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葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜  作者: ウィースキィ


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エピローグ


 降り注ぐ春の陽光が石造りの帝都を白く焼き、荘厳なる大審判所の回廊には、微かな沈丁花(ジンチョウゲ)の香りが風に乗って漂っていた。しかし、その内部に満ちる空気は、外のうららかさを拒絶するかのように重く、一つの時代の終焉を告げる厳粛さに支配されている。


 法廷の中央。車椅子に深く腰掛けているのは、老執事バビロであった。


 彼に突き刺さる視線は、残虐な行為への『憎悪』、人智を超えた執念への『畏怖』、そしてすべてを失った老人への『同情』が、(おり)のように混ざり合った複雑な色を帯びていた。彼が背負わされた罪状は、あまりに重く、あまりに凄惨な血の香りに満ちていたからだ。


 第一の罪。軍の収容所から『四百名』もの刑徒を連れ出し、魔神イフリート復活という禁忌の儀式の生贄に供したこと。


 第二の罪。魔神の呪いに縛られ、『十四歳』の誕生日に魂を喰らわれる運命にあった四つ子の少女たちを、その散り際に供物として捧げたこと。


 水を打ったような静寂を破ったのは、ハンター協会と軍の頂点に君臨する最高権威、ルフェル大総統の硬質な声であった。


「――刑徒四百名の件については、彼らが既に公的に死を宣告されていた身であったこと、脱獄の過程で他の一切の犠牲を出さなかったこと、そして何より、彼らを代償として得た力が最終的に魔神討伐の礎となったことを鑑み、不問とする」


 傍聴席から漏れた微かなざわめきを、大総統の鋭い眼光が瞬時に圧し潰した。


「問題は、四人の無辜(むこ)なる少女たちの命だ。いかなる大義があろうとも、幼き命を魔神への餌食とした事実は、法の下に厳格に裁かれねばならぬ。……だが」


 ルフェルは、古びた一通の手紙を掲げた。それは儀式の直前、四人の少女たちが震える手で連名した遺書であった。


『私たちは知っています。この呪われた血が続く限り、誰かが泣き続けなければならないことを。私たちの短い春が終わるこの日に、どうかその連鎖を断ち切るために、私たちの命を使ってください。誰かを救うための力になれるのなら、私たちは喜んで、『最期の光』になります』


 幼い筆致で綴られたその言葉には、運命を呪う嘆きなどは微塵もなかった。あるのは、未来を願うあまりに純粋で、高潔な意志だけだ。

 

 ルフェルは深く重い溜息を吐き出し、判決の槌を静かに下した。


「少女たちの意志は、尊き自己犠牲であり、被告による一方的な殺戮とは認めがたい。よって、最大限の情状酌量を適用する。バビロに対し、執行猶予付きの判決を言い渡す。身元保証人は、テトラ・アーベルットが務めるものとする」


 法廷に、春の雪解けのような安堵の吐息が広がった。さらにルフェルは言葉を継ぐ。


「また、銀竜ハルファスとの再契約を特例として許可する。その力、もはや特級にあらずとはいえ、貴殿の残りの人生を支える杖となることを期待しよう」


 車椅子の上のバビロは、静かに、深く頭を垂れた。その膝の上で丸まっていた小さな銀色の竜――ハルファスが、小さく鼻を鳴らし、主の荒れた手に愛おしげに鼻先を擦り寄せた。




◆◇◆◇◆◇




 それから数週間後。


 帝都の片隅に佇むリアムの事務所は、珈琲の香りと止まない口喧嘩という、相変わらずの賑やかさを取り戻していた。


 以前と異なるのは、煤けた壁に飾られた新たな賞状と、一面を飾る新聞記事の内容だ。


 そこには、ハンターランク第五位から第三位へと異例の飛び級を遂げ、帝国最強の三傑『天蓋の三柱(てんがいのさんちゅう)』の一角として英雄視されるようになったジレッタの名が躍っていた。


「ちょっと! リアム、いつまでその雑誌を読んでるのよ。三位の私が直々にお茶を淹れてあげたんだから、少しは有り難がりなさいよね!」


 ジレッタは、最高ランクの証である深紅のマントを無造作に椅子へ放り投げると、リアムの散らかった机に乱暴にカップを置いた。多忙を極める身となった今でも、彼女は隙を見つけてはこの事務所に入り浸り、リアムやルナと共に依頼をこなす日常を崩そうとはしなかった。


