表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/36

十五. キルポップチェーンソー 〈中〉

 


 十五.




『げぇ。ちょっと、なにそれ……』


 想像の斜め上をいく光景に、さすがのボクも言葉がみつからない。だけど「言葉にできない」ってこういうことかと噛みしめている場合でもない。どうしようもないトワイライトに突っ込みをいれるのもボクのお仕事のひとつなんだから。


「なんか問題?」

『問題だよ。なんなのさ、その三六〇度どっからみてもイッちゃってる装備。スプラッタ俳優でも演るつもり? いつもの刀はどうしたの!』

「迷宮でかたっぽ失くしたの、ネロも見てたろ。だから急場しのぎに医院の非合法手術器具(ブレード)をちょいと改造したのを持参しただけさ」

『意味もなく得意げな顔しないで。うざいから』

「つめたいなァ。術で強化してあるから、そこらの武器よりよっぽど使えるんだけど……」

『余計に性質がわるいし、そもそもそんなこと言ってるんじゃない』


 トワイライトが先の事件で愛用の双剣〈邪淫蓮葉〉を失ったのはボクも知ってる。あの刀も相当アタマおかしい代物だったけど、今夜の装備はもっとイカレていた。

 鼻歌混じりのトワイライトが掲げてみせたのは、巨大なエンジン式鎖鋸剣(チェインソード)だった。

 本体と刀身に何枚もの呪符を貼り付け、内部の動力源や制御装置にも符呪回路を埋め込んで呪術的処置を施した形骸改造用手術工具。

 何にせよ殆ど気が触れているのには違いない。あたりまえだけど地上で持ち歩くと通報される。

「木とか斬ります」って言ってもこれじゃ誰も信じない。


『ちょっと、トワイライト。ね、聞こえてる?』

「ハァハァ……これ、これだよ! ここのレバーを引いてなァ? ちょっと呪力を込めて気合いをいれれば振動するんだよ!?」

『はあ』

「ほらみろよ、けっこう卑猥だろ? アー、小ぶりなカッターの連なりも健気なドライブリングの突起も……めちゃくちゃエロくてかわいいもんね……ずっと撫でていたいし、ペロペロしてたァい……そうだろ、な?」

『もちろん二重の意味でだけど、舐めてるの?』


 ボクの言葉を無視して、うっとりと蕩けた瞳で自らの得物を眺めるトワイライト。

 一応特別な愛着があるらしく、デリケートなチェーンには直接触れずに刀身――ガイドバーを撫でまわしながらブツブツなにかを喋ってる。ボクに言ってるんじゃないと思いたい。

 迷宮や裏社会での過酷な仕事が彼の頭をふにゃらけさせたと思うひともいるかもしれないが、ある意味もっと不幸なことにトワイライトはデフォルトでこんなだ。しかも召喚術を用いてトランスするとこれが見事に悪化する。


「……アー、早く出したり入れたりしたァい……」

『あーわかったよ、トワイ。うん、そう、さっさと片付けよう。ね。ボクこれ以上聴くと手が滑って警察への短縮ダイヤル押しちゃいそう』

「おっ、そうだな!」

『……はぁ。霊幻道士って硬派でもっとカッコいいひとたちだと思っていたから、少し残念』

「なに、不満げな顔しちゃって。まさか桃剣とか銭剣とか持ち出すと思った? 黄色い道服着てさ」

『さすがに映画みたいなのは期待してなかったけど、ボクは血みどろホラーが見たいわけじゃなかったよ』

「大丈夫、奴らは今ンとこただの歩く死体だ。たいした妖力もなければ神通力もつかえない。分かるだろ、低級殭屍。だから斬っても血は出ない。おれが喰われなきゃのハナシだけどね」

