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6曲 カルチャーショック

『あなた達は、私たちに勝てない』




♢♢♢




「すごかったね」


「うん」



 無事に交流会は終わり、私たちは家路についた。

 他の学校での合唱部は、私たちよりずっと大事にされていて、重きも置かれている。

 それが、顕著に現れた発表だったと、自分でも思う。



「まさか、こんなにも違うなんて」



 帰りも徒歩なのは私たちだけ。他の学校は、バスや車での送り迎えが当たり前のようだった。自分の学校なのだから、当たり前ではあるけれど。



「カルチャーショック、受けたでしょ」


「カルチャーショック」



 音葉先輩が私の頭をわしわしと撫でる。

泣きそうな顔をしているから、きっと慰めてくれたのかな。



「他の学校は、音宮が後退していったときに進化していった。だから、声やハーモニーの()が違う」


「だから私はでない方がいいって言ったの」


「琴先輩…でも、1年生には必要だったと思いますよ。2年生も…きっと得るものは多かったですし」


「そうだけど……」



 まだ、琴先輩はもやもやしていたようだった。そりゃそうだ。皆を一番に考えて、響先輩とは違って、一番後ろから見守ってくれる存在だから。

 琴先輩は茶色いふわふわした毛を揺らして、力なく笑った。



「私は、こんな皆を見たくないから」



 私はその言葉を聞きながら、星涼中の演奏を思い出していた。

 『コンクール、諦めた方がいいですよ』

 口をつぐんで、俯く。そんなに、駄目な合唱をしたんだろうか。ううん、そんなことはないと思う。………なのに。



「あなた達は私たちに勝てないなんて、誰がいつ決めたんだろうね」



 考えていることを見透かしたように、気にしなくていいよ、と音葉先輩は言う。

じゃあ、私はここで。そう言って私は、泣きそうな顔を隠してその場を去った。

 雨雲が、空を覆い尽くすくらいに黒く、こっちに迫ってきていた。




♢♢♢



────ぽつ、ぽつ………


 次の日。

 その日は一日中、雨が降っていた。

屋上のドアは開け放たれていて、梅雨のしとしととした空気が入り込んでくる。

 私は不意に、階段をかけあがる。登りきった時、ドアの外を見る。そこには誰かが、立ちすくんでいた。



「うああぁぁぁ────!!」



 瞬きをする間もなく響先輩が叫ぶ。今までに聞いたことないくらい大きくて、枯れそうなくらいの声を出して。



「響せんぱ…」


「響!」



 ばしゃん!ドアから落ちてきた一滴の水滴で水たまりが跳ねる。

 雨が、冷たく私たちに降り注いでくる。


 私より先に響先輩の元へ駆けたのは、凛先輩だった。響先輩の気持ちを見透かしたように、そっと聞く。



「────悔しい?」



 こくりと、響先輩が頷く。

それから一呼吸おいて、響先輩は凛先輩に向かって言った。


「だって、あんなこと言われたんだよ!?……悔しいじゃん!あんなに頑張って練習して、毎日毎日あんだけ声出して、それで綺麗な合唱を作りたくて!」


「────っ」



 みんなの前では決して見せない、響先輩の弱さ。私は手で口を覆い、俯いてしまった。みんなが悲しむから、そう言って絶対に見られないようにひた隠す、響先輩は私なんかよりずっと大人なようで、まだ子供な、響先輩の弱さ。

 


「良かった…響、言ってくれて……ありがとう」



 凛先輩が、響先輩の頭をそっと撫でる。



「凛………」


「ひびきせんぱい……」



 ドア越しに聞こえる会話を、しゃがみ込みながら聞く。顔から、雨よりしょっぱくて熱く頬を濡らす雫が、一粒だけ、頬を伝って滴り落ちていく。


 響先輩が泣き崩れたその日は、久々に部活が休みの日だった。



「奏ちゃん?」


「あ…琴先輩」



 階段を上がってきたのは琴先輩だった。

響はきっとここにいると思った、と穏やかな笑みを私に見せる。私を、心配させないために。



「響は、いつもいつも何かを溜め込む癖があるの。誰にも心配かけたくないって。でも、凛も絃も気付いてる。…だって、ずっと一緒に歌ってきたんだもの」


「そうなんですね」


「声に、歌には全部が現れるから、私たちは響を支えたかった。でも、響はそれを嫌がるから…出来なかった」



 琴先輩の言葉が詰まる。



「これでもね、響には皆が感謝しているのよ。リーダーに向いてない子ばかりだから、居てくれて良かったって。何でもできるし、歌だって一番うまい。……ふふ、それが私たちだから仕方ないんだけどね」



