完結
ヒロインに現実を理解させても、現実は続く。
ヒロインと話した後、乙女ゲームをやろうとしている彼女を見て、レーネットは、考えた。
そして、レーネットは、まず転生者であることを話すことしか、解決の道はないと結論づけた。
夏美としての前世で、流行っていた、ネット小説は、あまり転生者である、ということを話す登場人物はいなかった。
しかし、この世界では、そうはいかないとレーネットは、最初に考えたのである。
レーネット一人で動くのには、無理があった。
この現実の世界で、己の力がどれほどなのか、レーネットとして生きていた記憶からすると、いくら公爵令嬢であってもティエラを動かすことはできない。
レーネットは、さまざまなことを考え、マクレーンと兄、レーベルに、己が転生者であることを告げることにした。
それしか、この世界での現実では、方法がなかった。
もう少し、長い年月を日本で生きていれば、違う方法があったかもしれないが、ただの女子高生が、全く別な世界に転生しても、できることは己の身を護ることくらいだ。
レーネットが取る行動で、ループリア王国が、変わってしまうことは、関係ない人たちまで巻き込むことになる。
レーネットは冷静に考え、転生者であることを、この先、王国を動かしていくであろう、第一王子、マクレーンと、その側近にある、兄、レーベル、ループリア王国を何よりも守ろうとしているアトラスに告げることが最善と感じた。
転生者であることを示すために、ティエラが動く様子を、レーネットは詳細に、マクレーンたちに伝えた。
現実を受け止めることなく、乙女ゲームだけをしようとしていた、ティエラの行動は、夏美が画面で見ていた同じ行動をした。
それによって、レーネットが転生者であるということが、証明された。
その後の行動は、アトラスとの連携であった。
アトラスが影のように、攻略者に近づけるのは、その技術があるからだ。
レーネットは、属性の水魔法と、兄、レーベルの土魔法で、ティエラの影で動く様子を記録し、攻略者たちにティエラと接触する前に見せ続けた。
そうすることで、攻略者は、レーネットとティエラが転生者であるということを、信じることになり、あの結末となった。
魔法により、乙女ゲームがはじまるこの世界は、魔法よりも、ループリア王国の秩序を重んじる世界であり、それが攻略者たちも充分に理解していたという証しとなり、ティエラの言葉は、全部、偽りのことだったとより明確な判断になったのだ。
ループリア王国に、転生者が存在した、という古くからの伝書にはない。
レーネットとティエラが今後どうなるかは、現在、国王で、あり、マクレーンたちの父親の判断に任された。
今回の騒動により、攻略者たちは、一ヶ月の謹慎となり、レーネットもまた、ループリア王国に今後、何かの影響を与えるかもしれない存在として、同じように、学園からガシュール公爵家に身を寄せた。
「お姉さま」
自室に待機している時間が続いたある日、よく部屋にやってくるようになった、妹、ラーネラの声がした。
レーネットは、侍女を促し、もうすぐ10歳になるラーネラを部屋に通すと、ラーネラは、レーネットに抱きついた。
ふわり、と癖のある、金の髪が揺れる。
ラーネラは、顔立ちがきつい母よりは穏やかな顔立ちをしている父に似ていて、それこそ、どこかのお姫様みたいな容貌をしている。
そんな妹のことを、羨ましいと思ったことはあったが、今はそう思わない。
「ラーネラ。はしたないわよ、突然」
小さな妹を抱きとめながら、レーネットは笑う。
そんな姉を見て、ラーネラはレーネットが屋敷に戻ってからよく見せる、不安そうな瞳を揺らした。
「お姉さまがせっかくお屋敷にいるのに、あまり会えないのだもの。わたし、寂しくって。それに・・・お姉さまがどうなるか、とても心配なの」
可憐な容姿をしていても、ラーネラは賢い子供である。
レーネットが、転生者という特殊な人物であることも、学園で起きたことも、ラーネラは、知っているのだろう。
屋敷に戻った時、レーネットが転生者であることをすでに知っていた、父親と母親の態度は、変化がなかった。
戻ってきた娘に、ただお帰り、と言い、レーネットを迎え入れてくれた両親。
その後、父親と話しをしたが、国王から指示があるまでは、昔のように、屋敷で過ごせばよい、と言っただけだった。
