精霊がデバッグの助手を買って出た
異世界ので作業が正当化されてしまっている以上、作業指示に無理難題がある、という理由でしか作業を断れなくなった。
でも、現時点ではそのような理由がないので困っている。
このまま作業を進めるか、もう少し議論してみるか、と逡巡していると、急にHMDの画面の中に小さな女の子が現れた。
大きさ的には、視界の縦方向より少し低いくらいの背丈。
よく見ると、アンジェリーナを小さくしたものだった。
僕は、彼女の突然の登場に驚いて、危うく大声を上げそうになった。
「何書いているの?」
彼女はそう言いながら、チャット画面の前に立って、こちらに背を向ける。
どうも、彼女は画面にオーバーレイするように登場しているようだ。
チャット画面の発言を読み終えた彼女が振り返り、顔を上向き斜め45度に傾ける。
「難しい話しているのね」
「それより、どうしてこの画面の中、ってかゲームの中に入り込めたの?」
彼女はこちらに全身を向けて、首をちょっと傾げる。
「ん? 精霊の力をなめないでね」
僕はHMDを外してみた。
先ほどまでそばに座っていた彼女が消えている。
ということは、このHMDの中に入り込んだのか?
HMDの中をのぞいてみたが、その空間には彼女がいない。
もう一度かぶってみる。
彼女がこちらを見ている。
いったいどうなっているのだ!?
「何しているの?」
「いや、君がどこにいるのかなって探していた」
彼女はフフッと笑う。
「ここよ」
「式神が姿を現す前のお札みたいに、薄くなったのかなと」
「ペラペラの紙になんかならないわ」
「じゃ、どうやってそこにいるの?」
「まあ、……意識の中に入り込んだ、ってとこかな」
「マジですか……」
「他にもいろんなことができるの」
彼女はそう言って、僕の胸の方に向かって飛びかかってきた。
ぶつかるかと思って衝撃を覚悟したが、僕の体に吸い込まれるように消えた。
すると、心の中から彼女の声がする。
「画面の前では邪魔になるから、ここにいさせてもらうわね」
「ここって、今どこ?」
「心の中よ」
「そんなところで画面が見えるの?」
「全部見えるわよ」
「怖っ……」
「ねえ、こんな作業指示とか難しいお話はいいから、ゲーム続けようよ」
「その前に、僕はこの人たちとお話をしている最中なの。終わったらね」
「もう終わっているじゃない」
やられた。ほぼ正解だ。
「チャット手伝おうか?」
「えっ?」
「こんなの簡単よ」
「ええっ??」
「デバッグだって手伝えるよ」
「えええっ???」
「全部やってあげるよ。だから、ねえ、早くゲームやろうよ」
彼女の突然の申し出に驚いた。
デバッグの助手を買って出る精霊なんて、聞いたことがない。




