第二章 ヒロイン不在のフラグ会議
ヒロインがまだいないというのに、なぜ俺はこんなにも忙しいのか。
朝のホームルームが終わった瞬間、クラスメイトたちに囲まれた。
「レオン様、今度の魔法演習の件で」「この前のレポートについて」「生徒会の資料は——」と、貴公子はどうやら便利屋扱いらしい。
前世の俺は、文化祭の実行委員からすら逃げ回っていた男だ。
それが今や、生徒会副会長で学年首席で人望まであるとか、スペックが過剰すぎる。
「順番に話せ」
低く、落ち着いた声でそう告げると、自然と場が静まった。
やばい、イケボ補正強すぎる。これが権力の味か。
なんとか対応を終え、廊下に出るとアークが肩を叩いてきた。
「相変わらず頼りになるな、レオン」
「……そうか」
クールに返す。内心はドヤ顔だ。
だが油断は禁物。この男はメイン攻略対象、つまりヒロインと最も絡む可能性が高い。
俺の最大のライバルだ。
「そういえば、来週編入生が来るらしいぞ」
心臓が一瞬止まった。
「……編入生?」
「ああ。平民出身らしいが、理事長の推薦だとか」
きた。
ヒロインイベントだ。
『聖なる恋と七つの運命』のオープニング。
平民の少女が特例で名門学園へ編入し、貴族社会で奮闘しながら恋をしていく物語。
俺はパンフレットを知り尽くしている。
つまり——あと数日で物語が始まる。
「楽しみだな。どんな子だろうな」
アークが無邪気に笑う。
お前はそうだろうよ。公式で好感度初期値が一番高い男だもんな。
だが俺は違う。
俺のルートは、放っておくと「孤独→誤解→敵対→闇堕ち」という情緒ジェットコースターだ。
だから俺は決めた。
「……興味はない」
と、あえて冷たく言ってみる。
アークがにやりと笑った。
「へえ?」
やばい、今のはフラグか?
クールすぎると逆にヒロインの興味を引くやつじゃないか?
乙女ゲーム恐ろしい。
◆
放課後、生徒会室。
長机の上に資料を広げながら、俺は真剣な顔をしていた。
議題:ヒロイン対策会議(俺の脳内)。
まず基本方針。
一、ヒロインを遠巻きに見守らない。
二、イベントを横取りする。
三、選択肢を強制的に最適解にする。
「問題は初回イベントだな……」
ゲームでは、ヒロインが迷子になり、アークが助ける。
そこで「優しい王子様」という第一印象を与えるわけだ。
ならばどうするか。
「迷子になる前に案内すればいい」
完璧だ。
ヒロインと最初に接触するのは俺。
印象値爆上がり間違いなし。
だがここで一つ問題がある。
「俺、クールキャラなんだよな……」
いきなり親切すぎるとキャラ崩壊だ。
かといって無視すれば他の攻略対象に取られる。
難易度高くない?
「レオン、何をそんなに真剣な顔で考えているんだ?」
生徒会長の声がした。
振り向くと、銀髪長身の美形が立っている。
攻略対象その二、生徒会長セシル・グランディア。
この男、見た目は王子様第二弾だが、中身は天然腹黒。
ヒロインルートでは最終的に最大の強敵になる。
「……些細なことです」
「ほう?」
セシルが微笑む。
うわ、圧が強い。画面越しなら耐えられたのに。
「君は最近、少し変わったな」
ドキッとした。
「以前はもっと、壁を作っていた。今は……楽しそうだ」
え、そんなに分かる?
闇堕ち回避のために社交性を上げただけなんだけど。
「悪いことではない。だが——」
セシルが耳元に顔を寄せる。
「君が誰かに心を奪われる日が来るのなら、ぜひ教えてくれ」
やめろ。
それヒロイン向けの台詞だろ。
俺に言うな。
「……ありえません」
即答すると、セシルはくすりと笑った。
「そうか」
なんだこの学園。
攻略対象しかいない。
◆
寮の自室に戻り、ベッドに倒れ込む。
「濃い……」
まだヒロイン出てないのに濃い。
だが不思議と、楽しい。
前世の俺は、目立たない大学生活を送っていた。
サークルにも入らず、講義とバイトの往復。
それが今は、誰かに期待され、頼られ、笑い合っている。
「……悪くないな」
ぽつりと呟く。
だが油断はしない。
ヒロインが来れば、世界は動く。
俺の平穏も、友情も、全部試される。
窓の外、夕焼けが校舎を赤く染めていた。
ゲーム開始まで、あと三日。
俺は拳を握る。
「待ってろ、ヒロイン」
攻略対象の本気、見せてやる。
——なお本人はまだ平民の家でパンを食べている頃である。




