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10、パウラと王子

 パウラは王宮に呼び出された。

 広い応接室で待っていても、ビリエルは現れない。


「この暑いのに、なんでお茶なんか出すのよ」


 神殿は白を基調とした建物なので、王宮の応接室が壁も天井も金色で床は目が覚めるような青い絨毯が敷かれているのがどうにも慣れない。

 迎えの馬車の中も蒸し暑く、我慢ならなかった。


 パウラは汗をかいているというのに。どうして冷たい飲み物を選ばないのか。

 ライムとミントのコーディアルを炭酸の鉱泉で割ったものでもいいし。ザクロのジュースでもいいのに。


「そっか。テレーシアがいないから、鉱泉もぬるいんだわ」

『違うんです。鉱泉が涸れてしまっているんです』


 慎ましく、パウラの傍に立つ陽光の精霊が囁くけれど。その声はパウラには届かない。


 しばらくすると、護衛騎士を伴ってビリエルが応接室に入ってきた。

 パウラは姿勢を正して、椅子に座りなおす。

 ビリエルが好きそうな愛らしい笑顔を浮かべる。舌ったらずの甘えた声を忘れずに出すように、喉の辺りを指で触れる。


(大丈夫。わたしは殿下が好意を寄せている、天真爛漫な暑熱の聖女。辛気臭い寒冷の聖女なんかとは、存在感が違うのよ)


 ビリエルの傍らには、なぜか侍女が立っていた。ビリエルが椅子に腰を下ろすと、すぐに侍女は大きな扇で王子に風を送りはじめた。


(なんか、嫌な感じ)


 パウラは眉をひそめる。


「お前の側は、いっそう暑いな」

「お前、とは?」


 ビリエルは口を引き結んで、パウラを指さした。品性のかけらも感じられない行動だ。


(いいえ。きっとあまりにも暑くて、苛立っているだけよ)


「パウラ。なぜお前はテレーシアを火刑に処すと主張したのだ。幽閉だけにしておけば、寒冷の聖女はこの国に留まり続けた。この暑さも制御することができたはずだ」


 忌々しそうに、ビリエルが低い声で話す。暑いのに、パウラの背筋が寒くなった。

 状況が変わっている?


「殿下も賛成してくださったではありませんか。あの魔女を生かしてはおけないと」


 ばさり、と扇が風を作る。


「お前が言いださなければ、私は処刑など考えつきもしなかった。お前がそそのかさなければ、父を……陛下を怒らせることもなかった」

「ですが、テレーシアはわたしに毒を盛ったのです」

「そうだな。よかったな。いつの間にか顔の痣も消えているではないか」


 ビリエルに指摘されて、パウラは自分の左頬に触れた。


「痣は右頬ではなかったか?」


 冷ややかな声だった。

 パウラの提案に乗っておきながら、状況が悪くなるとすぐにパウラを責めはじめる。

 大方、国王を憤慨させてしまい、怖くなったのだろう。


(だから陛下の留守を見て、テレーシアの処刑を急いだのよ。こいつが王位継承者でなければ、わたしだって媚を売ったりしないわ)


 今にも舌打ちしそうになるのを、かろうじて堪える。


「テレーシアが消えてから、作物は枯れてしまった。池も川も涸れた。このままでは飢饉が起こるし、民がこのタイメラを捨ててしまう」

「それがわたしのせいだって言うの……いえ、おっしゃるのですか?」


 あんただってテレーシアの処刑に乗り気だったくせに。むしろ楽しそうに刑を宣告していたくせに。人を殺しても屁とも思わない加虐性があるくせに。

 喉まで出かかった言葉を、かろうじて飲み下す。


「恐れながら、殿下。テレーシアさまが我が国にいらっしゃれば、すぐにもこの熱波を抑えてくださったでしょう。寒冷の聖女のお力は、氷と雪を生みます。この高温では、恵みの雨となるはずです」


 控えめではあるが、護衛騎士が言葉を挟んだ。


「そうだな。私とて、テレーシアの可愛げのなさは嫌悪していたが。今のままでは地下水までも枯渇してしまう。輸出用の油をとる豆も枯れてしまったのだ。すでに国境を越えた民もいると聞く。事態は深刻だ」


 うっとうしそうに話すビリエルのこめかみを、汗が伝う。侍女がハンカチで王子の汗をぬぐった。


「パウラ。お前がテレーシアを連れ戻すのだ。心から詫びて、タイメラ王国の為に戻ってきてもらえ」

「はぁ?」


 パウラの口から出たのは、乱暴な返答だった。


(頭が沸いてんの? このバカ王子は。たしかにわたしは処刑をそそのかしたわ。でも、決断して実行したのはあんたじゃない。何をいまさらいい人ぶってんのよ)


 パウラに苦言を呈するテレーシアさえいなければ、すべてはうまくいくはずだった。追放するだけでは心もとない。あの冷酷女は戻ってきて、辺境の村にでも潜んで、パウラ達に報復するかもしれないのだから。


(まさか氷の精霊が、わたしの炎まで凍らせるなんて。おかしいわよ。どうして火が燃え盛ったまま氷になるのよ)

 

 あれほど自分の味方だったビリエルが、今ではテレーシアを帰還させようとしている。


(わたしはこんな卑怯者の妃になるために、頑張っていたの?)


 パウラのなかで、何かが音を立てて崩れた。

 それは信頼だったかもしれない、人生の計画だったかもしれない、未来だったかもしれない。


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