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第307話 帝都決戦 七

 第一に。


 イバラキは考える。

 第一に、暗殺者(アサシン)氷邑(ひむら)はるを倒し切れない。

 そして逆に、氷邑はるも、暗殺者を倒し切れない。


 それは二人の目的が『雌雄を決すること』ではないからだ。


 暗殺者は北条(ほうじょう)ジャーを殺して黄金龍ゴルディオン・ドラゴンを撃墜したい。

 氷邑はるは、北条家の五人を守り抜きたい。


 攻守。


 もしも氷邑はるが攻める側で、暗殺者が守る側であれば、氷邑はるは、暗殺者を倒すことができただろう。

 あのお嬢様は攻めっけが強すぎるきらいがある。『相手を殺す』というコンセプトであれば頭も巡り、動きも極まる。

 しかし『守る』というのに向いた心をしていない。

 防衛戦──氷邑一刀流そのものは防衛に向いた剣術なのだが、氷邑はるそのものが防衛にまったく向いていないのだ。


 だから氷邑はるの戦いぶりは、『攻める時』よりも、三割ほど出力が落ちているものと思うべきだろう。


 対する暗殺者は、攻めも守りも両方できる。

 しかも、暗殺者は地形だけではなく状況も利用する。


 はるとの戦い──とはいえ、北条ジャーを狙うそぶりを見せるだけで、はるの動きが鈍る。とくれば、やらない手はない。

 たとえ実際にはできないとしても、『そう見せる』だけで相手が鈍るなら、そうする。そういうことを、暗殺者はやってのける。


 状況を見て、はるの出力が三割は落ちているのに対し、暗殺者の出力は一定だ。

 とくれば二人は勝負がつかないことだろう。


 では、イバラキが戦闘の場で刀を抜いて加勢すれば、はるに有利か?


