ありがた迷惑な願い事
にやにやと笑う崇慧。
むかむかとふて腐れる晴明。
先日までは見られなかった光景が、陰陽寮の一角にある。
庭に落ちた葉を、二人が竹箒で掃いて集めているのだ。
清掃は普段からの行いの一環だが、いままでと明らかに違うのは崇慧だ。
いつも複数人で掃除をしているものの、以前の崇慧なら独りで離れた場所を掃いていた。
が、今は違う。
崇慧の方から晴明に近づき、一緒に掃除をしようと言って、他の者達と離れた場所にいた。
当然、晴明も他の陰陽生達も声を上げて驚きを露にした。
二人の去っていく姿を見ながら、晴明が退魔を行ったことが崇慧の興味を惹いたのだろうと口々に語っていた。
「まったく、君のせいで散々だよ。どうして僕がこんな目にあうんだ」
大雑把に箒を履き、ぶつぶつと文句を並べる晴明に対し、それを気にせず、自分の範囲にある落ち葉を掻き集める崇慧。
「僕は陰陽寮を辞めるつもりだったんだ。それなのに……ねえ、聞いているの?」
「ん、あ?」
「ちょ、もしかして、聞いていなかったの?」
「ああ、悪い悪い」
「君から話があるって呼んでおいて、無視ってどういうことだよ」
掃いていた箒を向けていきり立つが、少年は冷笑を浮かべ、手にする箒の柄でゆっくりとのける。
晴明が半歩、後ろにさがる。
あの夜を髣髴させる雰囲気を醸し出した少年に、滲み出た唾を喉の奥に押し流す晴明。
「俺の言いつけは守ったみたいだな」
「あ、あんな脅されかたをしたら、言えるものも言えないよ」
「脅しとは失敬だな。俺は頼んだんだ」
――お願いって、どこがだよ。ふざけないでくれ。
喉まで出かかった言葉を押さえ、二人になりたいと言った意図を訊ねる。
「これから先、お前に手伝ってもらおうと思ってな」
「手伝うって、何を?」
何をしてほしいのか具体的に言わない崇慧を背に、手を動かして掃除を続ける。
「俺と一緒に魑魅魍魎、妖魔を祓おう」
一箇所に集めた落ち葉が、晴明の箒によってどこへともなく四散していく。
「無理無理無理無理! 何を言っているんだよ、僕にそんなことができるはずないだろう!」
振り返って、掃除を続けている陰陽生に訴える。
「わかっている」
「わ、わかっているって……」
だったら、一緒になんて言わないはず。
それを口にするということは、何か裏があるはずだ。
あからさまに不満を顔にする晴明だったが、崇慧はそんなことをまったく気にしない。
「これから先、俺が調伏した魍魎を、お前が退治したことにするんだ」
「そ、そんなの嫌だよ。どうしてそんなことをしないといけないんだよ。君が素直にやったことにすればいいじゃないか。自分のやったことを人に押し付けなくてもいいだろう」
「それで?」
晴明の不満をばっさりと切り捨てると、普段から細い目がさらに細くなる。
それで威勢が衰え、背を向けて散らばった葉を集め始める晴明。
「どうして僕なんだよ? 僕は陰陽寮を辞めるつもりだったのに、この前のことで辞められなくなったんだぞ」
「辞めたければ辞めればいいだけの話だ。至極簡単だろ」
「君だって、陰陽師になりたくないって言っていたのに、今もここに居続ける理由はなんだよ?」
少しだけ顔を向け、前に戻す。
いじけた晴明は黙り込んだまませっせと仕事をこなし、崇慧はやれやれと小さな息を吐く。
「俺だって、最初からできているわけじゃない。学ばなければいけないこともあるし、妖魔の情報だってほしい。だから、ここにいる限りは利用させてもらう」
「そんな考えは不謹慎だよ。保憲様たちは僕らのために一生懸命、勉学を訓育してくれているのに」
「お前に言われなくてもわかっている。だが、こっちも知識は必要だ」
崇慧も少し離れた場所の落ち葉を掻き集めだし、沈黙が始まる。
なんともいえない居心地の悪さを抱き、落ち着きをなくし始める晴明。
それが雑な掃除をさせ、所々に落ち葉を残していく。
雑念に捕らわれた晴明と、相変わらず涼やかな崇慧の姿を、御簾の隙間から窺っている忠行がいた。
まったくといっていいほど、他人と言葉を交わさなかった崇慧が、晴明に対して心を開いている。
思いもしない情景に、忠行は少なからず驚いていた。
だが、先ほどまで近づいていた二人の雰囲気が、怪しくなったのがわかった。
このままでは、また元の木阿弥になる。
心配になった忠行は廊下から庭に出て、二人の元に歩み寄った。




