浅量な無謀
今朝もルナの美味いトーストを食べながら、これからの行動方針を決めることにした。ちなみにベーコンとスクランブルエッグが添えられているので腹持ちは問題ないはずだ。
とりあえず今月分のルナの料金は払えるので少しペースを落とすかという話をしてみたところ、リーシャは「いいえ」と反対した。
「とりあえず、ルナの金額を貯めるまでは慢心すべきではないと思います」
まぁ至極もっともな意見だ。
これがスマホゲームか何かのイベントで、期間中に取らないとルナをゲットできない、という状況とするなら「イベント期間中に取ればいいや」と俺が言うのに対して、「イベントは遊びじゃねぇんだよ!」と言われたようなものだ。いや例えが悪すぎたか。まぁルナを買い取るのは遊びではないので頑張るしかないのだが。
だが、現代日本人である俺としては、毎日Dへ潜るのは精神衛生上あまり良くないのではないかと思ってしまう。アルカナードにいた時から、パーティメンバーが休んでいるのをあまり見たことがないのでそろそろ慣れてしまったのだが、旅で休むことにも慣れてしまったせいか、一週間に2度、少なくとも1度くらいは休んだ方が効率も上がるんじゃないか、などとどうしても考えてしまう。
「慢心するわけじゃなく、休みを入れようという提案だ」
「……そうですね。僕もお休みは必要だと思います」
ローリーはリーシャ側に付くと思ったのだが、意外にもこっちに付いてくれたので、リーシャは「ふむ」と呟く。
「では、今日は自由時間にしましょう」
「すまんな」
「いえ」
少し不満そうではあったのだが、とりあえず納得したようなのでほっとする。
実は休みにしようと言っても、俺はダンジョンに入るつもりでいるのだが、1階層で例の魔法を試してみようと思っているのだ。
ちなみに、ルナ以外はまだあの魔法については知らない。完成してからというか、使い物になると確信するまでは実践で使うのはリスクが高いのでというのが主な理由だ。
とりあえず朝食を食い終わると、見つからないようにこっそり出かけ――
「ミカミさま、いってらっしゃいませ」
「……行って来る」
あっさりとルナに見つかり、苦笑しながらもさっさと出かけることにした。
さすが獣人、耳もいいな。
魔方陣前は混み合っていた。
一体どのくらいいるのかと数えかけたが、意外と列の進みは早かったので気にしないことにした。
3・4分ほど待ったくらいで列は半分ほど進み、意外とじゃなくてかなり早いなと思いつつ進んでいると、突然誰かに腕を掴まれ、列から外されてしまった。
誰かと横を見ると知った顔。
「……何してるんですか」
リーシャだ。しまった見付かった、と思いながらもとりあえずすっ呆けた顔で「実験をな」と言ってみる。
呆れたような顔で「何のですか」と呟きながら、俺の腕を掴んだまま列を離れたところにあるベンチへと腰をかけるので、仕方なく俺もその隣に腰を下ろした。
「休もうと言ったのはミカミンさんですよね」
「自由行動なら何をしても問題はないだろう」
「……それはそうですが」
はぁ、と溜息を吐くリーシャ。まぁそうだよな。逆の立場なら俺もリーシャを止める。
「実戦で使う前に試してみたくてな」
「――実験、と言いましたね。何の実験ですか」
「魔法の実験なんだが」
素直に言ってやると、リーシャは少し目を細めて「ふむ」と呟いた。
「どうしてひと言声をかけてくれないんですか」
あ、この顔は激おこだ、と思い当たり、思わず苦笑する。笑って誤魔化すようで心苦しいが、とりあえずリーシャの言う通りではある。
「前にも言いましたけど、こんな無茶をする必要はないんですよ」
あぁ、そう言えば前にも言われたっけな、と思い出す。
――お荷物とか弱いとか――
――自信は後からでも付けられます――
――こんな無茶をする必要はないんです――
何となくだが、リーシャのこの言葉はあの時心に響いた記憶がある。
あれ、良く考えたら、リーシャのタメ語廃止はあの頃からだったかという気もして来た。ひょっとしてあれからずっと怒っていたのだろうか。……いや、他のメンバーに対するタメ語もなくなっていた気がするし、俺ひとりに対する変化じゃなかったのかもしれないが。
「……すまなかった」
「まったくです」
「次からはちゃんと報告するよ」
「――全員に言えとは言いませんから、誰かひとりにくらいは声をかけて下さい」
一応ルナには言ってあるけどな、と言い訳しようとしてやめた。ダンジョンに行くとは言ってないし、そもそも今日も魔法の実験だなどと言った記憶もない。完全にただの言い訳だし、ルナに迷惑はかけられない。
結局話し合いの上、俺は再び魔法陣の前に並んでいた。
「この時間は混むようですね」
「あぁ、アンタら初心者か。ベテランは大抵この時間に並ぶんだぜ」
一緒に並ぶリーシャが前の男に声をかけると、男は人懐っこい笑みを浮かべてそれに応じた。
