プロローグ
気がつくと、俺は白い空間に立っていた。
境界のない世界。
現実感のない場所。
「……は?」
状況が理解できない。
確か――サークルの飲み会に向かっていたはずだ。
そのはずなのに。
思い出そうとした瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走った。
「っ……!」
こめかみを押さえる。
無理に思い出そうとすると、思考が拒絶するみたいに痛む。
「なんだよ、これ……」
周りを見る。
そこには、人がいた。
二十人ほど。
年齢も、服装もバラバラ。
スーツ姿の男。学生らしきやつ。見覚えのない連中ばかりだ。
「ここどこだよ……」
「夢じゃないのか?」
ざわめきが広がる。
全員が同じ状態らしい。
記憶はあるのに、状況だけが抜け落ちている。
その時だった。
「静かにして」
声が、降ってきた。
反射的に見上げる。
光が集まり、形を成す。
現れたのは――
「初めまして。私は女神です」
あまりにもあっさりとした自己紹介だった。
長い髪。整いすぎた顔立ち。
だがその瞳は、どこか冷めている。
「あなたたちは選ばれました」
淡々とした声。
「これから異なる世界へ送り出します」
意味が分からない。
だが、否定する材料もない。
「その前に、一つだけ。望みを与えます」
空気が変わる。
恐怖から――期待へ。
「どんな願いでも構いません。ただし、一つだけ」
欲望が溢れ出す。
「最強の力をくれ!」
「金だ!一生困らないだけの金!」
「絶対に傷つかない体を!」
光が次々に降りていく。
願いが、そのまま力になる。
そして――
俺の番が来た。
女神と目が合う。
見透かされているような感覚。
ほんのわずかに、間があった。
「あなたは?」
考える。
強さか。安全か。
……違う。
頭の奥に残る、あの痛み。
思い出せない“何か”。
そして――
「……死にたくない」
一瞬の静寂。
女神は、わずかに笑った。
「いい願いね」
その笑みは、どこか歪んでいた。
「それなら、“適応”をあげる」
光が降りる。
それだけだった。
周囲がざわつく。
だが――女神はまだ俺を見ていた。
楽しむように。
⸻
「それでは、行ってらっしゃい」
その言葉を最後に、世界は途切れる。
⸻
女神の慈愛は、
誰にとっても喜ばしいものじゃないのかもしれない。
神と人間では、
たぶん“救い”の意味が違う。