 ……そうではない。

 戦闘には『段位』がある。


 武術の段位そのまま、というわけではないが、だいたい似通った概念だ。


 たとえば一段と一段の戦いであれば、一段の者が横から入れば、それは『加勢』になる。

 二段と二段の戦いであっても、一段の者の横入りは『加勢』になるだろう。


 だがこれが三段と三段の戦いになると、一段の者は『要素』になる。

 一段の者がどちらの味方をしよう、という意思に関係なく、ただ『そういう環境』として利用されるだけの要素。


 そして要素利用は、はるよりも、暗殺者がうまく……

 イバラキを『一段』とすれば、あの二人は、六段か七段、そのぐらいの手合いである。


 その段位の戦闘で、要素利用が上手い敵が相手の場合、イバラキはどう頑張っても、味方の足を引っ張るだけの存在にしかならない。


 であれば、イバラキがすべきことは、『お互いに倒せなかったという状況の後に起こること』への対処だ。


 では。


『それ』がどういうことかと言えば──



 黄金龍ゴルディオン・ドラゴンブリッジ。


 暗殺者(アサシン)は幾度目かの剣戟を経て、言葉を発する。


「ふむ、無理ですな」


 戦いの中で言葉を発するというのは、『相手に聞かせる』ということだ。

 相手に聞かせるということは、効果を見込むということだ。


 この場合に見込む効果とは……


「では、この場は失礼いたしましょう」


 逃げる。


 逃げる、が、


「待ちなさい!」


 氷邑はるが、銀髪をなびかせ斬りかかってくる。

 暗殺者はそれを受けて、衝撃を利用して後ろへ跳んだ。


 黒い鎧をまとった小柄なゴブリン──暗殺者が跳んだ先には、ブリッジから出て行くための出入り口がある。

 センサー感知式の自動ドアを鎧を着た体当たりでぶち抜いて暗殺者は通路に出た。


 氷邑はるが、追いかけて来る。

 予定の通りに。


 暗殺者の目的。


 第一に、黄金龍の撃墜。

 唐突に南から現れてスタンピードに対処し始めたこの巨大人型兵器は、どう見ても、帝都および帝内地域の者たちに『希望』を与える役割を担っている。


 それをくじく。


 暗殺者は自分たちよりはるかに巨大な勢力と戦ってきた経験がある。

 だが、『はるかに巨大な勢力』というのは、『単体』ではない。多くの人員で構成されている。

 その中には当然『非戦闘民』もいる。


 異世界勇者・(さくら)は実のところ、弱小であり無勢だ。

 桜が『いろいろなものを影という姿で呼び出し、戦わせる』ことが可能だから『尽きない兵力を持っている』かのように見える。

 確かに桜の神威量は莫大だ。その莫大な神威により出現する兵もまた、多い。


 しかしながら、桜の側には指揮官が足りない。


 (すい)が必要な規模の兵力を持ってはいても、その莫大な兵力を現場で柔軟に活かすための中間指揮官がまるで足りていないのだ。


 味方につけた明智(あけち)光秀(みつひで)も緒戦で使ってしまったし、こうして桜陣営に帰順したのは今のところ暗殺者のみ。


 であるから、こうも現場指揮官が足りない状況で暗殺者ができること、それは……


 相手の大駒の行動を縛ること。


 スタンピードの兵力を用いて氷邑銀雪(ぎんせつ)を領都屋敷に縛ることは成功した。

 そして飽和攻撃で、多くの帝側現場指揮官を場当たり的な対処に費やすことにも成功している。


 だが、敵対的勢力から相手側のリソースを奪うのは、このあたりが限界だ。


 なので──


 ──黄金龍という『目に見えてわかる希望』をくじき、民を恐慌させる。

 これにより、敵の『戦うためのリソース』は『民の混乱を収める』ことに費やされる。


 が、それができないならば……


 氷邑はるを釘付けにする。


 帝にはもっと多くの『大駒』がいるだろう。

 だが、九十九州きゅうじゅうきゅうしゅうでの戦いを経た暗殺者は、氷邑はるこそ野放しにしてはいけない戦力だと勘定していた。


 七星(ななほし)彦一(ひこいち)および七星家当主、そして帝と帝都火撃隊を湖上で足止めし、氷邑家を領都屋敷のおよび領内の警備に当たらせている。

 墨俣(すのまた)一夜砲を射抜いた射手──ヨイチは帝都蒸気塔屋上で確保した。それに従う武士団もだ。


 こうなると認識できる範囲で、氷邑はるこそが最優先目標になる。


 だからこそ、暗殺者は氷邑はるを、追わせることにした。


 いつまた黄金龍のパイロットたちを狙うかもわからない状況で、黄金龍内部で見失わせる。

 すると、氷邑はるは、たとえそこに暗殺者がいなくとも、黄金龍の中に留まるしかない。


 実際にはるを黄金龍の中に留められたならば、自分は黄金龍から脱出してもいいし、神経をとがらせ、警戒を強め、披露したはるに、再び斬りかかってもいい。

 三度も奇襲すれば、その三度が失敗したとして、氷邑はるはもう、絶対に黄金龍の中から動くことはできなくなるだろう。


『勇者の装備』をした暗殺者を一対一で倒すような戦力を、無駄な警戒のために留められるならば、それは大戦果である。


 目の前の戦いしか見えていない『若いお嬢さん』を相手には、この謀略はよく刺さる。


 ……だが。


 はるの追撃をかわしながら、黄金龍の通路に入った暗殺者は、長く伸びる『何もない通路』を見て、思わず笑った。


「……そういえば、あなたもおりましたな」


 何もない通路。


 だが、わかる。


 罠が仕掛けられている。


 暗殺者はその罠の悪辣さ、見事さに笑い、そして、視線を通路の先に向けた。

 その先に出現したのは……


 イバラキ。


 距離があるとはいえ、一対一では暗殺者に遠く及ばない実力しかないはずのイバラキは、通路の向こうで、はっきり、見せつけるように、嗤う。


「そう来るだろうと思ったよ」


 イバラキは、暗殺者が、はるとの戦いに決着をつけられない場合、『嫌がらせ』のために逃亡すると見抜いていたと語る。

 だから、


「逃げられるモンなら、逃げてみやがれ。ここはすでに、大江山(おおえやま)だぜ」


 だから、環境を造り替えた。

 罠を張り、仕掛けを仕込み、ここを自分の領域とした。


 暗殺者は、一つ、読み違えていた。

 イバラキはどう考えても集団指揮官だ。であればこそ、『下』で最大の威力を発揮する。

 ならば黄金龍内部にはいないだろうと、そう思って侵入した。


 だが、実際にはいた。


 ……見誤っていたのだ。


 イバラキの人格。

 性格。


 イバラキは──


「九十九州ではしてやられたからな。てめぇを殺して、失点をなかったことにする」


 ──負けず嫌い。


 主人・氷邑梅雪(ばいせつ)と同じぐらい、侮られることを嫌う。

 負けを嫌う。


 彼女の能力は確かに、『下』で避難指示でも、集団戦の指示でもした方がよかった。

 イバラキという『ユニット』の性能を活かすならば、彼女は『軍』を得に地上に降りるべきだった。


 だがそれをしなかったのは、彼女の負けん気ゆえのこと。


 性能は集団戦向き。

 だが、性質が『向いてるからなんだってんだクソが』と、ここで暗殺者を殺すことを選ばせた。


 後ろからは、はる。

 前にはイバラキ。


 暗殺者は笑う。


「絶体絶命、と申す状況ですかな」


 ……だが。


 負ける気はない。

 彼は罠にまみれた通路へ駆け出す。


 黄金龍内部での戦い、第二幕が始まった。

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