その思いを認めて
晴明が自分のほうを向くと同時に首を掴み、腕を伸ばして空中に浮かすと、つま先が地面に当たるか当たらないかのところまで持ち上げる。
足さえ地面につけば苦しまずに済むものの、わずかに届かないために、蛇の生殺しのような状態に陥っていた。
「うぅ~、く……」
『ここまでわれを追ってくるとは予想だにしておらなんだ。しかし、それゆえに、死が早まったようだな』
首を締め上げられ、空気が吸えない晴明の顔が青ざめ、冷や汗が噴出してくる。
『力が回復していないとはいえ、ここはわれの空間。そなたのような未熟者に、われは討てぬ』
「………………」
ぱくぱくと口を動かしているものの、言葉にはならない。
引き剥がそうとして一言主の腕にかけた晴明の手が、だらりと垂れ下がる。
眸が虚ろになり、意識も朦朧としてくる。
そんな晴明の意識に中に、崇慧の姿が朧げに浮かび上がる。
ここで死ぬのか?
ここまで来て、ほとんどなにもせずに終わるのか?
目の前に崇慧がいるというのに。
知らず、手が懐に入っていく。
一言主の目の前で手を動かしているのだ、やろうとしていることは明らかだったが、それを止めない一言主。
『最後の足掻きはどのようなことをするつもりか、見てやろう』
どのようなことをしても無駄だと、余裕を見せる一言主。
確かにその通りだった。
取り出した呪符を投げつける晴明だったが、首を傾げただけで一言主に避けられた。
『ふはははははっ。なんと脆く儚い力。よくそれで、ここに来たものよのう。式神も己の力がわからず弾き飛ばされていたが、まったく愚鈍よ』
「………………」
再び口をぱくぱくと動かす晴明を見て、上げていた腕を下ろす。
力の入らない晴明は自らの力で立つことができず、膝が支えになっている状態で、一言主に掴まれたまま抵抗さえしない。
自分の眸の高さに顔を持ってくると、晴明の口に耳を持っていく。
『何を言っておるのだ? ん?』
にたにたと薄気味悪い表情で、微かに漏れ聞える言葉を聞き取ろうとする。
「…………て」
『……何が、てだ?』
「…………をつけて」
『うむ、なにを言っておるのだ?』
晴明は大きく深呼吸をして、焦点のあわない眸を開き、口角を上げる。
口元から耳を離し、晴明を見る。
『なにを笑っておる?』
気に喰わない一言主は、眉間に不快な溝を刻みつける。
「ふ……ふふっ。き、気をつけて……」
『気をつけて、だと?』
なにに対して気をつけるのか理解できない一言主だったが、晴明の視線が自分に向いていないことに気づく。
それは、自分の後方に向けられており、ぐるりと顔を後ろに向けると、目の前が黒く塗られて視界が不鮮明になっていた。
焦点が合っていないのかと瞬きし、顔を少し後ろに下げて、ゆっくりと眸を上にのぼらせるが、自分で気づく前に正体が判明する。
「いつまで、そいつを掴んでいる。いい加減、離せ」
束縛から解き放たれた崇慧が仁王立ちし、一言主を見下ろしていた。
『き、貴様、どうやって柱から解放された!?』
驚きで開いた眸を細め、睨みつける。
「神とは言え、馬鹿な奴もいたものだ」
『なんだと!?』
「そいつが、投げた呪符のお陰だ」
『呪符? 呪符だと!?』
いまだに掴んでいる晴明に顔を向け、さっきの動作を思い出した。
『あれは、われに対しての呪符ではなかったのか?』
「そうだ。あれは俺を助けるためのものだ」
崇慧自身、まさか自分を助けるための行動とは思わなかったが、結果的にはそうなっていたのだ。
自分を助けるためにここまできて、拘束された自分を解放してくれた。
認めなければいけないだろう。
晴明は自分を助けに来たのだ、と。
となれば、今度は自分の番だ。
「今度こそ、俺はお前を滅する」
ぎりぎりと歯噛みする一言主。
『……そなた、われの配下に下らぬか?』
「……本気で言っているのか?」
『そうだ。先の戦いでわれには勝てぬと知っておろう。今また戦おうとも、勝てぬぞ』
「勝つ」
『勝てぬ』
「勝つ」
『勝てぬと言っておろう』
「勝つさ」
『勝てぬと申しておろうが!!』
先に我慢の限界が来た一言主は、崇慧を突き飛ばすと、掴んでいた晴明を投げつけた。
意識の途切れる限界まで来ている晴明はぼろきれのように投げられ、はね飛ばされた崇慧は態勢を崩しながらも、晴明を庇うように受け止め、背中を激しく打ちつけた。
衝撃で息が詰まり、くらくらと意識が朦朧としたところに、一言主が襲いかかる。




