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2(ンモー)

   ※


「へー」


 夏美は、くりっとした目をさらにくりくりさせて云った。「ペンギン!」


 私は頷いた。「ペンギン」


「へー!」それから嘆息して「いいなぁ」


 なにがよ。


「バットマンに出てくるじゃん!」


「あー」昔のやつか。「ダニー・デビートだ」マイケル・キートン版はいいよね。


 なのに夏美は「誰それ」とか自分で振っておきながら話を進めた。「だってうち、犬だよ?」


「かわいいじゃん」一緒に散歩すれば?


「だからァ」夏美は口をちょっと尖らせて「お父さんに首輪してリードつけてお散歩ってさァ、なんかこう、変態っぽくない?」


 う、うん。まぁ同意だ。高度なプレイに違いない。しかも父娘となると。


 これはかなりの得点が期待できますぞ!


 私は頭を振って脳内実況アナを追い払った。


   ※


 世の勤労者たちが動物になる、と云う現象は日本で起きた。


 それは法則も何もなく、ただただ適当にクジを引きました当たり、みたいな感じで、でも結構な速度で拡大していった。


 世界中がパニックになったものの、極東の島国は変わらずの生活が続いた。


 人の順応性の高さにはほとほと感心させられる。


 余りにも突飛すぎて、世界保健機関──WHOすらも入国を躊躇いそのまま棚上げにしている状態だ。


 そんな有り様だから国連もスプーン投げで時間稼ぎをしている。

 ついでに槍も投げてるらしい。

 これだから常任理事国ってヤツは。

 結局戦勝国でしかなくて中華人民共和国なんてドサクサなんですぞ。


 かって我が国は開国を迫られ、それから幾星霜、今度は鎖国を望まれた。


 へんだ。


 所詮極東の話なのだ、彼らにとっては。


 喜望峰をぐるっと廻ってインド洋を越えて、さらに進んだその先には、ただただ広い海があり、どうしたってムー大陸には辿り着けぬまま世界の果て、巨大な滝にぶち当たるだとか未だに信じているに違いない、この宇宙世紀に。


 スプートニクが飛んでもう半世紀どころじゃないですぞだ。

 マジ天動説信奉してるだろうし、未だに進化論にも懐疑的ならまだしも(諸説あっても構わないじゃない、論理的な話なら)頭ごなしに否定するような手合いがゴロゴロいるのだ。


 神は死んだと叫んだ哲学者は狂人扱いのまま宇宙の彼方へ旅立った。

 何が世界の警察だ。少しは恥を知れってんだ。


 などと極東の島国の田舎町で女子高生風情がぷりぷりしたところで世界は変わらない。


 それが人類の選択になるのが納得いかないだけだ。史料は史料でそれ以上でもそれ以下でもない。


 記録や記述は書き手の偏見があることも含みつつ、けれども読み手のイデオロギーに左右されるものであってはいけないと思う。


 えーと、なんだ。おとなってきたない。


   ※


「種類、なんだっけ?」と私。


「柴」と夏美。


 やっべー。「かわいいじゃん」


「だからァ」夏美は飽きれたように云った。「秋田とか柴って、お尻が──」


「分かった」皆まで云わせぬ。


「あたしさァ、この年でお父さんのお尻を見ることがあるなんて思わなかった」


 結局、夏美は最後まで云いやがりました。


 どんな年でも尻の奥まで見るような機会は人類にないはずだ。

 ああでも。

 お医者さんなら分からないですぞだ。


 大腸とか大腸とか大黒堂とか。


 ぢ。


 たまにアスタリスク。


 なんだろう、きゅっとする。


 昨年冬にタチの悪い風邪を引いて、私は上からでなく下からの解熱剤を処方された。

 けっこうどっしり白いヤツ。


「それにィ」夏美は自分の髪をいじくりながら続けた。「ウナギとケンカしちゃって」


「は?」


「佐藤さん家の犬」


「誰?」


「お向かいさん。真っ黒いダックスフンド」


「それがウナギ?」


「あたしが名付けたんじゃないよ」つん、と夏美。「あたしならナマコだね。女の子だし。ねぇどうかな? かわいくない?」


 それから、あ、と云って「枝毛」


 ンモー、と夏美は眉間にシワを寄せた。


 ウナギって。

 赤塚不二夫か。

 犬につける名前でなかろうに。

 佐藤さんとやらは色々と変わっているんだろうな。


 私は自分の髪をいじくるのに忙しい夏美をジッと見た。


 これの向かいに住むんだから、佐藤さんはやっぱり変な人に違いないと結論づけた。


 そんな話をした所為かも知れない。私は夢を見た。

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