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二七. 幻月の分岐路

 


 二七.




 黄昏時。

 咒物屋『青燐(せいりん)堂』のタトゥスタジオ。


「だぁからなァァッ!! いちいちうるせえんだよヴィヴィ、てめえはァ! 俺だってちゃんと考えて動いてるンだってぇの!」


 その特別個室では鋼のような体躯の男が携帯端末に向かい、Fワード満載の物騒な文言で怒鳴り散らしていた。

 しかし、何かを言う度に獣耳を思わせる形の黒髪が揺れ、コミカルとも言える動きでほのかな笑いを誘ってもいた。


「だからあれはちょっと油断したっつーか俺にも俺なりの考えがあって……あアン!? アホ駄犬だとうっ!? うるせえこのアマ絶対あとで犯し殺し、あっおい、言い終わる前に切るんじゃねえよコラァァ!?」


 ブツリと無情な音をたてて切られた通信機をシーツの上に投げ出し、青年は盛大にため息をついた。

 獣の(たてがみ)のような黒髪をがしがし掻くと、淡く射し込む落日に真紅の瞳が細められる。

 その双眸がようやくこちらの姿をみとめたので、()は暗がりから一歩を踏み出した。

 ……青燐堂のオーナーにして女彫師のハルである。


先生(シーサン)! てめえもじっくりゆっくり見てんじゃねえよ! これはプライベートの通話だっての。客のプライバシーくらい守れよ」

「あんな大声で会話してはダダ漏れなのじゃ。しかも随分楽しそうな内容のお電話じゃったからつい、の」

「ちっ」


 ハルはマグカップを持って近づくと、片方を男――バルベルに手渡した。自分の分を寝台の横に置くと、青年の隣に腰掛ける。

 バルベルは既にジーンズを履いており、上半身は裸のまま寝台の上に座っていた。その背中には見事な刺青が彫り込まれている。この男もまた青燐堂タトゥスタジオの上客であり、ハルが持つ紋様術師としての力を求めて訪れる探索者の一人であった。

 アートとしてだけではなく、咒術的な側面からもハルの施術を必要とする者は後を絶たない。しかし、彼女は誰にでも刺青を彫るわけではない。彼女は自分が認めた客にしか彫らない。そんなハルにとってもトワイライトは殆ど特別であったが、バルベルもまた術を施す資格があると判断した男であった。

 紋様魔術は、房中術により肉体に気の通り道を開ける最終的かつ契約的な工程を必要とする。それゆえに、相手を慎重に選ぶ必要があるのだ。


「……うげえっ! これ珈琲じゃねえか。しかもブラックぅ!? 苦いだろうが!」


 ハルが物思いにふけっていた横で、カップから立ち昇る匂いを嗅いだ男はぎょっとして悲鳴を上げた。

 いちいち反応が大きく、ハルにとっては見ていて面白い相手でもあった。バルベルはハルの横で舌を出し、なんとも不快そうな顔をしていた。毒でも盛られたかのような、如何ともしがたい表情である。


「どうせこのあとまた揉めるんじゃろ。頭をすっきりさせるにはこれが一番じゃよ」

「ヴェッ、まずい。にがい。おまけに熱い。おれはイチゴのミルクが好きなんだよ!」

「すごくどうでもいい上に無駄にふぁんしーなご趣味じゃの。おぬしのようにガタイのいい強面男が苺などとはなかなかに香ばしいお話じゃ。ひょっとしてギャップ萌えを狙っておるのかえ?」

「……人の味覚に口出しやがんな」


 文句を垂れながらもバルベルはブラックを啜った。嫌ならやめればよいのに、少しずつ飲んでは「苦い、苦い」と何度も呟くのがまた笑いを誘う。そういう姿は少年がそのまま大人になってしまったかのようだ。

 ハルは愛しむようにそっと男の背中を撫でた。狼の頭蓋骨を模した模様に羽根のモチーフを絡ませた複雑な刺青を。魔法の効力を確かめるように。


「…………わざとかや?」

「なにがだよ」

「昼間の騒ぎのことじゃ。あのときトワイの針を受けたのは、おぬしがわざとやったことかえ?」

「そいつはどうかね」


 バルベルはハルの双眸から目を逸らし、頬を歪めた。犬歯を剥いた皮肉っぽい笑み。大きな緋色の三白眼が不機嫌な色を浮かべている。この男は大抵いつも不機嫌そうな表情をしている。笑う時も勿論そうだ。だが今は自らの行動を言い当てられたことへの苛立ちもそこに含まれているようだった。