『大丈夫ってのがどこに掛かってるのか全然わかんないけど、最後の部分だけはおもしろいね』


 皮肉に肩をすくめ、トワイライトは屋上から一歩踏み出す。

 生ぬるいビル風が吹きつける、朽ちたコンクリートの淵。奈落の底まであと半歩もない。


「まァ、いいけどな。それじゃ、なんかあれば逐次教えて頂戴。おれはネロの感性を信じてる」


 そう言ってトワイライトは左手の甲に軽く口づけた。それは、ボクへ知覚を伝えるための疑似的なキスだった。

 くすぐったいと感じるのは、ただ肌に触れた感触をボクの脳味噌がなぞっているからか。それともボクだけの意識経験なのか。


 ……関係ない。どっちでもいい。


『もちろん。任せて、トワイライト』


 次の瞬間、最後の一歩を踏み出して――風がどっと吹荒れ、全身を包み込む。

 十字架みたいに真っ直ぐ手を広げて落下。たぶん数秒のことなのに、とても長く感じる。一瞬が永遠に凝縮されている。ごうごうと唸る風がトワイライトの聴覚を支配している。

 それなのに、すべてが鋭敏に感じ取れる気がした。

 実際、りぃん……と長く響く音色が彼の鼓膜を震わせたことに気がついた。


「はん、もう一人居やがるなァ」


 トワイライトが墜ちながら闇の奥に眼を凝らして囁く。口の端にはどういうわけだか凶暴な笑みが浮かんでいる。

 帝鐘は道士が用いる武器のひとつだ。それが近くで聞こえたということは、少なくとももう一人は同業者がいるということだ。指示を待つまでもなく、ボクは情報を集め始める。

 同時に四肢をフルに使って着地。トワイライトは間髪いれずに何事かを咆えて走り出す。どうでもいいけど軽功ってやつかトワイ流の業なのか、とにかく人間の動きじゃないよね。


「さァ、ショーの始まりですよォッ! イッツショーターイムッ!」


 勝手に祭りの開催宣言。「ア゛ー」とか「うー」とかしか反応がないのが気の毒だけど、既にトワイライトは宴もたけなわの状態で禍々しい電鋸の剣を構えて笑ってる。生きているぶん死体妖怪よりむしろこっちのほうが気の毒だ。しかし元から年がら年中トリックオアトリートの狂態を繰り広げている可哀想な人なので、幸福物質全開であれば一人でも十分に愉しくなれるのだろう。うん、羨ましくもなんともない。

 ともかく、大声に反応した殭屍たちがこちらを向いた。

 ふつうは息を殺してお札を張ったり、指印や墨壺、あるいはもち米なんかで動きを封じたりするものだと思うけど、トワイライトのやり方はよくわからない。ただ真似しちゃいけない部類に入ることだけは明らかだ。

 殭屍は全部で五体。走査してみたけど、近くに反応はない。先程の帝鐘の主が他の個体をひきつけている可能性もあるが、状況は不明。


 ボクの思考をよそに、トワイライトの周囲に殭屍が集まってくる。

 最初はばらばらに動いていたが、生きた肉の気配に反応したのだろう。

 みんなものすごく顔色が悪い。中には腐敗の途中で止まった個体もある。ほんの少し胸が悪くなったところに哄笑が響いた。

 トワイライトは口元に浮かべた笑みを更に深くしていた。牙を剥き出しにした獰猛な笑顔。愉しくて笑っているのは分かるけど、この状況を愉しめる神経は理解できない。

 結局トランスしていようがいまいが、彼はいつもこうなのだ。


「さァて、この紐を引くと〜!」


 ギュイイイイン! とけたたましいモーター音が巻き起こり、刀身が高速振動を始める。

 正しくは刀それ自体ではなく刀身に巻きつけられた鎖が回転。見るも卑猥な振動を生み出している。触れたものを斬るのではなく破砕する仕組みのめちゃくちゃエグい凶器だ。あとすごくうるさい。っていうかすげえ目立つ。そっと近づいて仕留めるのは絶対に無理。どう考えても破壊を愉しむことにしか向いてない。

 道士というからにはトワイライトも仙人かなにかに師事したのだろうが、いったい彼の師匠はどんな教育を施したというのか。どんな人物にしろ、絶対に彼以上の性格破綻者か変態だと思う。


「きたきたきたきたァッ♥ このバイブレーション! ひゃっは、たまんねッ♥」


 まったく堪え性のないトワイライトは言うが早いか駆けだし狙いを定め、一体目に向かって跳躍。微塵の躊躇もなく肩から袈裟切りに刀身を叩きこむ。

 ギュイン!と刃がぶつかる音が響く。……硬い!

