表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/30

番外編 あなたに合わせる顔

蛇足のような救済のような何か。

残酷表現R15注意です。

 真っ暗な世界。

 たゆたう意識。


 そっと、両手を持ち上げる。

 まだ私の体に「腕」という部分が残っていたことに、少しだけ驚く。


 そうして私は、両手のひらで顔を覆った。


 ああ、ああ。


 これでは、あなたに合わせる顔がない。








 これが一番の方法だと思った。

 こうすれば、愛しいあなたは傷つかずに済むと思った。


 調査資料を持っていたのは、あなた。

 両手両脚が自由で、逃げる手段を持っていたのもあなた。

 だったら、あなただけ逃がせばいい。

 その資料を持って城に戻れば、相応の報酬はもらえるはず。

 私がちゃんと後始末をすれば、私の分の報酬もあなたのものになったはず。


 それなのに。

 どうして、どうして。


 どうして、あなたは戻ってきたの?

 どうして、無惨に朽ち果てた私を見てしまったの?

 もう、いいと思ったのに。

 いいと思ったから、体をえぐられようと顔を焼かれようと、最期の最期まで頑張れたのに。


 あなたは、戻ってきてしまったのね。

 そして、見てしまったのね。

 そして――死んでしまったのね。








 見渡す限りの、真っ暗な世界。

 救いなんて、どこにもありはしない。


 当たり前だ。これは、私への罰。

 愛する貴方を裏切っただけでなく、むごたらしい姿まで見せてしまった、私への罰。


 私はひとり、この世界を彷徨う。

 あなたはいない。

 あなたの側にいる資格なんて、ないのだから。


 私がこの真っ暗な世界に取り残されたとしても、あなただけはどうか、日の当たる世界へ導かれてほしい。









 指先に当たる、顔の皮膚。

 それはどろどろにただれていて、髪も焼けこげてしまっている。

 ぎゅっと手を握ると、氷の魔術を受けて壊死えしした小指がぼろりともげてしまう。


 ――シエナの肌は、柔らかくて気持ちいいですね。

 ――シエナの髪はさらさらで、ずっと触っていたくなりますね。

 ――シエナの手は小さいですね。私の手ですっぽりと覆えてしまいますよ。


 あなたはそう言って、私のことを褒めてくれた。

 ほんの小さなことでも、とても嬉しそうに笑って褒めてくれた。


 それなのに。


 これでは、あなたに合わせる顔がない。









 あなたの声が聞こえる。

 こんな混沌とした世界でも、幻聴が聞こえるものなのね。

 でもたとえ幻でも、嘘でも、あなたの声が聞きたかった。


「……シエナ」


 私を呼んでくれる声。

 私を褒めて、愛を囁いてくれる声。

 もう一度、聞きたかった――


「……悪い子ですね、シエナ。せっかく迎えに来たのに、いつまでそっぽを向いているのですか?」


 嘘だ。

 嘘だ、こんなの夢だ。


 ふう、とため息。

 しめった吐息が、私のうなじをくすぐる。


「……まったく。いつまでかくれんぼをするのですか?」


 ああ、あなただ。あなたの声だ。

 振り返りたい。抱きついて、その名前を呼びたい。あなたの姿を確認したい。

 でも……できない。


 私の腕は血みどろで、指も数本なくなっている。

 私ののどは潰されていて、もう声を発することができない。

 私の目は両眼ともえぐれてしまっている。何も見えない。


 ごめんなさい、ルイス。

 今の私はもう、あなたがでてくれた私じゃないの。


「今、ばかばかしいことを考えていますね?」


 ルイスは、私の頭の中が見えているのかしら?


