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第005話「ナンカしときました!(後編)」

「ちなみに、これを贈るのには理由があります」


 体重計を袋に収まいながら、女神は言葉を続ける。


「ちゃんと体重の記録をしろ、と?」


「もちろんそれもありますが、それだけでモチベーションは上がらないでしょう? なので、体重計で測ったヘルスデータを元に、尾本さんが楽しくなるような仕掛けを――」


「仕掛けを?」


「尾本さんの体に、ナンカしときました!」


 女神は胸を張り、得意げな笑みを浮かべる。女神の全身が一瞬だけ金色に輝き、「それで正解です」と言わんばかりに荘厳な鐘の音が何度も響き渡った。


「さらっと勝手に、他人の体にナンカせんでください。あれ? ふと思ったんだけど、別に俺が頑張ってダイエットなんかしなくても神の力とやらで痩せさせたらいいのでは?」


「それができれば楽だったんですけどね。残念ながら、こちらの世界に干渉するのに色々と神側の制限やルールがあるんですよ。血行が少しだけ良くなる魔法ならかけられるんですが」


 女神は心底残念そうに首を振った。血行が良くなる魔法とは何ぞ?


「と、まあ、こちらの世界で私ができる事なんてそんな感じなのですが――

 私の世界にくれば話は別ですよ?」


 女神は誇らしげに口元を持ち上げた。その笑顔には、確固たる自信が滲み出ているわけだが、その申し出の前提がおかしい事に気づく。


「異世界に来なくていいって、最初に言ってませんでしたっけ?」


「誰のせいで勇者が苦労していると思っているんです?」


「瞬殺されるって……」


「特別に身体強化したアバターを使うんで、さすがに数分は持つでしょう」


「数分? 数分……数分か~」


 思わず、鼻水が出た。


「ポリコレ……」


「それは北米版だけです」


 北米版とは一体……?

 謎はさらに深まった。


「どちらにしても私の世界に召喚するのはまた今度にしましょう。まずはスタート時点でのヘルスデータを取らないといけないですからね。スタート時点から変化した値を尾本さんの使うアバターに能力として付与するというのでどうです?」


 こちらの積み重なる不安を察したのか、女神は誤魔化すような笑顔で提案してくる。どちらにしても、刑の執行は後日に延期されたらしい。


「まあ、いいですけど……」


 思うところは色々あるが、異世界とやらには興味がないと言ったら嘘になる。それに聞きたい事もたくさんある。まず、一番に聞きたいのは――


「他に何かご質問はありますか?」


「女神様の名前って何ていうんです?」


 早速なので、一番聞きたかった事を尋ねた。今更ではあるのだが。

 問われた女神は、何度か目をぱちぱちさせ、慌てて頭を下げた。


「あ! 申し遅れました。私は女神フェルネスと申します。

 ウルファジムと呼ばれる世界の守護神であり、管理者です」


「守護神……そして、管理者(アドミニストレーター)ね」


 尾本は一瞬視線を落とし、わずかに眉を寄せて考え込む。


「そしてお名前がウェルネス?」


「フェルネス! まあ、私の名前なんてどうでもいいです。これまでどおり、『女神』って呼んでもらってもいいですよ。なんか……名前で呼ばれるの……ちょっと恥ずかしいし……」


 言いながら、女神は視線を泳がせ、そわそわと手元で軽く指を組み直す。

ふと、ビジネスシーンでも名前を呼ばれると恥ずかしくなる管理職がいたのを思い出した。役職で呼ばれると平然としているのに、名前だとやたら照れる。「ああいう感じなのかもな」と、どうでもいいことが頭をよぎった。


「つか、女神様って喋り方が変わってきました?」


 昨日に比べて、なんとも話し方が普通である。普通であるというか、見ていて妙に人間臭い。

それを指摘すると、女神は大きくため息をつく。瞬間、女神の周囲の空気も一瞬だけくすんで見えた。


「私、今日は色々と疲れていて演技する気力が沸かないんです……」


「演技だったんかーい!」


 思わず、つっこんでしまった。


「ある程度は演技も必要……と言うか、神として振る舞わないと神格が落ちるんですよ。

 神格が落ちれば神の力も落ちるし、最悪の場合は消滅してしまうんです。深刻な問題です」


 女神がそう告白すると同時に女神の全身が一瞬だけわずかに金色に輝き、遠くで鐘の音が何度か響いた。


「そして、なぜか私の神格があがりました」


「神格が上がると鐘が鳴って体が光るんだ? と言うか、今のやり取りに神格が上がる要素ってありました?」


「知りませんよ。私が判断していることじゃないし……」


 女神が疲れたように肩をすくめ、ぼそりとつぶやいた。

 自分が何かアクションを起こすたびに身体が光って、鐘の音が鳴り響くなんて、どう考えても迷惑な仕様だろう。神格システムは明らかにUXユーザー・エクスペリエンスがユーザー満足度を下げている。これ、ひょっとしたらシステム運用前のテストが不足していたんじゃなかろうか?


「さて、今日はこれにて解散です。明日こそダイエットがんばってくださいね。

 毎朝ちゃんと決まった時間に体重を測るんですよ?」


 ピッ!と電源ボタンを押すような仕草で、女神は尾本の鼻先を押した。


 * * *


「――ってな感じで、今朝も例の女神様の夢を見たわけよ」


 尾本がディスプレイに向かい、キーボードを叩きながら広瀬に話しかける。隣の広瀬もキーボードを叩き続けながら、苦笑いを浮かべてみせた。


「相変わらずすごい夢っスね。んで、体重計はどうなったんです?」


「それがさ。朝一で玄関のチャイムが鳴ったんで、驚いたのなんのって」


 ENTERキーを押すと同時に、エラー音が響く。尾本はため息をつき、エラーログを睨んだ。


「ははは。あれでしょ? 寝ぼけて先輩が注文してた体重計が届いたとか、そういうオチっスよね? ドアを開けたら、そこにはクロネコの配達員さんが――」


「普通、そう思うじゃん?」


 尾本はエラーログから目を離し、再びキーボードを叩き始める。


「ん?」


「異世界の女神が――」


 尾本はENTERキーを押すと、続きの言葉を絞り出す。


(ちょく)に持ってきやがった」


 広瀬は目を丸くし、尾本を凝視した。

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