 ハルはまたほんの少し愛しくなって微笑んだ。


「なんじゃ……わかりやすい男じゃの」

「勘違いすんじゃねえよ。あの場で奴らを殺すよか、迷宮でヤりあった方が俺にはよっぽど愉快なだけさ。迷宮生物にイミューン、神に悪魔に人間と殺し放題の混沌状態。あいつが一度取り戻したガキも一緒とくりゃあ、これ以上におもしれえ状況はねえだろうが?」

「……トワイライトを苦しめる状況など、なんであれわたしにとっては不愉快じゃよ」

「は。好きなように言ってろよ。てめえこそ今は見て見ぬふりして俺とこうしてやがる。昼間だって、いつでもチクろうとすりゃできただろうに」

「それは」

「でも俺は先生のそういうところ、嫌いじゃねえんだ」


 バルベルはハルの後ろ頭を引き寄せると、躊躇することなく唇を奪った。こじ開けるような乱暴な口づけだが、舌は熱く愚直にハルを求めてくる。応じて舌を絡ませていけば、唾液の甘さの中に先程の珈琲の苦味が混ざりはじめた。ざらりとした舌先が口内を撫ぜて、やがて離れた。ハルの濡れ羽色の髪とは質感の異なる黒髪が頬を掠めた。獣の鬣に触れたような感触だった。

 バルベルが興味深げに反応を窺っていたが、ハルは表情の一切を変えなかった。男はそれでも幾分満足気に笑む。皮肉なことに、反応を変えまいとする態度自体がひとつの答えとして受け取られたのだろう。

 椅子にかけておいた白衣のポケットから、バルベルの浅黒い手が潰れた隣寸箱を掠め取った。黒いラベルの隣寸箱はそのまま屑籠へと放りこまれた。


「嫌なンだろ。こういう痕跡もおれの匂いも、残せばあいつが気づくからな」

「……そんなこともないのじゃが。あやつもあやつで遊んでおるようじゃし? お互い様というやつじゃよ。匂いも気配も堂々とあてつけてやればいいのじゃ」

「あんたの嘘は匂いで分かる。そういうどうしようもねえって顔が見たいからわざと言ったんだ」

「おやおや、意地悪じゃな」

「なに、ああいう奴こそ性質(たち)が悪いぜ。みてくれやナニがよくても、相手の内面までを受け入れようともしないから。同様に、自分の内面に相手を立ち入らせない。当たってんだろ?」

「余計なお世話じゃよ。トワイのあれは、ぶっ壊れた人間なりの優しさゆえじゃ」

「先生はそういう壊れた人間がお好みかい? だけどあいつは人間ですらないんだろうが」


 大きな掌がハルの首を掴まえ、そのまま寝台へと押し倒す。鬼のように獰猛な体躯がそこへ覆いかぶさった。

 洗いたての髪がシーツに散らばり、ハルはそれでも動じずに相手を至近距離から睨み返した。すべてたいらげられてしまいそうな真紅の瞳。それは紛う方なき獣の瞳だった。


「首絞め遊戯は別料金じゃよ」

「お遊びのつもりは毛頭ないね」


 唇を奪う寸前の距離で言葉が囁かれる。鋼のような少し掠れたハスキーボイス。相手を術中に嵌めるにはもってこいの声色だった。


「それにおまえは俺が憎くはないんだろう。匂いと味とで分かるんだ。でも迷っている。困ってもいる。俺はそれがひどく愉しい。抱くたびにぜんぶが綯い交ぜになっているのが堪らねえんだよ、先生(シーサン)

「……やめろ。それ以上を女に突きつけるのは無粋じゃぞ」

「ふん。言われなくても今日はもうしねえよ」


 寝台を軋ませ、起き上がると、バルベルはそのまま放ってあった上着を羽織る。

 青年は立ち上がる前に、もう一度ハルの頬に手を添えて唇を奪った。今度は触れるだけの口づけだった。

 なぜだか相手を見ていられなくなって、ハルはもうバルベルの双眸を睨みかえさずに俯くばかりだった。


「個展の話はテトラと直接進めればいい。先生のアートをやたらめったらべた褒めしてンのは元々あいつなんだからな」

「……わかっておる。おぬしの刺青の続きも近いうちに進めよう」

「はいよ。たのむぜ」

「バルベル、おぬしはトワイライトを――」


 口にしかけたとき、男の姿は忽然の闇と消えていた。代わりに夜の匂いだけがそこにあった。煙に巻かれた気分だ。どうして身の回りの男たちはこうも自分勝手なやつばかりなのだろう。ハルは今度こそ深く深く嘆息した。