 それでもむりくり力を込めて、刃を押しこんでは強く引く。


「捻じ込ん、でッ! 掻きまわして、震わせて、揺さぶってぇッ! もう、とろっとろにしてやるからさァ!」


 羽音じみた唸りとともに毒爪の猛烈な刺突が襲い来る。反撃だ。ガチガチとバケモノが歯を打ち鳴らす音が耳許に響き、黄昏色の髪が数本千切れて宙を舞う。トワイライトは脇をしめ、殭屍の両腕に肘をぶつけて攻撃をいなした。「キヒッ」笑みだか呼気だかを漏らし、更に刃で押しこむ。

 殭屍の青白く乾いた肌がバリバリと音を立てて軋んだ。手応えアリだ。


「あはッ、やっぱり硬ァい♥」


 ついに乾きかけの肉が崩れ、ばっさり首から肩にかけてが削げ落ちる。高速回転する鋸による破砕。断片は見るも無残な様相だ。

 バランスを失った胴体を蹴倒す寸前、トワイライトの左手が札を張り付ける。

 叩き込まれたのは黄色い紙に赤い符箓(フールゥ)の記された呪符。


 勅令・随身保命――。


 命ある者の如くに付き従えと、力ある言葉が記されている。文字の部分が橙色に淡く光っていた。


「おれ非力だからァ! やっぱこれ超助かるねェッ!」

『キミみたいに頭のネジが飛んじゃった人は火事場じゃなくても怪力出せて良さそうだけども』

「またァ、ひどいこと言う♥」


 チェーンソーを構えたまま惚けてみせてもまったく違和感がないあたり根本的にどうかしている。

 そこに昏い瘴気を発しながら、新手が迫る。トワイライトは既に察知して動いていた。なぜだか、彼はまず嗅覚みたいなモノを通じて死者の気配を感じ取るようだ。この人は視覚優先なようでいて、けしてそうではない。もっと感覚的な――ボクらとは別の眼で世界を捉えている。

 とにかく死臭に胸がざわめいた気がして、ボクは声をあげた。


『横から二体。いずれも第二級〈白僵〉』

「低級か。とろいから問題なァし!」


 両サイドから挟み込むように二体の殭屍が跳ねて襲い来る。腐敗を脱した段階の死体で動きが他より滑らかだ。そしてどちらも探索者のナリじゃない。おそらくは迷宮街の与太者だ。汚い襤褸に、乱れて毛羽立った頭髪。

 一方は胸のあたりに、もう一方は胴体に醜い創傷がある。鋭い何かで体を抉られた痕だった。


「死体と3Pってかァ!? でもよく観なくてもどっちも男だから却下ァッ! 勅令(íːdikt)――」


 空を引き裂く刺突に、地を抉るような踏み込み。まさに死を体現したかのような攻撃の応酬。しかし、トワイライトはそこからするりと身をかわすと、既に手にしていた糸を手繰って二体まとめて締め上げる。それぞれが恐ろしい力をもって出鱈目に跳ね、今にも糸は断ち切れそうだ。

 でもよく見ればそれはいつもの鋼糸とは異なり、二体を拘束する紐からは赤黒い墨液が滴っている。

 彼が用いたのは墨壺だった。鶏血と墨を染み込ませた糸を巻き取らせた工具の一種。殭屍退治に用いられる正式な道具の一つだ。


「――鬼魔駆逐、急急如律令」


 情熱のこもらぬ、低く錆ついた囁き。

 呪に応えるようにびぃん、と糸が張って赤黒い液体を弾く。

 拘束を受けた肌が爆ぜ、トワイライトの袂から舞いだした無数の呪符が二体の動きを封じた。闇の中、淡く燐光を帯びた紙片は一連なりの翼のように映える。

 トワイライトは数枚を刃で貫き、チェーンソーに帯びたまま新手に向かう。跳ねながら距離をつめてきたのは、もっとも低級の〈紫僵〉と称される殭屍だ。眼前で動き回っているのは形の崩れた不完全な死体だった。胸に大きな穴が穿たれ、臓物はほぼすべて抜き取られている。