「はいはい、ありがとうございます。でも、三位になっても相変わらずガサツですね、ジレッタさんは。淹れ方が乱暴で、せっかくの香りが台無しですよ」


「なっ……! あんたねぇ、私がどれだけこの順位を維持するために血反吐を吐いてると思ってるのよ!」


 いつものように火花を散らす二人のやり取りを、ルナは特等席から微笑ましく眺めていた。


 彼女の古い記憶は依然として深い霧の向こう側にあったが、その桃色の瞳には、かつてのような頼りなげな不安の色はない。ただ、ふとした瞬間に漏れ出る強大すぎる魔力の片鱗だけが、彼女の真なる正体がこの世界の理を超越した存在であることを、静かに示唆していた。


 平和な午後のひととき。


 しかし、世界の深淵では、新たなる暗雲がどろりと渦巻いていた。


 魔界の奥底、虚無の玉座に鎮座する『悪魔皇帝』。


 その傍らには、神話にその名を刻む伝説の『七つの大罪悪魔』たちが揃い踏みしていた。彼らの目的は、ただ一つ。


 悪魔皇帝ですらその威光に震えたという、かつてのリアムの恋人――アイテリエルの力を宿す魔剣。その完全なる所在を特定し、魔界へと奪還すること。


 イフリートという巨悪の死は、さらなる神話級の戦乱を引き起こす、ほんの序章に過ぎなかった。


 ——ガランッ!!


 事務所の扉が、蝶番が悲鳴を上げるほどの勢いで蹴り開けられた。


 陽光を背に現れたのは、第一位の風格を圧倒的な威圧感に変えて纏う、オリビア・フローレンスであった。


「緊急の依頼だ! リアム、ジレッタ、ルナ、すぐに出発するぞ!」


 その峻烈(しゅんれつ)な声に、リアムは露骨に顔を歪めると、沈み込んでいたソファの奥へとさらに逃げ込んだ。


「えー……無理。昨日までの悪魔退治で腰が痛いんだ。俺はパス。ジレッタさん一人で行かせてよ」


「なんですって!? この私を一人で働かせる気!? 大体、アンタの財布の中身、もやしの髭くらいの厚みしかないでしょ!」


 ジレッタが牙を剥いて吠えるが、リアムはどこ吹く風で毛布を頭から被ろうとする。


 そこで、ルナが静かに、けれど絶対に逃げ場のない力強さでリアムの腕を掴んだ。


「ほら、わがまま言わないで行きますよ、リアムさま。今日お仕事しないと、明日からのご飯が『もやし』だけになりますからね?」


 にこりと笑うルナの目が、まったく笑っていない。


「もやし……。もやし、美味しいじゃんか。安くて栄養もあって、シャキシャキしてて。俺はもやし、悪くないと思うよ。むしろもやし派だ」


「もやしは悪くありません! ですが、もやしだけを食べ続けるのは健康に良くないんです! いいからお仕事して、ルナに美味しいお肉を食べさせてください!」


 真顔で『もやし擁護』を叫ぶリアムに対し、ルナの背後からは視覚化されそうなほどの黒いオーラが立ち昇る。


「お肉か……。はあ、分かったよ、肉なら仕方ないか」


 リアムは重い溜息を吐きながら、壁に立てかけてあった、鎖に厳重に巻かれた愛刀を引き寄せた。


 ルナに半ば引きずられるようにして、しぶしぶと腰を上げる。


「よし、行くわよ! 一位のオリビアさんとルナ、三位の私、そして……まあ、おまけでリアム。この陣容なら、どんな化物が出てきても敵じゃないわね!」


 ジレッタが快活に笑って飛び出し、それに続いてオリビアが、呆れ顔を隠しきれぬまま口角を上げた。


 春の陽だまりの中、一行は賑やかな騒ぎを連れて街へと駆け出していく。


 その背中には、これから始まるであろう数多の試練も、魔界の陰謀も、今のところはまだ届かない。


 光を連れて歩む彼らの旅路は、この空の続く限り、どこまでも続いていくのだ。


「さあ、お仕事ですよ、リアムさま!」


「分かったってば、ルナ。……その代わり、晩飯は絶対、ステーキだからな!」


 少年のぼやきと、少女の弾むような笑い声が、春の風に乗っていつまでも、いつまでも響き渡っていた。


---- 葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜(完)----


――これにて、物語は幕を閉じます。


『葬霊の鞘と銀の月 ―百年戦争の残滓― 〜神を喰らう魔剣と、奇跡を紡ぐ少女〜』を最後まで読んでくださった全ての読者様に、心からの感謝を。


彼らの物語は終わりましたが、私の新しい挑戦はすでに始まっています。

次回作についても、近いうちにお披露目できると思いますので、どうぞご期待ください。

(現在執筆中の「クラフトマスター建国記」もぜひよろしくお願いします!!)


また次の物語で、皆様と再会できる日を楽しみにしています。

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