第一章 攻略対象になったけど、ヒロインはいません
目が覚めた瞬間、まず思ったのは「天井がやたら豪華だな」ということだった。
シャンデリアがある。いや、シャンデリアって普通の高校生の部屋にある? ないよな。俺の前世の部屋なんて、天井にヒビ入ってたぞ。
そして次に気づいた。
ベッドが広い。ふかふかすぎる。なんだこれ、雲か?
「……ここ、どこだ?」
起き上がると、壁一面に飾られた肖像画。やたらキラキラした額縁。クローゼットを開ければ、見たこともない高級そうな制服がずらりと並んでいる。
しかもその制服、やけにデザインが凝っている。金の刺繍入り。マント付き。ボタンが無駄に多い。
嫌な予感しかしない。
机の上に置いてあった鏡をのぞき込んで、俺は固まった。
そこに映っていたのは、整いすぎている顔だった。
銀色がかった黒髪、切れ長の瞳、すっと通った鼻筋。どう考えてもモブ顔ではない。むしろ、いかにも「人気投票上位です」と言わんばかりのビジュアルだ。
「……誰?」
鏡の中の男も同じことを思っていそうな顔をしていた。
その瞬間、頭の奥にずきんと痛みが走った。
流れ込んでくる記憶。聞き覚えのある単語。
王立ルミナス学園。
名門貴族校。
攻略対象。
好感度イベント。
ルート分岐。
断罪エンド。
「……あああああああああ!?」
思い出した。完全に思い出した。
ここ、俺が前世でやり込んでいた乙女ゲームの世界だ。
タイトルは『聖なる恋と七つの運命』。
ヒロインが名門学園に編入し、七人の攻略対象と恋に落ちる王道乙女ゲー。
そして俺は——その七人のうちの一人、クール系天才貴公子レオン・アルヴァレスになっている。
待て待て待て。ちょっと待て。
レオンって誰だっけ?
ああ、思い出した。
常に冷静沈着で、成績トップ、剣術も魔法も万能、家柄も完璧。
だが内面に孤独を抱えていて、ヒロインだけに心を開くという王道テンプレ枠。
そして問題はそこじゃない。
このキャラ、油断すると闇堕ちする。
好感度が足りないと、中盤で敵対ルートに入り、最悪ラスボス化するのだ。
俺は何度もそのルートを見た。ヒロインが泣く。プレイヤーも泣く。俺も泣いた。
「いやいやいやいや無理だろ……」
俺はただの一般人だ。
クールでもなければ天才でもない。
むしろ感情が顔に出やすいタイプだし、テスト前日に焦る側の人間だ。
そんな俺が、あの完璧貴公子を演じろと?
コンコン、とノックの音がした。
「レオン様、お目覚めでしょうか。本日は始業式でございます」
執事ボイス。
しかも完璧な低音イケボ。
「……はい」
反射で返事をしてしまった。
声がいい。くそ、なんで俺こんな低音イケボなんだ。前世の俺に分けてやりたい。
鏡の前で深呼吸する。
大丈夫だ。ヒロインはまだ登場していない。
ゲーム開始は入学式の日、ヒロインが転入してくるところからだ。
つまり今は——プロローグ前。
「よし」
まずは状況確認だ。
死亡フラグを立てないこと。
闇堕ちしないこと。
そして何より。
「ヒロインに攻略されないこと」
そうだ。
どうせ攻略対象になるなら、逆にヒロインを攻略してやる。
乙女ゲームのシナリオなんて、こっちは知り尽くしている。イベント発生日も、選択肢も、好感度上昇条件も全部な。
俺は決意した。
——ヒロインを落とすのは、俺だ。
◆
王立ルミナス学園は、今日も無駄に壮大だった。
白亜の校舎。
噴水つき中庭。
制服のマントが風になびく生徒たち。
「さすが乙女ゲーム世界……背景が豪華すぎる」
俺はひとりごちる。
周囲の生徒たちは、俺を見ると軽く会釈をしてくる。
あ、そうだ。レオンは生徒会副会長だった。
やばい。仕事あるじゃん。
「レオン、今年もよろしく頼むよ」
声をかけてきたのは、赤髪の爽やか青年。
ゲーム内でのメイン攻略対象、王子ポジションのアーク・ヴァレンティアだ。
ああ、いたなこいつ。
笑顔が眩しすぎて画面が白飛びする男。
「……こちらこそ」
とりあえずクールに返しておく。
内心はバクバクだ。
推しキャラが目の前にいる感覚に近い。いや俺も攻略対象なんだけど。
「相変わらず硬いなあ」
アークが笑う。
くそ、自然体でイケメンかよ。
プレイヤー人気ナンバーワンは伊達じゃない。
だが、今はまだヒロインはいない。
今日は日常回だ。
俺はひたすら目立たず、闇堕ちフラグを避け、平穏な学園生活を送る。
……はずだった。
「レオン様ー!」
後ろから元気な声が飛んできた。
振り向くと、金髪ツインテールの小柄な少女が駆け寄ってくる。
ヒロインの幼なじみポジション、ミレイユ・フォン・クレスト。
「今日の剣術の授業、一緒に組みましょうね!」
ああ、あったなこのイベント。
確かここで完璧に勝つと「かっこいい!」で好感度アップ。
わざと負けると「優しい!」で好感度アップ。
どっちにしても上がるやつじゃん。
「……ほどほどに頼む」
とりあえず中庸を選ぶ俺。
ミレイユが首をかしげる。
「? レオン様、今日はなんだか柔らかいですね?」
やばい。
クール度が足りない。
「気のせいだ」
慌てて無表情を作る。
これ難易度高すぎない? 感情表現制限プレイなんだけど。
その日の授業は、思った以上に平和だった。
剣術も、魔法も、知識テストも——身体が勝手に動く。
どうやらレオンのスペックはきちんと引き継がれているらしい。
つまり俺は今、チート持ちだ。
「これは……いける」
クラスメイトがざわつく。
「さすがレオン様」「完璧だ」なんて声が聞こえる。
だが俺は知っている。
この完璧さこそが、孤独ルートへの入り口だということを。
だから俺は、わざと少しだけ崩した。
昼休み。
いつもなら一人で読書するレオンだが、俺は違う。
「一緒に食堂行くか?」
アークとミレイユに声をかける。
二人は目を丸くした。
「珍しいな、レオンが誘うなんて」
「えっ、えっ、行きます!」
よし。
孤高キャラをやめる。
友達を作る。
闇堕ちルートを根こそぎ潰す。
俺の平穏学園生活、ここに開幕。
——まだヒロインは現れない。
だが近い。
ゲーム開始は、あと数日後。
俺はトレイを持ちながら、にやりと笑った。
「ヒロインさんよ……準備はいいか?」
攻略されるのは、そっちだ。