 その美貌を宵闇が翳らせていく。諦観が半分、迷いが半分。

 夕暮れを殺し、今日も夜の帳が降りてきた。

 ハルは暫しその場にとどまり、辺りが完全に暗くなるのを待った。ただ静寂に耳を澄ませて。









 夜半過ぎだった。

 黒数の夜を通り過ぎる雨の音を聞きながら、トワイライトは迷宮五層の報告文書に目を通していた。ベッドの背もたれに寄り掛かり、めぼしい情報を探してタブレット端末をなぞっていく。ブルーに探索者として生きることを提案し、それを自ら助けると宣言したのだ。必要な情報はできるだけ集めておきたかった。


 迷宮探索はなにも力が全てではない。情報戦略の側面もまたある。迷宮を攻略するためには自分のパーティの実力と照らした上で、出現イミューンの分析や、地形変化、帰還・休息場所の確保やその他安全状況に関する情報を逐次収集しなければならない。そうでないと生き残れないからだ。水先人(ナビ)の存在があるとはいえ、いつ何が起こるかわからぬ迷宮探索において、情報はわずかでも多い方がいいにきまっていた。


 情報戦略という意味ではネロに頼るのが手っ取り早いが、トワイライト自身は彼女に連絡するのを躊躇っていた。ネロまで引きずり落として巻き込むのは、どう考えたって嫌だった。

 迷宮探索は、トワイライトにとっては呪われた過去の轍だ。

 迷宮で生まれ、過去を求めて彷徨い、結果的には最愛の師匠を失った。多くの人間を傷つけもした。それに今も傷つけている。生乾きの傷を他人にまで背負わせることはない。それに自分の内面に踏み込まれるのも苦手だ。

 ……それなのに、付き添いとはいえ半ば探索を目的として迷宮に赴くことになるとは。

 トワイライトは呆れ、ひとりでに笑っていた。寝台のわき机に置いた洋酒を舐めるように飲みながら作業を続けていく。地形変化に関する情報をいくつかピックアップし、地図ソフトに記録する。行為にのめりこむうち、視界の隅で蠢き始めるモノをみとめた。

 低気圧で頭が重いせいか、酔いが回っているのか。はたまたいつものイカレた妄想か。

 暗がりから闇がせり上がり、どろりとした美しい女の形をとって、それは纏わりついてきた。


『まったく。僕様のクソ弟子ちゃんときたらよォ……』


 毒々しい囁きが幾重にも重なって聴覚を支配する。

 黒く崩れた愛しい姿が背後からトワイライトの目を塞ぐ。粘着する闇に、牡丹の花の甘い腐臭。


『僕様チャンに言わせてみれば、おまえはとっくに呪われてンだ。この世に生まれやがる前からなァ。だから、安心してあと一人や二人や何人だって巻き込んでやりゃあいいんだよ。そうすりゃ全員一蓮托生で地獄行きさ』


 リンレイの亡霊は耳から首、肩から胸へとじっとり触れながら囁きかけてくる。その触れ方の全てが懐かしく、胸を締め付ける愛しさと痛みを伴っていた。


『だって、現に僕の大切なハルを穢し、この僕様の命運を喰らい殺してまでおまえは生き残ってる。あーあ、イヤラシイねぇ、悪運(ジンクス)に見舞われた男ってのはァ』

「……知ってますよ、それくらいおれだってわかってるんです。リンレイ、リンレイ師匠(せんせい)

