エピローグ
――簡単に婚約式をすませてしまった。
こんなつもりではなかった。待たせた自覚はある。
だから区切りとしてそれなりに準備をして、盛大に迎えるつもりだった。
しかし通常の仕事に加えて一掃した者達の処罰が決まった迄は良かったのだが、その後の受け入れ先や役職の入れ替え、それに加えて正式な新王の結婚式も開かれる為、全くもって時間がなかったのだ。
特に王派閥の重鎮連中は全滅の為、後釜には頭を悩ませた。
側室達が暮らしていた西棟の使い道も、これから検討していかねばならない。
そんな中で行われる新王の結婚式。やばい、そこに取り掛かってしまうと最低一年は婚約式を執り行えないし、また横やりでも入れられたら堪らない。と焦った俺はアティと相談の結果、形だけでもいいからと決行する事にした。
それは最大規模の商会を牛耳る俺にはしょぼ過ぎるものだった。
誓約書にサインをして家族だけのささやかな宴を執り行ったのだ。後悔しかない。
「私はどんな形であれ、エルの婚約者になれて嬉しい」
「アティ」
俺が溜息をついていると、アティがそんな声をかけてくれた。
「その分結婚式に力を入れればいいよ」
そう言ったのは、この結果を招いた三分の一はお前の所為だという張本人のダーウィンだ。
「……お前、仕事は?」
ぎろりと睨みつけてやると、アティに花束を差し出しながらえへへと笑うダーウィン。
地味にイラついた。
婚約者との仲は良好で一日でも早く結婚をと、今回の件で不安に思う民衆を少しでも安心させる為、新王が伴侶を持つ事は大切な事だよ。と正論を掲げてきて、この糞忙しい中、無理に結婚式をねじ込んできたのはお前だろ。ふざけるな。単にヘーゼル嬢とイチャイチャしたいだけじゃないか。
「こんな時ぐらい大目に見てよ。せっかくお祝いに来たのにさ」
「俺がいない時ぐらい、お前が馬車馬のように働け」
「身内の婚約式ぐらい休ませてよ、おにいちゃ~ん」
俺に抱きついてくるダーウィンを足蹴にしながら軽口をたたいていると、隣でぼそりと父上が呟いた。
「……本当に弟のように育てあげられているな」
「父上、何か?」
「いや、別に」
そっぽを向く父上。何か気になる事でもありましたか?
ひらり。
「ん?」
天井から何かが落ちてきた。それは瞬く間に増えて、一気に室内を満たした。
「お花のシャワーだ。きゃあ~♡」
アティの弟達が喜んで駆け回る。天井から無数の花弁がふってきているのだ。
それは床に落ちる前にかき消える。その幻想的な光景に皆、言葉を失う。
「喜んでもらえたかな?」
不意に隣で少年の声がする。
「レオン?」
「やあ、婚約おめでとう。貴方がアルティナ嬢ですね。初めまして。私はエルの甥のレオンです。以後お見知りおきを」
そう言って挨拶の礼をとる。
まだ十二歳だというのに立派な紳士だ。ダーウィンに爪の垢でも飲ませたい。
「レオドラン殿下? 何故ここに?」
「へへ、魔法でひとっとび」
父上が慌ててやって来る。室内全員驚ぎ過ぎて固まってしまった。
そんな中、アティの弟妹達は喜んで走り回っている。
「演出は気に入ってくれた? 婚約のお祝い。これは幸せになれる花。光の魔法の力が入っているんだよ」
「すっごくキレイ……おにいちゃま、もっとキレイ♡」
走り回っていた妹にレオンが近づいて声をかける。
最初は花に夢中になっていたジニーがレオンの顔を見て、真っ赤になって動きを止めた。
流石、レオン。幼児の動きも止める美しさとは。
レオンの突然の登場と人外の美しさに固まってしまった一同の代表として、俺は一息ついてレオンのそばに行った。
「……レオン、そんなにたびたび飛んできてリーファル国は大丈夫なのですか?」
「俺を誰だと思っているの?」
ニヤリと笑うその顔は、人を魅了するには充分の色気が漂っていた。
「……失礼いたしました。レオドラン殿下」
当たり前のように上に立つ人間の重みに、俺は知らず知らず背筋を伸ばす。
「嫌だなあ、冗談だよ。伯父上」
「伯父上言うな」
クシャリと髪を掻き回すと朗らかな笑い声をだすレオン。
ふと周りを見ると、全員が真っ赤な顔で俺達を見ていた。
部屋の隅で使用人が数人倒れている姿も確認できる。
「何です?」
「……いや、エルだけでも破壊力があったが、これは眼福ものだな」
「?」
唯一動くであろうと思った父にたずねるが、意味不明な言葉が返ってきた。
「皆様、私の事はお気になさらず。婚約のお祝いを申し上げに来ただけですので、すぐに帰ります。ご歓談をお続け下さい」
レオンは手を上げて皆の動きを促す。
固まっていた全員が我に返った途端、できるかあ~!と叫びそうになっていた。
「そうそう、俺エルに聞きたい事があったんだよね」
くるりとこちらを向くその顔はあどけなくて、やはりまだまだ子供である事をうかがわせる。
「なんなりと」
「うん、エルってアルティナ嬢と出会ったのって、エルが十三歳で彼女が三歳の時だって聞いたよ。その時にはもう婚約の意志があったって。エルってロリコンなの?」
「「「「「!」」」」」
…………………………。
シーンという効果音が鳴り響く中「ロリコンってなあに?」と双子が父親にたずねている。
「しー、しー」と必死で言い含むキュルレス侯爵。何だか気を遣わせているなあ。
