予定外
「それで、今日の予定だが」
ボブが、満足そうに腹をさすりながらも真面目そうな顔をした。
今日の予定とは何か、とは聞くまでもない。クーの実家への旅路のことだ。
少なくともこの中で、クーとミランシャは明日出発する。俺も護衛……には頼りないだろうが、カルアと一緒に近くまでは行くつもりでいる。
「俺も行くぞ」
アレイはボブの言葉に、迷うこともなく答えた。こう言っては悪いが、アレイは乗り気ではないと思っていたが、そうでもなかったらしい。
「――いいの?」
クーも同じように考えていたようで、驚いたような視線をアレイに向ける。
「何だ、俺が一緒じゃダメか?」
アレイは言って、悲しそうな顔をクーに向ける。
「そ、そうは言わないけど」
慌てたように手を横に振って見せると、アレイの顔がわざとらしく一転し、クーは呆れたように「もう」と言いながらも苦笑を返す。
「ちなみに俺も行く予定だが、他はどうする」
ボブが言うのを聞いて、「あ、私も」とリーシャが手を上げた。
これで全員か。
「あれ、ミカミンさんは行かないんですか?」
言われて気付く。よく考えたら、俺も行くとは言ってなかったな。
「いや、行くぞ。カルアも一緒にな」
「――当然です」
ヒミやキャラットは聞く必要もない。俺やカルアが動くなら一緒に動くしかないだろう。
問題は、キャラットは習性的に大丈夫かということだが、まぁ匂いを覚えた俺やカルアが一緒にいるから大丈夫だろう。
「――私も」
唐突に、背後から声が聞こえた。
驚いて振り向くと、金髪碧眼灰色天使がそこにいた。一体いつの間にここにいたのか。
「……ミカミん驚きすぎ」
「あれ?もしかしているの知りませんでした?」
クーとリーシャが苦笑すると、それに続いてカルアが苦笑した。
「いることにも気付いてなかったぞ。いつからいた?」
思わず苦笑すると、クーとミランシャが『えっ』と声をハモらせた。
「……肉」
「肉?」
「美味しかった」
これはあれか。察するところ、鍋のあたりからいたということだろうか。それも、肉という言葉から推測するに、ほぼ最初からだ。
「えっと、ミカミんが辛漬けに夢中な頃くらいだっけ?」
「……ステルス」
いや、確かに夢中ではあったが、そこまでキムチに集中してたわけじゃないんだがな。
それと、ルフェリア。ステルスってお前何やってんだ。
「つまり、気付いてなかったのは俺だけってことか」
「ミカミんの後ろでこんなことしてたのに」
こんなこと、と言いながら、両手の親指を口の端に当て、残りの指をぴろぴろと……わかりやすく言えば、「べろべろばー」とやって見せるクー。
ちらりとカルアに視線を向ける。
「マジか?」
「……はい」
誰もくすりとも笑っていなかったし、俺自身そんなことをされていたとは気付かなかった。
カルアがキャラットとヒミを連れて部屋を出た際にも、視界の端にすら入っていなかった気がする。
「……ミカミンさん、後ろ後ろ」
言われ、背後を振り向くが、そこには何もない。
「――ん?」
見ればカルアがもう一度俺の後ろを指しているので、今まさに後ろに何かあるのだろうと思うのだが、何度後ろを振り返ってもそこには何もない。
……というか、さっきまでいたルフェリアの姿がない。ということはつまり、後ろにいるのはルフェリアということなのか。これを数時間に渡って続けたということだろうか。鍋もちゃっかり食っていたようだし。
「……さてルフェリアもいなくなったことだし」
平然とテーブルに向き直って呟くと、さすがに堪りかねたのか、ミランシャが後ろを向いて肩を震わせ――いや。後ろで何かされてんだろうな。ミランシャだけではなく、さっきまでくすりともしていなかった全員が明らかに笑いを堪えている。ここまで来るとちょっと気になるな。何されてんだろう。
「さて」
こほんとわざとらしく咳をし、さっきまで一番笑い転げていたボブが話をようやく元に戻した。
「要するに、ルフェリアも一緒に行きたい用事があるということでいいのか?」
「……そう」
俺に拳骨をもらった頭をさすりながら、涙目で呟くルフェリア。
「行くのはいいけど、結構長旅だよ?」
クーが言うのにも、ルフェリアは首を縦にしか振らない。どうしても行くつもりのようだ。
「まぁいいだろ」
アレイも構わないと言った様子だし、他の面子の顔を見るに、どうも距離以外は大したことではないらしいが、大丈夫なのかねこの絶賛人見知りニート天使モドキは。
あれ、いやちょっと待て?