母は、元から、きつい顔立ちをしているのに、父の後ろにただ控えているだけで、家族のことにも口に出すようなタイプではなかった。
しかしながら、教養に関しては厳しく、マナーの勉強では、自ら、レーネットやラーネラに指導するような人物である。
そんな両親が、謹慎しているレーネットの元をたずねてくることはなく、レーネットの話し相手は、幼いラーネラのみだった。
「ラーネラ。国王様の判断よ。ラーネラが気にすることではないわ」
「でも・・・」
「大丈夫、とは今は言えないけれど・・・。そうね、ラーネラ。あなたには、色々なことを話しておきたいわ」
もう、小さな妹と話すこともないかもしれない。
そう思うと、レーネットは、己がどこから転生してきたのか、ラーネラに話すこともよいかもしれないと感じた。
マクレーンたちには、レーネットが、別の世界の記憶を持つ転生者である、ということしか話していない。
前世の夏美として、どういうことをしていたのか、そこまで話すことはなく、マクレーンたちに話したのは、レーネットは、ループリア王国について、どれくらいの知識を持って転生してきたのか、ということを、話しただけだった。
女子高生だった、日本での生活を懐かしむように、レーネットは、幼いラーネラに、前世の記憶を、こちらの世界にからでは、夢物語のように、語った。
一ヶ月の謹慎後、レーネットは、王宮に呼び出しを受けた。
現在の国王と謁見することを許されるのは、国を動かしている者のみである。
よって、レーネットは、マクレーンと、兄、レーベルとの謁見になった。
「レーネット令嬢。一ヶ月の謹慎。ご苦労であった」
マクレーンの言葉に、レーネットは、深く頭を下げた。
マクレーンの報告は、以下の通り。
攻略者たちは、それぞれ、学園生活に戻り、ループリア王国を将来支える者としての教育をより施される。
そのなかで、ディフラーに関しては、厳重なる監視がつくことになった。
ティエラは、他国に、ループリア王国の王族である従者とともに、他国に渡ることとなり、すでにこの王国を去っているという。
ティエラは、現実を受け止め、自分の力でこの世界を生きていくと、最後に言ったらしい。
そして、レーネットは。
このまま、学園に戻れることとなった。
転生者である、異端であるレーネットを、ループリア王国は、受け入れるということだ。
そのことに、レーネットは驚きを隠せなかった。
「何故、わたくしを・・・」
「レーネット令嬢。君は、転生者であるが、これから先の未来を知るわけではない。もう、ゲームとやらは終った。その知識は、奥に仕舞い込み、現実を見ている者として、ループリア王国をこれからも支えて欲しい、それが、国王の決定である」
マクレーンの言葉に、レーネットは、瞳を伏せて、深く、お辞儀をした。
転生してきた、という記憶を、封印し、レーネットとして、これからも生きる。
ティエラもそう決意し、旅立った。
それならば、レーネットは。
この世界に、従う。
夏美として生きた転生の記憶は、ラーネラに話した。
それだけでいい、それを、この世界にいる誰かが、知っていれば。
これが、この世界の現実。
その後、ティエラは、ループリア王国を一緒に出た、従者と遠い国で結婚したという、噂を聞いた。
攻略者たちは、謹慎の後、ループリア王国に貢献するために、己に見合った勉学を極め、ディフラーは、医学の知識を高め、エラット令嬢と結婚した。
そして、レーネットは。
国王になった、マクレーンを支えるために、正式に、兄、レーベルが腹心となったことで、王族を護るべく、本格的に、ストイラ伯爵家と協力をしながら、動いている。
そこには、常に、連携を取る、アトラスもいた。
アトラスにあの後、己の恋心を打ち明けるつもりはなかった。
己が転生者であることを、告げることは、何かを義生にしなくてはならない。
レーネットはその義生に、恋心と結婚を選んだ。
第二王子、ハラットは、己の立場を考え、マクレーンを支えながら、公爵家の令嬢との結婚を決めた。
それを野心に変えて、邪魔をしようとする者が現われ、レーネットはいつものように、アトラスとの連携で、ループリア王国に害をなす者を捕らえた。
「今回のことで・・・少しは、落ち着きますわ」
レーネットは、大きな仕事をやり遂げた満足感とともに、とある王宮の一室で、より大人っぽくなった、アトラスに言った。
他の攻略者たちは、それぞれに見合った女性と結婚しているが、アトラスはまだ独身である。