「で・殿下、ここは流して下さい。そりゃあ、私も気にはなっていましたが、いえ、ここにいる全員が気になっていた事ではあるとは思うのですが、エル怒らせると怖いし、俺まだ命惜しいし、ここは触らぬ神に祟りなしです」
「ハハハ、面白い事を言うなあ、ダーウィン王子は」
レオンの美しさに恐縮していたダーウィンが、すっ飛んできてレオンを俺から守るように背に隠す。
いや、いくら俺でも他国の王子に手を上げないぞ。って言うか、本気を出せば多分、いや、確実にレオンの方が強い。全てにおいて俺より勝っているのは知っている。
「……気になっていたなら聞けばいいじゃないか。まあ、結論から言うとロリコンではないですね」
「え、違うの?」
「…………」
まさかのアティ。慌てて口を押えるが、もう遅い。
「えと、い・今のはちょっと、つい言葉に出たというか、わ・私はそんなの気にしないっていうか、反対にそれでエルの目にとまったのなら嬉しいっていうか……」
あわあわと慌てまくる彼女が可愛い。まあ、疑われてもい仕方がないか。
「正直に言いますと、父上には申し上げていたのですがコバエ除けです」
「は?」
右手で目元を押さえている父上以外は、皆目が点になっている。あ、レオンは目が笑っているな。
「……コバエって?」
「学園に入学した時期だったのですよ。それまでは一応公爵家の嫡男で王子の側近という、簡単には声のかけにくい立場でしたので、気にならなかったのですが、学園に入った途端、令嬢方が授業以外ずっとくっついてくるのです。はっきり言って心底うざかった。トイレにまでついてきた時には、流石に声を荒げましたが。仕事にも支障が出始めた状態だったのでどうするべきか悩んでいたのです。その時にアティに会いました。私の邪魔をしない女の子。地位も性格も良く、可愛くって正に理想だと思いました。妹として育てて、年頃になって私の事が嫌になったら、彼女の思い人との仲を取り持ってあげようと思っていました。だからアティがカロナを気に入った時は、純粋に応援しようと思っていたのですよ」
「え?」
「?」
おとなしく俺の話を聞いていたアティが慌てて俺の手を取る。
「待って! 私カロナ殿下を気に入った時なんか一度もない。最初から馴れ馴れしい人だと思っていたもの」
「? カロナと会った日に王子様カッコイイって言っていただろう」
「? そんな事……って、あれはエルの事を言ったのよ!」
「!」
改めてアティの話を聞くと、アティにとって王子様というのは俺の事で、心の中でいつも呟いていた言葉があの時、白馬にまたがった俺を見て声に出てしまったらしい。
真っ赤になって言うアティが可愛い。そうか、ではアティにとって俺は初恋の相手であり、今でも好きな男という事でいいんだな。
気持ち悪いとは一度も思われていないという事か。
「では、エルはロリコンで決定という事で」
「は?」
ニコニコと笑う隣国の王子を睨みつけながら問う。
「今の話、聞いていましたか? 最初の頃は流石に恋愛感情はなかったと言いましたよね」
「恋愛感情はなかったとしてもエルが人を気にするなんて、ましてや女の子を。いくら幼児でも気に入るなんて有りえる事じゃないと思うけど。コバエ除けだが何だかは知らないけれど、要は最初からアルティナ嬢の事が気に入ったという事だよ。違う?」
「それは……」
「良かったね。いつの間にか愛を深めて。両想いになって婚約までこぎつけた今、ロリコンだろうが何だろうか別にいいじゃない。おめでとう。二人が出会えた事に心から祝福を述べるよ」
……何だが釈然としない気もするが、まあ、祝福はしてくれているんだよな。本当にこの王子様は翻弄してくれるよ。
俺は溜息を一つ吐いて王子に向き直る。
「ありがとう、レオン」
「うん。じゃあ、そろそろ友人が煩くなる頃だから行くよ。アルティナ嬢、またエルとリーファル国にも遊びに来てよ」
「あ・ありがとうございます、殿下」
そう言ってフリフリと手を振って、美貌の王子はかき消えた。
正に嵐が過ぎ去ったかのような一時だった。
「相変わらずレオドラン殿下はお美しいが、破天荒なところがおありだ」
「それが彼の人間らしいところですよ。私は好きですね」
「え? 好きって……」
レオンが過ぎ去って父上が溜息と共に漏らした言葉に答えていると、ダーウィンが驚愕の表情で俺を見る。
なんだ? ロリコン疑惑の次は同性愛者疑惑か?
「ダーウィン、お前はどうしても俺に幸せな家庭を築かせない気か?」
「いや、レオドラン殿下相手ならありかと? さっき二人が並んでいる姿も、幻想的で美しかったから」
「……何を言っているんだ?」
はあ~っと俺が心底疲れた溜息をつくとダーウィンは慌てて謝る。
これが新王か? まだまだ先が思いやられる。
「……俺はいつになったら自分の時間がもてるんだ?」
俺はひとまず周りを見回す。
この人たちを守る為、俺はまだまだこの国を出るわけにはいかないな。
ふと横を見るとアティが笑顔で俺の袖を引く。
手を繋ぐと真っ赤な顔をしながら微笑むアティに、俺は知らず知らず笑みがこぼれるのであった。
最後までお付き合い下さりありがとうございました。
心より感謝申し上げます。