 そいつが跳ねた瞬間、トワイライトは刀身を下に潜り込ませ股座から勢いよく真っ二つに斬り上げた。脳のリミッターが頭のネジ同様ぶっ飛んでいるのか、ものすごい怪力だった。彼らの周囲を呪符が飛び、紫僵の切り口から顔面にかけてを覆い尽くす。


「フー、最高!」

『サイコの間違いでしょ』


 勝手に昂ったトワイライトはなおも「最高最高、最高!」とか連呼しているけど、自分への悪口を言っているようにもみえて可笑しい。

 考えてる間に、彼は最後の一体と対峙している。これも低級。バケモノになりたての死体だ。

 跳ねながら腕を突き出してくるのを避けて、腹から蹴倒す。使い方が間違っているけど、トワイライトはそこへチェインソードの刃を振り降ろし、呪符を数枚叩きこんだ。


「見てるよなァ、ネロ」

『ちゃんと見てるよ。五体すべてに変な傷があるね。……おそらく』

「そういうこった。こいつらぜんぶ、殭屍に喰われて転化した奴らだな」


 死体あるいは生者が殭屍になる場合、いくつかパターンがあることはよく知られた話だ。


 一つ目は、道士が意図的に殭屍を造り出す場合。

 二つ目は、四神相応、龍穴格局、その他の位置取り含め、風水的に誤った埋葬をされた場合。

 そして、三つ目。殭屍に噛まれ、精気を吸い取られることで転化したものが殭屍となる場合。


「誰かが術を行った形跡はない。確かにこんな場所で死んだんじゃ弔いもされないし、恨みつらみも相当だろうが、現状からして転化だよ」


 トワイライトは鋸を回転させ、呪符を直接殭屍の体内にめり込ませながら淡々と告げる。

 がくがくと死体が痙攣をおこし、やがて動かなくなった。彼は二度死んだが、三度目はもうない。


『つまり、どこかに元凶となった個体がいるってこと?』

「おそらくな」

『それって今夜出たやつを倒したって解決にならないってことじゃんか』

「そういうなって。一気にできないこともあるんだからさァ」


 相槌を打つ声は少々複雑な調子だ。

 トワイライトは、ここ最近殭屍が増えていると言っていた。

 戦闘の様子を見張りつつ、ボクはそれと思しき事件の発生件数を調べていた。街の情勢に影響を与えるほどでないものの、彼が言ったようにやはり数週間で急速に出現数が増加している。今夜の一件とも無関係であるとは思えない。

 発生場所や細かな内容を分析してみるのも面白いかもしれない。いつの間にか、ボクはこの一件を持ち帰って調べる心づもりになっていた。

 トワイライトは捕縛した殭屍の傷口を意味ありげに見つめている。そういえば迷宮で似た傷痕を目にした気がする。先日の一件だ。毒虫に噛まれて死亡した探索者たちの遺体。彼らもよく似た傷を負っていた。

「まさかなァ」と、小さな呟きを漏らすのが聞こえた。彼なりに心当たりがあるのかもしれない。


『なにか気づいたんなら教えてよ。データはあった方がいい』

「……たんなるおれ自身の推測の段階で話したくはない。それにおまえ、けっこう心配とかするじゃん? まァ、いずれ捕まえるだろうよ。おれじゃなくてもねぇ――そうだろ?」


 まるでボク以外の誰かに聞かせるような語尾に違和感を覚えた、その刹那。



 頬を掠めて飛来した剣が、背後の闇に潜んでいた六体目に突き刺さった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