第十一章 好感度上限突破のお知らせ
翌日。
学園は平穏を装っていたが、空気は確実に張り詰めていた。
俺がアリスを公然と庇ったことで、構図がはっきりしたからだ。
「副会長は、編入生を特別扱いしている」
そんな噂が流れているらしい。
生徒会室の長机に肘をつきながら、俺はため息を吐いた。
「覚悟はしていた」
「本当に?」
向かいでアークが腕を組む。
「君は彼女を守った。それは称賛される行為だ。でも同時に、敵も作った」
「構わない」
即答だった。
セシルが静かにカップを置く。
「迷いが消えたな、レオン」
「……そうか」
「以前の君なら、“立場”を優先した」
否定できない。
副会長として、公平であるべきだった。
だが俺は、あの場でアリスを選んだ。
「物語は加速するぞ」
セシルの声は、予言のようだった。
◆
その日の放課後。
俺は廊下で足を止めた。
窓際で、アリスが一人立っている。
「どうした」
声をかける。
「ちょっと考え事です」
珍しく、静かな顔。
「私、レオンさんに迷惑かけてませんか?」
「かけていない」
即答。
「でも、皆ちょっと怖い顔してました」
そりゃな。
攻略対象全員が本気モードに入ったからな。
「……俺が選んだことだ」
もう一度言う。
「だから気にするな」
アリスはじっと俺を見る。
「レオンさんって、強いですね」
「どこがだ」
「ちゃんと“選ぶ”ところ」
胸がざわつく。
「私は、まだ分からないです」
小さな声。
「皆大事で、皆素敵で……」
来た。
これ、ヒロイン特有の“全員好きで選べない”状態。
「でも」
彼女は続ける。
「レオンさんを見ると、胸がぎゅってなります」
止まった。
思考も時間も止まった。
「それって、何ですか?」
知らないのか。
いや、知っているだろ。
「……それは」
喉が乾く。
「恋だ」
言った。
言ってしまった。
アリスの目が大きく見開かれる。
数秒の沈黙。
そして。
「え、えええええ!?」
廊下に響く声。
やめろ。
「こ、恋!? 私が!?」
「落ち着け」
俺の方が落ち着いていない。
アリスは真っ赤になり、わたわたと両手を振る。
「そ、そんな、急に言われても!」
「聞かれたから答えただけだ」
事実だ。
だが心臓は爆発寸前。
「じゃあ、レオンさんは」
問い返される。
逃げ場はない。
「俺は」
深呼吸。
もう逃げない。
「君が好きだ」
静かに、しかしはっきりと。
空気が凍る。
遠くで誰かが本を落とす音がした。
……カイルか?
アリスは固まっている。
顔が真っ赤。
数秒、十秒。
やがて。
「ずるいです」
小さく呟いた。
「私、まだ分からないのに」
胸が少し痛む。
「だから待つ」
即答だった。
「君が答えを出すまで、待つ」
焦らない。
選ばせる。
それが俺の決意。
アリスは唇を噛み、そして笑った。
「……ありがとうございます」
その笑顔は、少し大人びていた。
◆
だが、その夜。
再び頭に走る痛み。
闇に染まるレオンの映像。
“ヒロインを失う未来”。
「っ……!」
床に膝をつく。
息が荒い。
——物語の強制力が、強まっている。
俺がルートを逸脱したからか。
原作では、レオンは告白しない。
ヒロインに拒絶され、孤独を深め、闇へ落ちる。
今、俺はそれを壊した。
だから。
「修正しようとしてるのか……?」
ふざけるな。
俺は立ち上がる。
痛みは消えない。
だが。
「それでも」
俺は選ぶ。
原作のレオンじゃない。
“攻略対象”でもない。
ただの一人の男として。
アリスを、好きだと。
窓の外、月が高い。
物語は、クライマックスへ向かい始めている。
そして俺はまだ知らない。
この告白が、全攻略対象の本気スイッチを押したことを。