『だったらもっと生きて苦しめ、這いつくばれ。そしてズタボロになるまでのたうちまわって一人っきりで死ね。人並みの幸福など、おまえには許されていないのだから』


 そうとも。おれは知ってる。

 だって目の前でリンレイ師匠が死んでいくのを最後まで見せられたんだ。

 ……だからもっとひどい目を、めちゃくちゃになるまで悪い夢をみなくちゃいけないことくらいわかってる。


『そうだぜ、愛してる。愛してるよ。僕はこういうふうにおまえをぐちゃぐちゃにするのが昔から大好きなんだ』


 耳を塞ぎたくなるような声が耳を塞いでいる。

 迷宮探索に再び赴くことになったのも何かの罰かもしれない。そう思いかけた時、コンコンという音が声の合間に混じるのが聞こえた。間をあけてもう一度。それは確かに扉を叩く音だった。聞き間違いではない。

 リンレイの幻影が消える。幻影。そうだった。今のは所詮まぼろしに過ぎないのだ。


「……なんだ。ブルーか?」


 扉の向こうで「そうだ」という声が応えた。扉が少しだけ開かれ、闇の中でも煌めく蒼銀の髪が垣間見えた。

 トワイライトは一気に現実に引き戻された。


「入ってもイイか? トワイライト」

「いいよ」


 朝は無断で入り込んでいたブルーだが、彼女が夜寝る前にこさえて説明までした「ブルーは無断で入っちゃダメです  ――トワイライト」という図解入りのドアプレートが効いたらしい。

 ぎぃっ、と扉を軋ませて、ブルーがゆっくり中へと入ってくる。少女は大きな枕を抱えた寝巻姿でおずおずとこちらへ近寄ってきた。トワイライトはにわかに目を(みは)った。

 ――だって、部屋に入ってきたのは紛う方なき天使そのものだったのだから!

 ブルーには寝巻としてシンプルな白シャツを貸し与えてあった。小さな体躯にはぶかぶかで丈がかなり余っていたが、それが逆説的に可憐さを強調していた。シャツの裾からは細く引き締まった下肢がのびている。太腿は青白く、膝は丸みがかっており、足首がきゅっと締まっている。昼の健全な町娘姿もさることながら、夜もまた「彼氏の服(カレフク)」の様相を呈するその姿が絶対的な破壊力を発揮している。

 トワイライトは自らの采配に――否、女子力に再び魂が震えるのを感じ取った。


「……ィィ……」

「どうシタ? トワイライトも眠れナイか?」

「ううん、そういうわけじゃ……いや、やっぱそうかな。それよかオマエ、ちゃんと下は履いてるんだろうな?」

「履いてナイ。なぜ聞ク?」

「ああああ、神様ァッ」


 トワイライトは言ってしまえば無神論者であるが、今ばかりは乳尻太腿教の邪神に向かって五体投地し祈らずにはおれなかった。

 人外の美少女、カレフク、しかも履いてない。目の前の少女こそが二次元と三次元の狭間、そこへ舞い降りた人類の至宝であることにもはや間違いはない。


「それはお祈り? ダイジョウブか?」

「大丈夫、大丈夫。それでどうしたんだ」

「眠レヌ。お話しろ」


 ブルーの要求は単刀直入にすぎた。


「脅迫かよ! こういうときはかわゆく“なにかお話して♥”っていうんだよォ!」

「カニ蟹お話シテ?」

「うん……なんかあの、ごめんね。まァね、オマエ昼間は大変だったからなァ……」


 トワイライトは頭を掻いてため息をついた。昼間あれだけのことがあったのだ。不安や興奮で眠れないというのも無理はない。それにブルーなりに考えるところがあるのかもしれない。

 トワイライトはタブレット端末の電源を切って、サイドテーブルに置いた。


「いいよ、おいで。でも今夜は特別だからな」

「……うん」


 ブルーは枕を抱えたままトワイライトの隣に潜り込んできた。

 仄かに身体が温かくなった気がしたが、気のせいでもないのだろう。


「温かいナ。ベッドがふかふかダ」

「逆。オマエが湯たんぽがわりになってンの」

「ゆたんぽ?」


 ブルーは胡乱気な顔をして、それでも気にしないというふうにごろんと横になった。履いていないという供述通り、シャツの裾がめくれて小さな桃のような尻が露になる。それを隠すようにタオルケットを掛けてやると、トワイライトもブルーの隣に肘をついて横たわった。


