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カモミールの花をあなたに  作者: 枕崎 純之助


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終幕 『再会』

 この旅に出る前にターニャは調査会社に依頼をし、イグナート・クロチコフ氏の墓地の場所を探し当てた。

 その際に副産物的に驚《おどろ》くべき情報を得たのだ。

 同じ墓地にイグナートの姉であるマイヤとその夫コーネルの墓があることが判明した。

 ダビアンに住んでいたはずの夫妻の墓がなぜノーザリオンの地にあるのかは分からない。


 しかしターニャにとってはイグナートと同じく恩人である夫妻の墓に祈《いの》りを捧《ささ》げられることは幸運なことだった。

 そう思って同じ墓地内にある夫妻の墓の前を訪れたターニャは墓石に目を向ける。

 そこには確かにマイヤの名前が刻まれていた。

 その隣《となり》には夫であるコーネルの墓がある。


 ターニャは隣《とな》り合うマイヤとコーネルの墓石の前にそれぞれカモミールの花を供《そな》えた。

 それぞれの墓石に刻まれた没年月日はもう20年以上も前の日付だ。

 ターニャは2人が戦後、苦労したであろうことを想像し、夫妻を偲《しの》んだ。

 そして安らぎに満ちた2人の冥福《めいふく》を心から祈《いの》った。


(マイヤさん。コーネルさん。本当にお世話になりました。お2人のおかげで私は今日まで生きてこられましたよ。ちゃんと恩返しも出来ずにごめんなさい。どうか安らかにお眠り下さい)


 その時、目を閉じて祈《いの》るターニャの耳に衣擦《きぬず》れの音とゆっくりとした足音が聞こえてきた。

 ターニャは目を開けて立ち上がり、振り返る。

 すると……そこには1人の老女が立っていた。

 その老女はマイヤとコーネルの墓の前にいるターニャの姿に少しばかり驚《おどろ》いて何かを言おうとしたが、そこでふと腰を曲げて顔を歪《ゆが》めた。


「あいたたた……」


 ターニャは思わずその女性に歩み寄り、その肩を支える。


「大丈夫ですか?」

「ええ……すみません。腰が悪くてねぇ……」


 ターニャはその老女の顔を見て、記憶の中の何かが引っかかるような気がした。

 そしておずおずと話しかける。


「あの……私、マイヤさんとコーネルさんのお墓参りに来たのですが……あなたはご親戚《しんせき》の方ですか?」


 ターニャがそう言うと相手は老《お》いて細くなった目をわずかに見開いた。

 その目がターニャの顔をマジマジと見つめている。

 ターニャは自分がまだ名乗っていなかったことを恥じ、すぐに口を開こうとした。

 だが先に口を開いたのは相手の女性の方だった。


「もしかして……ターニャ? ターニャなの?」


 ターニャはいきなり自分の名前を呼ばれたことに驚《おどろ》いて目を丸くする。

 しかしその女性が自分を見る眼差《まなざ》しや老《お》いて低くしゃがれた声の中にわずかに残る懐《なつか》かしいダビアン訛《なま》りに、ターニャは呆然《ぼうぜん》と口を開いた。


「ア、アルミラ……?」

「ええ。そうよ。ああ。本当にターニャなのね。ここで会えるなんて……奇跡みたい」


 そう言って涙ぐむアルミラに、ターニャは慌《あわ》てて自分の鞄《かばん》から鶯《うぐいす》色の巾着《きんちゃく》を取り出した。

 彼女の財布《さいふ》が入っているその巾着《きんちゃく》の紐《ひも》には、赤と白の人形が結び付けられている。

 随分《ずいぶん》と古びて色褪(あ)せたその陶器《とうき》製の人形を見ると、アルミラは思わず口を手で押さえた。


「それ……まだ持っていてくれたのね」

「ええ。あなたにもらった大事なものだから」


 60年以上前、初めて出会った時にターニャはアルミラからこの人形をお守りとしてもらったのだ。

 それはターニャのこれまでの長い人生の折々で幾度《いくど》となく彼女を慰《なぐさ》め励《はげま》ましてくれた。


「これのおかげで私も前向きに生きることが出来たわ。ありがとう。アルミラ」

「ターニャ。嬉しい。色々大変なことがあったけれど、こうしてあなたに会えて、今日まで生きてきて本当に良かったわ」


 2人は抱き合ってしばらく共に泣いた。

 あの戦時中の苦労が甦《よみがえ》ってくる。

 それでも辛い時代を乗り越え、平和な今に生きて再会できた。

 思わぬその奇跡にターニャもアルミラも喜びに打ち震える。


「あなたと過ごしたあの時代のこと、今でも鮮明に思い出せるわ。アルミラ」

「私もよ。ターニャ。あの頃は私たち若かったわ。今ではすっかりおばあちゃんね。2人とも」


 そう笑い合うと、ターニャは深く皺《しわ》の刻まれたアルミラの顔をマジマジと見つめた。


「アルミラ……聞かせて。マイヤさんたちのこと。他の皆のことも」

「ええ。あなたに話したいことは山ほどあるわ。何しろ60年分だもの。ターニャ。ゆっくり話しましょう。時間はあるのよね?」

「ええ。いくらでも」


 喜びに泣き笑いしながらそう言い合う2人のすぐ傍《そば》では、マイヤとコーネルの墓に供《そな》えられたカモミールの白い花びらが優しく風に揺られている。

 まるでかつてのかわいい部下たちの再会に、夫妻が喜び笑い合っているかのように。


(完)

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

ご愛読に深く感謝申し上げます。

今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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