さがしもの
世界に八ツ神在り。
八神は神子と共に世界を守り、繁栄を保つ。
神子を決して失ってはならない。
神子を失えば、神は現存する力を無くし
世界は崩壊するだろう。
世界を守りたくば、神子を――――
珠映国、東部。
周囲は見渡す限り草原しかない。人の住んでいそうな家屋や、魚のいそうな小川も馬車の通れそうな道も無く、何処までも続く広々とした草原があるだけだ。
そんな緑に囲まれた土地に一人の青年の姿が見える。青年は何もない草原に寝転がって、何処までも広がる青空を見上げていた。
紫暗の瞳に藍色の短い髪。歳は二十歳くらいだろうか。服装や常備品から、世界各地を行き交う旅人だと思われる。
吹き抜ける風は心地好く、髪が風で揺れるのを楽しみながら青年は目を閉じた。
「とっきわ、常盤――っ!!」
草原に響き渡る甲高い声。青年を誘おうとしていた睡魔は、その声に綺麗に掻き消された。
飛び跳ねるようにして、青年の目の前に現れたのは幼い少女だった。深緑の瞳に山吹色の髪。動き回ったせいか、綺麗に結った髪はボサボサに崩れている。
「常盤常盤! 起きて起きて、聞いて聞いて!!」
「……起きてるし、聞こえてる。先ずは離れろ」
至近距離で騒がれると、煩い事この上ない。常盤と呼ばれた青年は閉じていた瞳を開け、自分を見下ろしていた少女に視線を向ける。
「で? 何か収穫はあったのか?」
「全然、なーんにも! 大陸北部だからさぁ、集落が少ないのは分かるけど。ここまで何も無いとなると、やっぱ異常だよねぇ」
二人がいるこの場所も、かつては街があったのだろう。だが、その面影は今や何処にもなかった。単に自然災害が原因という訳ではない。長年蓄積された負の影響が増大し、全ての大陸を覆い包もうとしている。
欠伸を一つ噛み殺し、常盤は起き上がると遥か先まで続く地平線を見つめた。
「梗砂の影響が、これ程に深刻とはな……。一刻の猶予もない。早く探し出さなければ確実に、この世界は闇に染まるぞ」
げ、と少女は声を漏らす。それは最悪の未来を想像してしまったからなのだが、それを回避する方法を求め旅をしているだけに、その言葉は不快にしか感じない。
少女は頬を膨らませながら腰に手を当てた。
「急ぐったって、どうするの? 数千の街と集落を巡り巡って来たけどさ、神力持ちなんて貴重も貴重で、なかなか会えないしぃ。ましてや、あの一族を捜し出すなんて無理だって!」
二人が都を立ち旅に出て数年経つ。だが、これといった成果は何も出せていない。世界に広がる異変の被害を目の当たりにする事が常だった。
刻限は迫る。だが、探し続けている一滴の光は未だに見つからない。
「ま、各地にいた神官やそれに連なる親族の殆どが、梗砂に喰われてしまったからな。絶望的なのは最初から知ってたさ」
常盤は懐から薄汚れた玉を取り出す。微かに光沢を放つそれに目を細めると、ゆっくりその玉を撫でた。
「絶望的でも、希望はゼロじゃない。突き進むしかないだろ」
「うー、そうなんだけどぅ」
常盤の言う事は理解出来る。確かに可能性は全く無い訳じゃない。だが、こうしている間にも消えていく命が幾つもあるのだ。
こんな地道な旅よりも他にやれる事が沢山あるのではないかと、そう思わずにはいられない。
常盤から視線を反らし、少女は広い草原を見渡す。ぐるりと見渡していて、少女の視線がある場所で止まった。
「……あれ、」
「どうした、璃春」
璃春と呼ばれた少女は、複雑そうな表情を浮かべると常盤をちらりと見て、先程見つめていた草原を指差した。
「あれってさぁ、街、だよね?」
「何だと?」
常盤は顔を上げ、璃春の指す方角へ目を凝らす。すると、果てしなく続く草原の中に微かに建物が見える。遥か先に見える為、肉眼で確認出来るのは僅かだが、それは確かに街だった。
「街、だな。古い城壁も見えるし、大きい街みたいだ」
「ええぇ、なんでぇ?」
常盤の言葉に璃春は納得出来ないとばかりに、声を上げる。
「先刻、あそこ歩き回った時には街なんて何もなかったのに!」
「見落とした可能性は?」
「ないないない!! だって、あんな城壁あったら、普通に気付くでしょ!」
「……だよな」
璃春に頷きを返すと、常盤は顎に手を当て思考する。
此処は見渡すばかりの草原の地だ。街が隠れる障害物は何も無い。
璃春は他の者より、遥かに五感が優れている。その璃春が見つけられなかった街。普通の街ではないのは、最早確定事項だろう。
「……まさか……」
常盤は思考の末、ある結論に辿り着く。だが、それは有り得ない話でもあった。
思考を振り払うように首を軽く振ると、常盤は荷物を抱えその場から立ち上がる。
「常盤?」
「璃春、一先ずあの街に急ぐぞ。理由は街に着いてから話す」
「……へっ? あ、えぇ? ちょ、ちょっと待ってよ」
すたすたと先に歩いていく常盤の後を、璃春も慌てて追い掛けて行く。
「なになにっ? あの街に何かあるの?」
「荷物、忘れてるぞ」
「えっ!? あ、あああぁぁ!! あたしのご飯んんっ!!」
目指すは草原の先にある、大きな街。
それはこれから紡いでく、物語の始まりの地。
隠されていた遺児が目覚める時――