「それで? どんな話が聞きたいのかなァ? 言っておくけど、ちゃんとねむたくなるような話じゃなくちゃダメだからな」

「ええと、たのしいやつがヨイな」

「楽しい話ねェ……あんまりバリエーションが無いンだよなァ」


 仰向けに寝転んだブルーの腹のあたりをぽんぽんと優しく叩きながら、トワイライトは物語をてきとうに編み上げてゆく。


「そうだね……〈三匹の子羊は眠らない〉とかはどうだ? むかしむかし、あるところに病弱な妹子羊とヤクザの兄羊とカタギの弟羊がおりました。兄弟羊はすれ違いながらも必死に妹を守り、三匹は薄明の日々を暮らしておりました。ある日兄さん子羊は暗黒マーケットで敵対する裏闇マフィア組織の襲撃をうけ、黒数の重酸性雨の下に散り、兄の壮絶な死に様を知った弟羊は武器を取り単身……」

「そういうノハどうかと思ウ」

「あっはい、どうもすみませんでした」


 どうやら子ども向け絵本の購入を検討した方がいいようだった。

 下手な噺を披露してしまったトワイライトがしょんぼりしていると、ブルーがいつの間にか真剣な表情で視線をくれていた。ブルーは何かをいいたそうにトワイライトを見つめていた。その口元に垂れて纏わりつく髪を指でよけてやりながら、尋ねる。


「……なんだ、どうした」

「ハルが言ってイタ。トワイライトは探索者だった、と」

「ああ、その話ね」

「トワイライトも自分のコトを探シテいたと聞いタ。ブルーとおなじヨウに」

「……うん。そうなるね」


 トワイライトはてっきり過去のことを聞かれるのだと思って身構えた。もし聞かれればやんわりと笑って受け流していただろう。けれど違った。ブルーはどうしてか、もっと深いところを理解しているらしかった。


「ブルーは、トワイライトが話をしたくナイこと、わかってイル。だからひとつだけ聞きタイ。トワイライトは迷宮が大嫌イだといった。それなのに、ブルーについていてくれると言ウ。これは、ほんとうにヨイことか?」


 桃色の瞳は真っ直ぐだった。ブルーは全身全霊で是非を問うていた。そして覚悟さえも決まっているようだった。


「ブルーはひとりでだって迷宮に行ってもヨイのだぞ」

「……いいわけないでしょ」


 トワイライトはブルーの頬をぎうっと抓った。真剣だった少女の表情が崩れ、年恰好相応のものに戻った。


「いふぅ、放ふ! はれ……トワイ、ライト?」

「……ブルー。おれはねぇ、ハルの言ったとおり探索者だったンだよ。だけど出来損ないの、それはそれはひどい探索者だったんだ。おれをこんな風にしたやつを、おれのことを一人ぼっちにした奴を探し出して、同じようにひどいことをやり返してやろうと思ってたのさ。でもね、その結果無茶をして、おれのだいじな人を殺しちゃったんだ」

「それはトワイライトが……トワイライトのせい、なのか?」

「そうだよ」


 あっさり頷いてみせれば、ブルーは何も言ってこなかった。ただ「そうなのか」といって頷き返すだけだった。それがトワイライトにとって意外なほどに救いとなった。


「だから今度は絶対におれがついていって、ブルーを助けたいと思ってるんだ。それくらいヤらしてくれたっていいじゃない?」

「……もしかシテ、トワイライトは、こわいのか?」

「こわくなかったことなんかない」


 トワイライトは苦く微笑みながら、こどものように本音を吐いていた。言葉はただ自然に口をついて出たのみだった。


「でも、怖がらないやつは皆死んだよ。残るのはいつも臆病者なんだ。……ほら、もう遅いから寝な」

「トワイライト、もう少し近づいてもヨイか?」


 ブルーは答えるのを待たずに寄り添って、トワイライトの頭の後ろに手を回していた。そのまま少女は全身を使ってぎゅっと抱きしめてくる。頭を、肩を、上半身のぜんぶを。トワイライトの鼓動と感情を。

 それは壊れてしまった欠片を掻き抱くような、やさしく拙い抱擁だった。

 ブルーは目を閉じていた。頭のてっぺんに息遣いを感じた。信じられないほどに穏やかな呼吸。このまま眠ろうとしているのかもしれない。少女の腕の中でトワイライトも目を閉じた。不思議と抗おうとは思わなかった。




 結局、どちらが先に眠ったのかさえわからなかった。

 その夜の最後の記憶は、温かな雨と鼓動に包まれていたことだった。









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