「ギルドの方はどうするんだ」
さっき長旅だと言ってたし、ちょっと気になるところだ。
クーはウェイトレス、ボブは修理受付、ルフェリアも修理担当の1人だ。
「俺は大丈夫だ。修理は粗方片付けて来たしな。明日一旦退職扱いにするさ」
ちょ、いいのかそれ。
「あたしは所詮給士係だし」
平然とクーがそれに続く。
「……うん」
いやルフェリア。何に納得したんだ。
「そもそも契約上、いつでも辞められるようにはなっているはずです」
カルアが解説するところによれば、冒険者ギルドでの仕事は休退職が急にあっても問題ない程度のものらしい。そもそもギルド以外にも専門の修理鍛冶などはあるし、クーの給士係は本人が言うように、代わりは掃いて捨てるほどに人材がいる。
前に旅行に出た時のように一週間程度の距離ならともかく、この場合は辞めるのがそもそもの基本だそうだ。まぁ引き受けた仕事に関してはそれを終えてからという話にはなるらしいが。
「お前はまだ仕事があったはずだろう」
ボブが不思議そうに言うのでルフェリアに視線を向ける。
「……終わらせる」
「いやいや。そうそう終わる量じゃなかっただろう」
「――大丈夫」
ルフェリアをよく知るボブがそこまで言うほどの量だ。本当にそうそう終わる量じゃないのだろうが、大丈夫なのか。と思っていると、クーが苦笑し、ルフェリアの頭に手を乗せた。
「手伝うよ。頑張ろ」
ダメ男製造機、という言葉が一瞬頭を過ぎる。
『いやいやクーはダメだろ』
一言一句同じ言葉が、俺とアレイから漏れ、クーが「えっ、何で?」と本気でわからないような顔をした。
これから自分で言った「結構長旅」をすると言うときに、その前日に夜更かしはいかがなものか。
「ちなみに、どのくらいの距離だ?」
クーには聞かない。ルフェリアと同じで大丈夫という答えしか返って来ない気がする。
「……馬車などを使っても片道3週間ほどですね。順調に行って、ですが」
視線を向けると、自分に質問しているのだと悟ったミランシャがさらりと返答を返す。
「――おい……」
その言葉を最後に絶句したのはアレイだった。まぁ気持ちはわかる。
「ちなみに馬車が通っていない道もありますが、そこを含めて3週間です」
「さすがにそれは――」
ボブも絶句だ。
疲労というのは、薬や魔術で抑えられるものではないだろうし、眠気を抑えるような魔術があるとは思えない。それに、クーは昨日だってロクに寝ていないはずだ。
「大丈夫」
ルフェリアが、自信ありそうに言った。
「終わる」
「いやいや」
ボブが苦笑しつつ反論するのを聞きつつ、ふと疑問が浮かんだ。そもそもルフェリアはなぜここまで同行にこだわるのか。
理由はわからないが、聞いていいものなのか。こだわるからには大事な理由なのだろうとは思うが。
「……あの、1日くらいなら延期でも大丈夫ですが」
「そうなの?」
「はい。重篤とは言っても、すぐに悪化するようなものではありませんから」
そうは言ってもな。
重篤というのは、何が起こるのかわからないほど重く、これ以上悪化しないほど篤いと書くわけで。それこそ、その1日のために手遅れとなってしまった場合には目も当てられないし、悔いても悔やみ切れないだろう。
「……こういうのはどうでしょう」
カルアが苦笑した。
「誰かひとりが手伝うと考えるのではなく、全員でできることをやりませんか」
負担は軽い方がいいだろう。カルアの提案は非常に魅力的に思えた。