「さあ、こっちを向いて、シエナ。私はあなたに言わなければならないことが、山ほどあるんです」


 嫌よ、嫌。

 見ないで。こんな私の顔を、見ないで。


「大丈夫ですよ。あなたは――いつだって可愛い、私のシエナなんですからね」


 ――がんじがらめになっていた鎖は、その優しい言葉によってあっけなくほどかれた。


 私は、おそるおそる振り返った。

 あなたがもし少しでも動揺するようなら、すぐさま逃げられるように心の準備をした上で。


 それなのに。

 私の目は、もう何も見えないはずなのに。


 ああ、

 あなたがそこにいる。


 いつもと変わらない優しい笑顔を浮かべて、私に向かって両腕を差し伸べている。


「迎えに来ましたよ、シエナ。私の愛しい人」

「……!」

「さあ、私の名前を呼んで」

「……。……る」


 私は駆け出した。

 よろめく私の体を、あなたは難なく抱き留めてくれた。


 そうして、気づく。

 あなたに抱きついた腕は、元のようになめらかな肌に戻っていることに。

 両手それぞれ五本の指が、ちゃんとくっついていることに。

 あなたのエメラルドの双眸に映る私の顔は、とてもきれいだということに。

 私の背中で、髪がさらさらと揺れているということに。

 そして、ちゃんと声が出るということに。


「……ルイス!」

「シエナ、待たせましたね」

「……どう、して?」

「愛するあなたをあんな暗い世界に、ひとりぼっちで待たせるわけないでしょう? ちょっといろいろと準備が必要だったので時間が掛かってしまったのですが……もう大丈夫ですよ」


 そう言って、ルイスは私の頭を撫でてくれる。毛先だけがちょこっと跳ねた髪が、あなたの手で優しくくしけずられる。


 いつの間にか、辺りは淡い光で満たされていた。空は明るく、足元には可愛らしい花が咲き乱れている。何の花だろう。どれも、私の好きな色ばかりだ。

 ひとりぼっちで彷徨っていた暗い世界は、もうどこにもない。


「……ルイス」

「シエナ、あなたはほんっとうに無茶ばかりします。私の気持ちにもなってください」


 突如、ルイスが険しい声で言いだした。


「私たちは何があっても二人で協力すると、約束したでしょう? 私はあなたに二度も約束を反故にされた。ようやっと駆けつけられたと思ったら、待っていたのはあなたの亡骸――」

「っ……ご、ごめんなさい……」


 ルイスの厳しい言葉に、私は彼の胸に顔を埋めてしまった。

 やっぱり彼は怒っている。

 私は私の勝手な判断で、彼を拒絶した。それが一番いいと信じて。


「……私、あなたを裏切った……それに、あんなボロボロの姿まで見せてしまって……ごめんなさい、ごめんなさい、ルイス!」

「……ああ、もう、泣かないで。私はあなたの涙に弱いんです……分かっているでしょう?」


 それまではお説教してきたというのに、ルイスはすぐに語調を和らげて私の頬を伝っていた涙を拭ってくれた。

 あたたかい指先。私の大好きな、大きな手のひら。


「……とはいえ、まだまだ言いたいことはたくさんありますので。これで終わったわけじゃありませんからね」

「うっ……わ、分かりました」

「分かればよろしい。……ああ、本当に私はあなたに弱い」


 人のことは言えないな……と、ルイスは呟いた。何のことだろう。


「……どんなお説教でも、甘んじて受けるつもりよ」

「そうですね。でも、あなたに言いたいことは説教だけじゃありませんからね」


 私は顔を上げた。

 エメラルドの目が私を見下ろし、ふっと彼の口元が笑みをかたどった。


「……行きましょう、シエナ。私はあなたに、恨み辛み以上にたくさんの愛を囁きたい。――生前にできなかった分も、たくさんたくさん、あなたに私の想いを伝えます」

「……そんなに言われたら私、お腹がいっぱいになってしまうわよ?」

「ええ、はい。たとえそうなったとしても、逃がしませんから」

「……うん、逃げないわ」


 私は目を閉じた。すぐに、唇があなたのそれにふさがれる。

 焼けただれたと思った唇も、今はちゃんとあなたの口づけを受けられる。


「……愛してるわ、ルイス」

「はい……愛してます、私のシエナ」


 私たちは微笑み合った後、手を握り合った。

 私たちの体を、淡い光が包んでいく。


 愛しいあなた。

 私を迎えに来てくれて、ありがとう。

 もう、勝手なことなんてしない。

 ずっとずっと、側にいさせて。

 お説教も甘い言葉も、全部全部聞きたいからね。


 愛してます。

 私の……ルイス。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