 伸び伸びと1日は過ぎていく。でも、私は昨日とさっきの響先輩と琴先輩のことが、頭から離れなかった。

 放課後、私は無意識にリュックを背負い、その足は視聴覚室に向いていた。鍵は開いていて窓から覗けば、そこには8人全員が揃っていた。

 なんだ、私だけじゃ無かったんだ。



「やっぱり、皆来ちゃうよね」


「9人全員揃ったけど、どうする?」



 絃先生と琴先輩が、響先輩に目線を向ける。

表情を明るくする響先輩が、全員に向けて言った。



「練習、しよう!」



 無断で視聴覚室を使ったことに対して音香先生に怒られたけれど、それ以外のお咎めは一切食らわなかった。

 すずさんのいない練習は、久しぶりなのになぜか新鮮味があった。



「ああ……合唱って、楽しいね!」


「そうだね、音葉」



 最近は、音楽交流会に入れ込みすぎていたと、音葉先輩が言い、心音先輩が頷く。

 口の開け方も、たち方のフォームも、今日だけは全く気にしない。自由で、自在に、どう歌ったって私たちの自由。


 楽しい、楽しい!!


 歌は、どこまでだって広がる。

歌は、どんな感情だって吹き飛ばす。



「─────ふはっ……あー、もう1回!」


「もう暗くなってきたし、帰ろう」



 夕焼けが見える。ずっと降っていた雨は止んで、外に出たとき。



「みんなーっ!見て見て!」


「あっ!」


「綺麗!」



 グラウンドの先の空には、大きな虹がかかっていた。私たちの気持ちが、そのまんま現れた奇跡のよう。グラウンドの水たまりにも、虹はきらきらと反射していた。



「虹……!」


「そう、虹だよ!」



 グラウンドのど真ん中に向かって駆ける。

みんなも一斉に駆け出して、グラウンドの水たまりを飛び越える。

 みんなが「何々?」と集まって、私は右手で虹を指差した。



「私たちは、あの虹になろう!」


「虹に?」


「うん!あの空より高く、雲を吹き飛ばすくらい大きな虹!」



 それぞれが、何かをつぶやく。

何人かは笑い、何人かは頷き、私は太陽と雲と虹を見上げる。



「今は、星涼中の合唱に手は届いていないかもしれない。でも、これから手を伸ばしていけば、きっと届くと思う。

 私が見た音宮中の合唱のすごいところって、きっと、この大きな空に向かって、思い切り走って、叫んで、歌ったことなんじゃないかな。

 だから私はこの9人で、あの虹に手が届くぐらいの合唱をしたい!人数も少ないし、練習期間だってコンクールまではあと2ヵ月しかないけど、きっと出来るよ!

 だから、みんなで精一杯足掻いて、あの虹くらいきらっきらに輝こう!」



 振り向いて、思い切り振りかざした手を降ろす。この時、きっと私は晴れ晴れした表情を浮かべていたんじゃないかと思う。



「そして、あの空と同じ色の賞を取ろう!」



 夕焼けが迫る、黄金色の空。雲が、空が、太陽の光で金色に輝いている。



「奏ちゃん……」


「そうだね!」


「そっか、虹…か!」



 それぞれが、太陽の光に当たって眩しいくらいに笑う。

 それに、「じゃあさ」と2年生が何かをずっと考えていたように名乗りを上げた。



「私たちでずっと考えていたの。この音宮中の、ステージ前の何か「やるぞ!」っていうかけ声。───今の、奏ちゃんの言葉で分かった。」


「音葉先輩?」



 きょとんとした顔で私は聞き返す。お互いに顔を見合って頷く2年生たちは、この上なく幸せそうな弾ける笑顔をしていた。



「うん、きっと考えていることは同じだよね」


「お姉ちゃん?」


「みんな、真ん中に手を、うんと──人差し指を真ん中に集めて!」



 言われたとおり、真ん中に人差し指を出す。

それでね、と心音先輩が笑う。



「かけ声と一緒に、こうするの!」



 心音先輩の人差し指はその場で半円を描いて空に向かって伸びていく。



「かけ声はどうするの?」



 凛先輩が聞く。と、心音先輩は私と響先輩に向かって「こっちに来て!」とジェスチャーをしてきた。私は響先輩を見つめて、心音先輩の隣に行く。

 耳打ちで、そのかけ声を伝えられた。



「────」


「わ、それすごく素敵です!」


「うん、私も良いと思う」



 グラウンドのど真ん中、空には大きな太陽と大きな虹。そして、小さな小さな私たち。



「じゃあ、行くよ!」


「音宮中合唱部───!」


「「レインボー、ミュージック!」」

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