聞けば、現在中層と呼ばれる20層あたりで、生活リズムのあるモンスターが出て来るらしい。生活リズムと言っても人で言うところの意味じゃなく、単に出現するしない、という意味らしいが。
つまるところ、面倒臭い敵が出なくなるのが朝方から昼にかけてということらしい。
そして、20層は現在発見されているエリアでは一番広いエリアで、一番稼ぎがいいエリアということで知られているようだ。金もやらずに話術だけでここまで聞き出すリーシャは一体何者だろうと少し思ったものの、後ろで別の男が「相変わらず口が軽いなぁ」と溜息を吐くのが聞こえたので、多分そういうことなんだろう。
列の流れは早かったため、少し待っただけですぐに順番はやってきた。
前の男が「じゃーなリーシャちゃん」と手を振っていなくなると、リーシャは手を振り返しもせず「行きましょうか」と呟いた。
まだおこなのだろうか。いい加減機嫌なおしてくだちいリーシャちゃん、と口に出しかけて、絶対怒らせるからやめておこうと口を貝のように閉ざして後に続いた。
「…………言葉も出ないですね」
「――魔力消費が激しいのが難点だな」
「そういう問題ではありません」
いくつかの点は改善できたものの、やはり実験に大した成果はなかった。
思っていたよりも種からの成長の速度が遅く、またダンジョンの高さと横幅が思ったより広く、そのため魔力も前より厳しかったのだ。
前後挟まれる形で戦闘になった場合、現状対処が難しい。これでひとりで潜ろうとしていたというのだから、我ながら空恐ろしい。下手すりゃ死んでたんじゃないだろうか。
「問題点を整理したいんだが、意見を聞かせてもらえるか」
「……どうぞ」
リーシャからOKをもらい、少し水を飲んで喉を潤しつつ周囲のモンスター反応をチェック。とりあえずモンスターの動きを見るに、1時間ほど休む時間はあるだろうか。それに魔方陣に程近いところにいるので、いざとなったら町に帰ればいい、と判断し、とりあえず手近な岩に腰を下ろす。
問題点その1。
「まずは魔力の問題だ」
魔力の問題は、ルナとやった時よりは少しだけ向上した。
現状【MP:2/32】と残り少ないが、これは2枚展開したせいでもあるので1枚あたり15だし、そもそもルナとやった時より大きく展開してコレなので、明らかに魔力消費の効率は上がった。
理由は、モンスターが来る前から判明していた。
ルナに渡していた方――魔法で無理矢理成長させた方のウィーベリーを使ったのだが、どういう理屈なのか、魔力を効率よく吸収してくれていた風に感じた。結果が魔力の向上だ。
「……これだけのことをするのですから、魔力が厳しいのは当然のことです」
「ルナみたいなことを言うんだな」
言いながら、ルナだけでなくリーシャまで言うのであれば、……自覚していなかっただけで実はこれってスゴいことなのでは、という意識が生まれる気がした。
天狗になりそうで怖いところだが、……まぁ少しは自信を持ってもいいかもしれない。
問題点その2。
「強度がルナの時より柔らかい気がするな」
「そうなのですか?」
「ルナがどのくらい強いのかにもよるが、あそこまで簡単に破壊されるとは思ってなかった」
そう。魔力効率の向上はいいが、強度が下がった気がするのだ。
今の敵――巨大なアリで、名前もジャイアントアントというらしい――が、作った網に体当たりし、7回目ほどで修復が追い付かなくなった。ジャイアントアントはルナくらいの大きさなので、力はさほど変わらないだろうとタカを括ったせいもあるが、それでも修復の手は抜いていない。
「えっと、種が天然か魔力産かで違いがあるかもしれないということですか」
「そういうことになるのか」
モンスターのほうが力があるのか、それとも種の問題なのか、検証しないとわからないか。ならコレに関しては後回しだな。
問題点その3。
「2方向への同時展開ができそうにない」
天然の種の時はできそうだったのだが、成長……あぁめんどくさい、リーシャの言葉を借りるか。魔力産のものでやると、片方に魔力を集中してしまうきらいがあって、どうしても両方同時への展開が難しいことがわかった。
「何贅沢な悩み言ってるんですか……」
呆れたように呟くリーシャだが、「でも」と呟くように言葉を続ける。
「単純に魔力のコントロールが両手同時だと難しいとかではないんですか」
「そういうわけでもなさそうな気もするんだが」
まぁ、どのみちMPが切れている今は検証できないか。
「……ふむ。とりあえず昨日ルナと行ったというそこで、ルナとローリーも含めて4人でもう一度検証しましょう」
なるほどそれなら検証できるか、と思いながら、やはりひとりで勝手にダンジョンに潜る意味はなかったんだなぁ、と自分の馬鹿さ加減を自覚し、思わず苦笑するのだった。




