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僕が異世界常駐でゲームのデバッグをさせられた件  作者: s_stein
第一章 異世界にもVRゲームがあった
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デバッグが終わるまで帰れません

 お疲れの山田さんは、顔を上げておもむろに切り出した。

「……では、早速今から作業をしてもらいます」


 もちろん最初から知っていたことなので、僕たちはうなずく。

 ただし、何でもOKと言うわけにはいかない。


 まず、聞いていない無理な条件があるかもしれないので、会話からうまくそれを引き出す。

 もしそんな条件が飛び出してきたら、『無理』と言って帰る。

 これが自分の身の安全を守る上での得策なのだ。


 僕は山田さんの方へ向き直って質問する。

「この作業って、いつ頃を目安に終わればいいのですか?」

「終わるまで」

「えっ?」

「クリアするまで」

「ええっ?」

「クリアできない場合は、泊まり込んでください。デバッグ室に仮眠の設備があります。食事は近くにコンビニがありますし」

 やっぱりね。


 つまり……、

 これは今から缶詰ってこと。

 デバッグが終わらないと帰れませんってやつ。

 宣告された。

 マジかあああああっ……。


 僕は山本さんに目だけで助けを求めたが、『頑張れよ』という顔をされた上に、主に山田さん向けの感謝も兼ねた言葉まで贈られた。

「よかったな。仮眠の設備まで用意してもらって」

 だめだこりゃ……。人の気持ちを考えていない。


 もし、今すぐ家に帰って外泊に備えて何かすべきことがあれば、いったん帰宅を提案したのだが、残念なことだが、今から泊まり込みになっても、僕の家では困ることがない。


 アパートの一人暮らしで、冷蔵庫の中は空っぽ。だって、コンビニが冷蔵庫の代わりだし。

 ペットもいない。観葉植物もない。干し物も干していない。

 急な泊まり込みになっても大丈夫なように、万全を期していたのは、生活の知恵のおかげ。

 これは、日頃の経験で身についた知恵なのだ。


 山田さんは、もう退出モードになっているらしく、時計をちらちら見る。

「何かご質問は?」

 と言われても、今はありきたりの質問しか思い浮かばない。

「夜中でも出入りが自由ですか?」

「非常階段が中から開いてしまいますが、今度は外から入ってこれなくなるので、一応は守衛室の前を通ってください」


「セキュリティカードは、いついただけますか?」

「今渡します」

用意周到だ。


「他の作業者は?」

「あなた一人です。HMDが人数分用意できないので」

「バグレポートは?」

「バグが見つかったら、ゲーム内のチャット機能で知らせてください。開発チームが待機しています」

「その機能って、操作方法は説明していただけるのですか?」

「要らないでしょう」

「説明なくて触れるものですか?」

「それを探して触るのも作業の一つです」


 ということは、つまるところ、マニュアルなしでどこまでできるかのテストのようだ。

 これは、先ほど聞かされた説明にはなかったのだが。

「開発チームの待機は24時間ですか?」

「はい」

 待機しないなら、僕も帰りますって言おうと思ったが、残念。

 相手もお泊まりのようだ。


 そうだ。肝心なことを聞き忘れていた。

「最後までクリアできなかったらどうなりますか?」

「それはないでしょう」

「レベルはイージーで?」

「いいえ。ハードです」

「ハード!? いきなりですか」

「はい」

「初めてでハードは……」

「できる人を推薦していただきましたから、それはないと思いますが」


 僕は『なに盛ってるの』と山本さんをちょっと睨んだ。

 山本さんは右手だけを顔の前に出して、その半分の手で拝むようなまねをする。

 そういうことか。


 たぶん、うちに適任者がいます、とかなんとか話をつけたと思われる。

 ここで顧客を前に内輪もめしたら、会社の顔がつぶれる、……かもしれない。

 プロパー社員じゃないから、こういうときはちょっと立場が面倒。


 言うか言うまいか。

 でも、断ったところで、『君ならできるはず』とかなんとか、うまいことを言われそうだ。


 仕方がない。


 そろそろ議論は出尽くしたと判断されたらしく、山田さんがA4の用紙2枚を僕と山本さんに向かって1枚ずつスッと差し出した。

 紙は机の上を滑って、器用に僕と山本さんの前でピタリと止まった。

「では、誓約書にサインしていただきます」


 用紙を手元に近づけて見ると、守秘義務等に関する誓約書だった。

 ざっと読んだ感じでは以下の通り。なお、甲とは山田さんの会社のことである。


 ・甲の一切の情報に対して不正にアクセスしたり、外部に持ち出してはならない。

 ・公開情報を除き、本業務で知り得た内容の一切は、業務遂行中はもちろん業務終了後も外部に漏らしてはならない。

 ・業務中に甲の許可なく、有線・無線を問わず、外部とのネットワーク接続を行ってはならない。

 ・業務中はカメラ、携帯電話、録音機器等で情報を記録してはならない。

 ・上記に違反した場合、損害賠償の責任を負う。


 普通に見かける誓約書と、どこか厳しめなところがある気もするが、サインを拒否するような代物でもなさそうだ。


「印鑑を持ってきていないのですが」

 僕の困った顔をちらっと見た山田さんが不思議そうな顔をする。

「印鑑は誰でも押せるので、普通は押しません。自筆サインでお願いします」


 山田さんのいう『普通』は違う気がする。

 普通は自筆サインと印鑑の両方なのだが、印鑑が要らないとは初めてである。

 僕の準備不足を非難されたのなら仕方ないが、常識のなさを疑われたようで気分が悪かった。


 打ち合わせも終了となり、全員で会議室を出た。

 出るとすぐ、山本さんが「じゃ、よろしく」と言って一礼し、スタスタと去って行く。

 もしかしたら数日帰ってこれない別れになるかもしれないのに、つれなかった。

 棚上げになった僕の作業は、引き継いでいないので、知りませんからよろしく。


 取り残された僕は、山田さんに案内されて作業部屋、つまりデバッグ室へと向かった。


 さて、どんな部屋なのだろう。


 心臓がドクンドクンと音を立てる。

 その音が喉にまで伝わってくる。

 こんなことは普段は起こらないのだが、今日はなぜか鼓動が収まらないのだ。


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