嵐ヶ浜 前編
ジェームズは南へほうきを走らせる。
自信家なロイヤーのことだから、単独でドラゴンを討伐しにいったに違いない。
ジェームズはそう踏んでいた。そして何よりあの鬼気迫る表情と因縁が、その予測を確信に変えていた。
挫折を知らない。自分の限界を知らない。そしてなによりも現場の怖さを知らない。
この暴走こそが、ジェームズが最も恐れていたことだった。
「早くあいつを止めねえと……」
その時、自分の前を横切るような魔法使いが一人いた。
「おーい!そこの魔法使い!」
ジェームズは声をかけるが、その魔法使いの耳には聞こえてないようだった。
ほうきにより力を込めて速度を上げ、ジェームズはその魔法使いの近くで声をかける。
「おーい!」
するとようやく魔法使いは反応した。
「な、なんで人がいるの?」
「なんでって……いちゃいけない理由かなんかあるのか?」
「空域封鎖は無かったの?」
「空域封鎖?無かったぞ。それより、俺のバディがドラゴンを倒しに行っちまったんだ!見てないか?」
「私は見てないけど……目的地は一緒みたいね」
「って……あんたのそのローブ……討伐院!」
「ええ、私はミリー・ネイサン。ドラゴンを討伐するって目的は一緒。まずはあなたのバディを見つける。そして協力してドラゴンを倒しましょう!」
「……わかった。俺はジェームズ。ジェームズ・フォッサムだ」
ドラゴンの現場を知る二人は南へと飛んで行った。
「ロイヤー!どこだー!ロイヤー!」
大声で呼びかけるもののロイヤーの姿は見当たらない。
だが、ジェームズはふと雲が所々南へ線を作っているのを発見した。
「なあ!空域は封鎖されてんだよな!」
ジェームズはミリーに質問する。
ハリケーンの中なので、精一杯声を上げてだ。
「当然よ!ハリケーンが近づいてるもの!」
ミリーも出せる限りの大声で答えた。
「じゃあ、こんな日にバカやるやつは……そういねえよな!」
「……そうでしょうね!」
「じゃあ!あの雲の麓にバディはいる!」
「ほんと!?」
二人はほうきの進路を南東側へととった。
そのまま空を数百メートル進むと、じわじわとなにが起きているかがわかってくる。
エネルギー球が撃っては生まれを繰り返していて、それはまるで水槽に供給された酸素のように、何度も何度も果てしない程に増産されていた。
このバカげた魔法の撃ち方は、普通の魔法使いではやろうともしないし、できるはずもない。
こんなことを実行に移せるやつは、ジェームズが知る限りたった一人だ。
「ロイヤー!」
ジェームズは暴走するロイヤーを止めに入った。
ロイヤーの手を掴んで杖を握る。
杖を握るとその先に備えられているドラゴンの声が聞こえてくる。
「も……う……無理…………だ…………うあああぁ!」
中の人格は絞り出すように限界を伝えるが、その途中で再び苦痛が襲ったのか叫び声を上げた。
ロイヤーは無慈悲にも力を込めた。
魔法石の声が届いていないので、魔法石にも過労死があることを知らない。
故に撃ててしまう。
ジェームズはここまで弱り果てた魔法石は見たことがない。
「ロイヤー!」
ジェームズはロイヤーから杖を取り上げようとするが、ロイヤーも抵抗する。
「離せ!」
「お前が離せ!魔法石殺す気か!」
「死?魔法石は魔法を撃つための道具だ。今は指示に従って魔法を撃ちさえすればいいんだ!」
「……クズが!そんな気持ちで魔法を撃ったら暴発するぞ!」
「うるさい!僕は……僕の魔法で父さんの仇を取る!」
そしてロイヤーはジェームズを突き飛ばす。
そして体勢を崩して杖からも手を離してしまったジェームズを尻目に、ロイヤーは杖にありったけの力を込める。
「やめろ!ロイヤー!」
だがロイヤーの耳には何も入ってこない。
エネルギー球は今まで生成されたどれよりも大きく、星が生まれたように眩い輝きを生んでいた。
風による魔法の乱れも考慮に入れて杖先をブラす。
そして嵐の奥、ドラゴンと目が合った瞬間に、ロイヤーはエネルギ球を一発発射した。
パキッ──魔法石が砕ける。しかし、それでもロイヤーはエネルギー球を完璧に撃ち切っていた。
エネルギー球は風に流されながらもドラゴンを目掛けて向かって飛んでいく。
コントロールも完璧だ。
そしてドラゴンに当たら──ない。
風の煽りを受けたエネルギー球はドラゴンを掠めることなく向こうの雲に風穴を開けた。
ロイヤーの頭の中をよぎったのは、こんなはずではなかったという思いだ。
いや、そんなことを考えてる場合ではない。早く回避行動を取らなくては。
そしてロイヤーは回避行動を取ろうとするが、体が動いてくれない。
動かそうとして脳が筋肉に指令を出すが、体は石になってしまったかのように動かない。
目の前ではドラゴンが回っている。嫌な予感がする。
次の瞬間、空気が裂けた。
ドラゴンとロイヤーの間。その空間を、風が刃となってロイヤーを目掛けて駆け抜けたのだ。
そこでようやく硬直した体が動くことを思い出す。
しかし、刃に対して回避行動をとろうとした時には、既にロイヤーに触れる一方手前だった。
刹那、世界がゆっくりに見えた。避けられるという訳ではない。
死ぬ直前特有のビジョンだ。
──母さん。先立つ僕を許してほしい。
──マイケル。まだ君に見せてない新しい魔法があるんだ。
──もしかしたら、僕は大きな過ちを犯したかもしれない。ジェームズさんが言ってたのは、こういうことだったのか……。
──父さん……
「また……魔法を教えてくれよ……」
「ロイヤー!」
刃が当たる直前、ロイヤーはなにかに触れられた。
それはすごい衝撃でロイヤーの体を押し、ロイヤーは空へ投げ出された。
「いやああぁぁぁ!!」
叫び声は大雨がかき消した。
気を失いかけたロイヤーが最後にこの世界の景色を見る。
そこには、真っ二つに両断された父からもらったほうきと、血しぶきを彗星の尾のように空中に描いたジェームズの姿だ。
死ぬ間際に嫌な夢を見せてくれる。世界は残酷だ。
そうして、二人は重力に従って海面を目指した。
いや、このままいけば海岸の浅瀬かもしれない。
そう思っていたが、ロイヤーはなにかに受け止められる。
少しチクチクとした毛先。この感触はよく知っている。
これはほうきの穂だ。
そのほうきの穂が彼に目覚めを促す。
ハッと意識が戻る。
──僕は死んだはずだ。ここはどこだ!
ロイヤーは動揺した。
いつの間にか自分はほうきの上にいた。
「起きた!寝起きに悪いけど……重いから!早く体勢を安定させて!」
「はい……」
ロイヤーはわけも分からずに指示に従う。
頭痛がする。高度がどんどん下がっていって、気圧がそれにつられてかかっていく。
アドレナリンで忘れていたがここは海抜千メートルもある世界。今ロイヤーたちは山程の標高をものすごい速度で落ちていっているのと同じ体験をしている。
空を見あげればハリケーンの中心の晴れ間がさらに大きくなっていて、その中心にはあのドラゴンが天から降りてきた神のような出で立ちで佇んでいた。
そして、雨とともに空から降ってきたのは重傷を負って雨を赤く染めるジェームズの体だった。




