力で鳥を作ると本に書いてあったので、本に出てきたフクロウというモフモフした鳥にしました。
目は、ヴァリー伯父様とお父様とお母様と同じ水色にしました。
たくさん触らせてもらえて、翼に包まれて一緒に寝ました。
とても可愛かったです。
ヴァリー伯父様の白い鳥にも、本に書いてあった通り魔力をあげました。
すごく元気になっていましたが、大丈夫でしたか?
来週は予定がありません。
またお知らせください。楽しみにしています。
ルノアより」
手紙を読み終えたヴァリアードは、傍らにいる白い魔鳥へ視線を向けた。
「……フクロウ、か」
思わず苦笑する。
翼を広げれば、幼いルノアの身体をすっぽりと包み込めるほどの大きさだ。
魔力で作る魔鳥は、成長するほど必要な魔力も増えていく。
そのため、フクロウを使役した者は、歴代でも前任の魔塔長くらいしかいなかった。
それをルノアは、何のためらいもなく作ってしまったらしい。
しかも、自分と父親、母親と同じ水色の瞳まで与えている。
「本当に、規格外だな……」
ヴァリアードが呟くと、白い魔鳥が指を嘴でつついた。
魔鳥便は、基本的に作り手以外には懐かない。
だが、この白い魔鳥は違った。
ルノアから魔力を与えられて以来、すっかり彼女の魔力を気に入っているらしい。
まるで、
――すぐに行かないのか?
――今すぐ行こう。
とでも言いたげに、落ち着きなく羽を動かしている。
「来週だ。もう少し待て」
ヴァリアードは苦笑しながら、魔鳥の顎の下を撫でた。
そして、再び手紙へ目を落とす。
ルノアの持つ力は、これからさらに大きくなるだろう。
だからこそ、どう導いていけばいいのか。
何を教え、何を守ればいいのか。
考えれば考えるほど、心配は増えていく。
気づけば眉間に皺が寄り、ヴァリアードは小さく息を吐きそうになった。
――その瞬間。
ふと、昔のエミリアの言葉が蘇った。
『お兄様、またそんな顔をしてる』
病弱だった妹は、いつも自分のことより周りを気にしていた。
『いつも不安そうな顔をして、ため息までついて……』
『私は、お兄様のため息が苦手なの』
『どうしてだ?』
そう尋ねたヴァリアードに、エミリアは少し困ったように笑った。
『幸せまで一緒に逃げていっちゃいそうでしょう?』
『そんなものか?』
『そんなものよ』
エミリアは笑っていた。
そして、少しだけ遠くを見るような目をして続けた。
『私は、お兄様より先に旅立つと思うわ』
ヴァリアードは何も言えなかった。
だが、エミリアは穏やかな笑顔を崩さなかった。
『それでも、私は後悔しないと思うの』
『お兄様がいて、ラルフがいて……もしかしたら子供がいるかもしれないし、いないかもしれない』
『そんな、小さな幸せがたくさんあるでしょう?』
『私は、それだけで幸せなの』
エミリアは、薬の入った器を見ながら微笑んだ。
『今日もちゃんと薬を飲めたねって、自分を褒めてあげるの』
『痛かったけど、少しだけ体調が良くなったねって』
『出来ることが出来ただけで、充分なのよ』
ヴァリアードは、そんな妹の姿を黙って見つめていた。
病気を抱えているからこそ、苦しいことも、不安なこともあったはずだ。
それでもエミリアは、目の前にある小さな幸せを見つけていた。
『心配することが悪いって言っているんじゃないの』
『心配することで何かが変わるなら、私はいくらでも心配するわ』
『でも、どれだけ心配しても変わらないことなら……私は笑っていたいの』
『幸せは、いつもすぐ側にあるから』
エミリアは、優しく笑った。
『お兄様も忘れないで』
『強く、誠実に、真面目に生きてほしい』
『笑顔で生きるか、心配そうな顔で生きるかは、自分次第なのよ』
『後悔のない一日を、笑顔で積み重ねていった先に、きっと良い笑顔の終わりがある』
『私は、そう信じてるの』
そして最後に、エミリアは少し照れたように笑った。
『心配がたくさんあっても、お兄様の苦笑いが大好きよ』
『だから、忘れないでね』
「……エミリア」
ヴァリアードは、静かに妹の名を呟いた。
眉間に寄っていた皺を指でゆっくり伸ばす。
「そうだったな……」
ルノアのことを思えば、心配はいくらでもある。
だが、心配するだけで答えが出るわけではない。
ヴァリアードは、もう一度手紙を見つめた。
そこには、ルノアが見つけた小さな幸せが並んでいる。
可愛い白い鳥。
自分で作ったフクロウ。
水色の瞳。
翼に包まれて眠ったこと。
そして――。
『またお知らせください。楽しみにしています』
「……私の方が心配ばかりしていては、エミリアに怒られるな」
ヴァリアードは、ふっと笑った。
「来週、会いに行くか」
その言葉を聞いた白い魔鳥が、嬉しそうに羽を広げる。
「……お前も楽しみなのか?」
魔鳥は返事をするように、ヴァリアードの指を嘴でつついた。
「そうか」
ヴァリアードは、その頭を優しく撫でた。
「なら、私も楽しみにしておこう」
不安も心配も、これからきっと増えていく。
それでも、目の前にある小さな幸せを見落とさずに生きていこう。
それが、エミリアが最後までヴァリアードに教えてくれたことだった。




