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犬だと思って拾ったら、どう見ても猫でした  作者: 櫻木サヱ
犬だと信じる力

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8/8

動物病院という試練

 動物病院に行く、という決断は簡単じゃなかった。


 私は犬を抱きかかえ、玄関で何度か立ち止まった。

 理由は分かっている。

 病院という場所が、犬にとっても人間にとっても、だいたいろくな記憶を残さないからだ。


「大丈夫だぞ。すぐ終わるからな」


 犬は、キャリーケースの中で丸くなっている。


 ……いや、正確には「入れられている」。


(これ、完全に猫用)


 私はネットで調べた結果、いちばん評価が高かった動物病院を選んだ。

 理由は単純だ。

 信頼できそうだったから。


 病院のドアを開けると、消毒液の匂いが鼻につく。

 受付の女性が、にこやかに声をかけてきた。


「今日はどうされましたか?」


「犬を拾いまして」


 私は即答した。


 受付の視線が、キャリーの中に向く。

 一瞬、言葉に詰まったように見えたが、すぐに笑顔に戻った。


「……あ、そうなんですね」


(あ、この人も分かってる)


 犬は内心でため息をついた。


 待合室には、他の飼い主とペットがいた。

 吠える犬、落ち着かない犬、飼い主の足元をぐるぐる回る犬。


 その中で、うちの犬はというと。


 キャリーの奥で、完全に無音。


 微動だにしない。


「落ち着いてるなぁ」


 私は感心していた。


(諦めてるだけ)


 名前を呼ばれ、診察室に入る。


 白衣の獣医は、穏やかな笑顔の中年男性だった。


「こんにちは。今日は……」


 私はキャリーを開けながら言った。


「この犬の健康診断をお願いします」


 獣医の視線が、止まる。


 犬を見る。

 少し首を傾げる。

 もう一度、犬を見る。


「……ええと」


 沈黙が落ちた。


(きた)


 犬は悟った。


「……元気そうですね」


 獣医はそう言って、慎重に犬を診察台に乗せた。


 犬は大人しく従う。


 体重を量られ、聴診器を当てられ、口の中を覗かれる。


「歯も……きれいですね」


「はい!」


 私は誇らしかった。


 獣医は、何度か瞬きをしてから言った。


「……犬種は?」


「雑種です」


 即答だった。


 獣医は、もう一度犬を見る。


 耳。

 目。

 しなやかな体。


「……そうですね。雑種は、幅が広いですから」


(逃げたな)


 犬は心の中で呟いた。


 獣医は、カルテに何かを書き込みながら続けた。


「……ええと、性格は?」


「散歩嫌いです」


「……なるほど」


「ボールも追いません」


「……そうですか」


 獣医は、だんだん声が低くなっていった。


 最後に、意を決したように言った。


「……飼い主さんは、この子を――」


 一瞬、間が空く。


 私は息を詰めた。


 獣医は、笑顔を崩さず、言葉を選んだ。


「……犬、だと思っていらっしゃるんですね」


 私は、少し驚いた。


「思ってるというか、犬です」


 獣医は、ゆっくり頷いた。


「……そうですね」


(負けた)


 犬は、静かに目を閉じた。


 こうして、

 専門家ですら、

 犬だと言い切れない空気が完成した。

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