アトラスへの求婚が、今、倍増していて、ストイラ伯爵家も、そろそろアトラスの結婚を考えていた。
己の恋心を閉じたものの、好きな人が常に側にいて、その人物が誰かと結婚する様子を見届けるのは、やはり辛いものがある。
けれど、レーネットが転生者であることを打ち明ける時に、決意したのだ。
彼の幸せを、心から、喜ぶ女性になろうと。
アトラスが、誰かと結婚しても、仕事で隣に立つことができる。
これが、転生前から、レーネットが望んだことだったから。
「・・・君は、本当に結婚をするつもりはないのか?」
いつもならこの流れで、だいぶ話すことが多くなった、アトラスは、仕事の話しをするのだが、アトラスの様子がそのいつもと違った。
レーネットは、アトラスから結婚のことを持ち出されるとは思わなくて、思わず、表情を崩しそうになる。
「どうしたのですか、アトラス様、急に・・・」
「結婚をしない、と昔から、公言してきた君だったが・・・今でも求婚者が相次いでいるのだろう?」
レーネットの問いかけに答えることなく、アトラスは続ける。
レーネットは、アトラスの言葉に、困惑した。
今まで、アトラスとはプライベートなことを一切、話したことはなかった。
仕事のことなら事務的な会話のように話すアトラスではあったが、どんなことがあっても私情を挟むことは、今までになかった。
だからこそ、レーネットは困惑した。
「アトラス様もご存知のはずです。わたくしは・・・」
「転生者。それは知っている。君は、ループリア王国の秩序を護るために、あの騒動を治めた。それだけで充分なはずで、国王からも自由にしろと告げられているはずだ」
確かに、兄、レーベルを通して、レーネットに、結婚の道を進められたことがある。
アトラスの言うように、こんな歳になっても、縁談の話しは舞い込んでいるけれど。
それでも、結婚してしまえば、こうやって、アトラスと話すことはもうできなくなる。
本当は、恋心を封印して、結婚を諦めることで、己を律しているつもりでも。
レーネットは、昔と変わらず、乙女ゲームの悪役令嬢のまま、我がままで、傲慢だった。
ただ、彼の側にいたい。
結婚さえしなければ、仕事として、アトラスの隣に立てる。
転生して夏美としての記憶を思い出しても、その思いだけは変えることができなかったのだ。
愚かなのは、現実を見ていなかった、あの頃のヒロインよりも。
現実を見て、それでも側にいたいと願った、悪役令嬢の、レーネット・ガシュールだった。
「・・・アトラス様は。わたくしが、結婚することをお望みですか?」
そうすれば、アトラス伯爵家にも、有利になることもあるだろう。
ループリア王国の結婚とは、そういうものだ。
ただ、他の攻略者や、両親や、兄のように・・・利益のある結婚を望んで、愛を得る場合もあるけれど。
レーネットの問いかけに、アトラスは、視線を向けてきた。
アトラスが、望むならば。
結婚をしてもいい・・・ただ、この人の隣には、もう・・・。
「そうだな・・・相手はわたしではどうだろうか?」
「・・・・!!」
アトラスは、真摯な瞳で、レーネットは、アトラスが言うはずのない言葉に、ただ、呆然とする。
アトラスは、そんなレーネットに、向かって、続けた。
「わたしにも縁談が舞い込んでいる。結婚は避けられないことだ。結婚をするのならば・・・君のような人がいい。たとえ、転生者であっても」
アトラスの言葉が、胸に染み込み、レーネットは、静かな涙を流した。
結婚は、望んではいけないと思っていた・・・この想いは、伝えてはならないと思った。
己が転生者であり続けることは、まだ先の未来に、どう影響を及ぼし続けるのか、まだわからない。
けれど、レーネットは、今までの人生で、これほどまでに、この世界の現実は厳しいけれど、それだけじゃないことを、知った。
「わたくしなどで・・・よろしければ」
レーネットは、転生してから、ようやく、心から微笑んで、彼が現実にいることを確認するように。
そっと、側に寄り添った。
この世界の現実。
転生してきた者にとって、厳しくて、思い通りにいくことはないけれど。
思いがけないことが、現実にもある。
それこそが、今、生きている証明なのかもしれない。
初投稿で未熟でしたが、完結しました。
悪役令嬢ものを書いてみたくて、
書いてみたら、こんなことに・・・。
たくさんの評価、ありがとうござい
ました。




