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陰陽双記譚  作者: 奥義 扇
胎動は人心の底から
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去る老人、来たる若人

 六壬式盤(りくじんちょくばん)に示された占術結果は、何度占おうと同じ結果を示していた。


「禍は過去からの来訪。血筋を根絶させるために、神は舞い戻る、か……」


 眉間に深い皺を刻み、無言で睨み続けていた忠行(ただゆき)は、揺れた御簾(ぎょれん)に気づいて六壬式盤(りくじんちょくばん)をしまいながら顔を向ける。


「父上、帰ってからもお仕事ですか?」


 ここ最近、夕餉(ゆうげ)を食べてからずっと自室にこもり続けている父親が気になり、息子は声をかけてみることにした。


「……保憲(やすのり)か」

「最近、悩み事でもあるのですか? 気づけば、物思いにふけっているようですが」

「うむ、そうとも言えるな」

(わたくし)に手伝えることはありますか?」


 何を悩んでいるのか深くは聞かないが、父親の心労を取り除くことできるのなら、少しでも役に立とうと、自分にできることを訊ねてみる。

 しばし思案していた父親の顔が息子に向けられる。

 父は目の前に立つ子を眩しそうに見つめながら、漲る若さを羨ましく思った。


「……わしも老いたな」


 人の死を多く眸にすればこそ、決断すべきことが揺らいでしまうことがある。

 若かった頃は無謀なこともしていたが、友ができ、家族を持ち、しだいに死が近づくと、知らず知らずのうちに守りに入っていることに気づかされた。

 死が怖いのだ。

 いつかは死ぬとわかっているが、やっておきたいことはまだまだある。

 目の前にいる息子の成長を見届けること。

 輝きだした、未来の陰陽師の成長。

 放つ煌めきをさらに磨くため、まだ死ぬわけにはいかない。


「老いは誰にでも訪れるもの。ですが、父上はまだまだ若いですよ」


 保憲(やすのり)の答えに、忠行(ただゆき)は眉間の皺を取り除いた。


保憲(やすのり)、新しい光は、きちんと輝きを放つであろうか?」


 誰のことを言っているのか、保憲(やすのり)はすぐにわかった。晴明(せいめい)だ。


「まだまだ未熟でしょうが、やがては闇を討ち祓う、大いなる刃となるでしょう」

「そうか、お主に見込まれたのであれば、間違いはないのう」

(わたくし)だけではありません。父上こそ、眸にかけているのでは?」

「確かにそうだな。だが、わしは崇慧(たかとし)にも秘めたものを感じたのだが、彼はどうだ?」

崇慧(たかとし)ですか……」


 彼のことを思い出し、思わず溜息を吐いてしまう。


「その様子だと、苦労をしているようだな」


 言葉ではなく、苦笑いでその通りだと認める。

 何度も接して心を開かせようとするのだが、頑なに彼はそれを許さなかった。

 だが、最近の彼に少しばかり変化が訪れた。

 晴明(せいめい)がそうさせたのだ。

 闇を切り裂く幼き光は、妖魔だけではなく、闇に閉ざした人の心も開いてくれた。

 それだけでも、晴明(せいめい)に一目置いてもいいくらいだ。


(わたくし)ではなく、晴明(せいめい)崇慧(たかとし)を変えてくれるでしょう」

晴明(せいめい)、か」


 どれほどの力を秘めているのか忠行(ただゆき)にはわからなかったが、才能の片鱗は息子から聞き及んでいる。

 これを埋もれたままにさせるわけにはいかず、明日からは自らも晴明(せいめい)の指導をしてみようと考えた。

 自らの知識や経験を、余すところなく教授しようと。

 老人は去り、座は未来の若者に譲らなければならないのだから。


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