第134話「戦闘終了か……」
果樹園の木々が密集する中、ゴルテールは手際よく認識阻害の結界を張り巡らせた。加えて、砂や枯れ草を模した布を身に纏い、じっと身を潜める。ここまですれば、追跡の目を欺くのは容易い。
相手の認識を阻害する魔法は、これまで幾度もゴルテールの逃走を助けてきた。『認識阻害魔法は、戦闘では使い物にならない』――誰もが信じて疑わない常識。それを流布し、浸透させてきたのは、エンサリア共和国・国家魔術技師会だ。本当ではあるが、ある意味で嘘だ。阻害を突破されようとも、周囲の景色に溶け込む服などを使えば済む話。つまり、戦闘……いや、『戦争向きの魔法』なのだ。
この単純な真実を知る者は、ごくわずかである。すべてはゴルテールの属する『特務魔術師隊』の活動を優位に進めるための単純な策略。今のところ、この策略は各国で効いている。
「戦闘終了か……」
ゴルテールは望遠鏡を取り出し、戦場の様子を伺った。そして、深くため息をつく。さんさんたる結果だった。百体を超えていたはずのゴブリンは、今や十体ほどを残すのみ。あと一分もせずに、戦闘は終わる。おそらく、オルティリスの守備隊には正規兵が残っており、さらに腕の立つ傭兵隊まで雇っていたのだろう。そうでなければ、この結果は説明がつかない。
正規守備隊に急な大規模演習への参加命令を出したことで、かえって町の警戒心を高めた可能性が高い。何にせよ、もはや後の祭りだ。
今回の作戦で見えてきた〝首輪の利用価値〟は、無防備な村や都市への奇襲、あるいは戦場における混乱要因――せいぜいその程度だろう。
もっとも、自分の任務はあくまで効果測定であり、作戦結果について深く考察するのは筋違いかもしれないが。
「つまんねえ結末だったな。ゴブリンも、アルバベールも」
これ以上の観測は無意味だと判断し、ゴルテールはヴェロークの背に跨った。果樹園を突っ切り、川を渡れば、街道沿いの森へと続く道に出る。秋のこの時期なら、川の水位も低く、ヴェロークの脚力であれば問題なく渡れるはずだ。頭の中でアルバベールの拠点までの地図を描き、進路を確認する。リオーダスを仕留め損ねたのは気がかりだが、どうせオルティリス側が勝手に処刑するだろう。
「次は、残された仲間の口封じだな。いや、捉えた人質の始末を先にするべきか?」
ゴルテールは面倒くさそうに肩をすくめた。
「やれやれ。俺が研究職に戻れるのは、いつになるやら……」
それでも、勇者の広範囲攻撃魔法を間近で観察できたのは収穫だった。完全な再現は無理だとしても、模倣の糸口は掴めた気がする。早く研究に戻りたい――知識欲が鎌首をもたげる感覚に、胸が疼く。国家魔術技師会の研究所、実験道具や実験生物に囲まれた日々。ゴルテールは、古巣の景色を思い浮かべた。
同時に、首輪を使用させたレネとかいう女の顔が脳裏をよぎる。寒村の村娘にも関わらず、国家魔術技師会に見出されたのだから、それなりの素質を持っていたのかもしれない。しかし、今となっては些細なことだ。才能があっても、運がなければ生き残ることはできない。それがこの世界の現実なのだから。
「まあいい。それより、自分のことだ。次の仕事に取り掛かるか――研究室に戻るためにも」
勝どきの声を背に受けたゴルテールは、ヴェロークの手綱を操ると果樹園の奥へと姿を消した。




