第五十四話「問い」
「話は聞かせて貰った。その上で言う」
このままリアスと僭王のやりとりをこのまま聞いていることもできたが、敢えて口を開いた。感情的になったリアスが斬りかかって行くことも考えられたから。
「博打が過ぎる。今まで世が乱れれば英雄が現れたのかもしれぬが、それは『これまでそうだったから今回もそうであろう』と言うものに過ぎん。英雄が現れる保証というモノがなく、希望的観測だ」
実際僕という存在がこの世界に降り立ってはいるが、それは脇に置く。
「『英雄が現れたが数十年後のことだった』と言った場合、どうする? 簒奪劇自体も英雄を呼び寄せる為のモノだったとしてもこれに呼び寄せられる様に英雄が現れればよいが、現れなくては――」
他国の手を借りたことで国土を小さくしたこの国が眼前の僭王を国の頂点として残るだけ。
「領土を増やし、野心を育てた隣国が更なる領土を求め未だ混乱するこの国に牙を剥くこともあり得るな。英雄が現れねば、この国が滅ぶことも充分考えられる」
僭王ことリアスの叔父さんは英雄とお兄さんがぶつかることを危惧していたものの、他の危険に対する意識がたりていないというか、まるでそれは理由の様に思えた。
「故に我は聞こう。簒奪し汝が兄を弑逆せしは果たして国を思うが故かと」
「な、に?」
問いに驚きの声を上げた僭王を見つめたまま、僕は再び口を開く。
「我には後付の理由として感じたと言うことだ。『もう一つの母国を滅ぼした兄』が憎く、手にかけた理由を英雄にこの国が蹂躙されぬ為、乱世を終わらせるためと言い繕ってはおるまいかと、な」
「なっ、余が私怨で、全ては余の私怨だと言うか?!」
全部ではない気もする、ただ。
「少なくとも、恨み憎しみはなくただ国を、未来を憂いての行動であったとは感じぬ。全く関係のない第三者の我が聞いたところでな」
なら、父親を奪われる形となったリアスにとってはどうか。父が叔父のもう一つの母国を見捨てたこと、英雄の出現によって起こりうる危機への警告に耳を貸さなかったこと。二つの新たな事実に動揺している様ではあったが、感情的に僭王を悪としたいリアスにとってその言い分はもっと言い訳めいて聞こえていたのではないだろうか。
「少なくとも今の言い分でリアスは納得すまい。そして我はこの娘が王座を取り戻すのに力を貸している。まぁ、我が英雄だとすれば少なくとも汝の言う英雄と国が対立する未来は避けられるやもな。だが――」
僭王にとって、僕がリアスに手を貸すのは想定内の可能性もある、ただ。
「汝自身が推定英雄と敵対することとなったらどうするのだ?」
想定しているならどうするかも決めていそうな気はするが、敢えて尋ねてみる。
「降伏しよう」
「は?」
即座に答えた先王の言葉に驚きの声を漏らしたのは、リアスだった。僕は何となくそんな気がしていた。
「余の身は好きにするがいい。英雄が我が国と共にあるのであれば本望」
この僭王からすれば憎い相手は既に殺しているし、潔く身を差し出すのもあくまで私怨でも復讐のためでも無かったという主張になる、それに。
「もはや生きる意味もない。何をしようとも母の国は戻らぬ」
言ってしまっては、やっぱり復讐のためでしたと語るに落ちてる気もするが、僭王の生きる理由は復讐とやがて自国が英雄と出会った時の危惧のみだったのだろう。
「それにリアス。そなたも余を許すまい」
「っ、当たり前だ!」
多分、それは反射的に口に出てしまったモノなのだろう当初の計画では僭王に降伏勧告をし受け入れられなければ討つと言う筋書きだったはずなのだから。
「いや、リアスだけではないな、民も兵も許すまいて」
「故に全ての責を負い、裁かれる、か」
こうしてリアスは王座を取り戻し、めでたしめでたしで亡国のお姫様のお話は幕を閉じる。それが僭王の筋書きか。
「しかし、既に我を英雄と断定した様なものいいだが」
「断定せざるをえんだろう。この城の地下には余の力を巡らせてある。地下の抜け道を埋める為のモノだったが、どういう訳か余の力の及ばぬ所があった。表面を凍らせる程度しか出来ぬリアスの力ではあり得ぬし、土の力を持つ英雄の遺品が余以外に残っていてリアスに力を貸すとも思えん。そも英雄の遺品たる余に地の力で抗して見せるとなれば、英雄であると見て間違いなかろう」
「なるほど、そこで気づいたか」
と言うか、そんな物騒なことをしてたのか、この英雄の遺品。僕が粉にした骨を撒いて地下通路をアンデッド化させて支配していなかったらどうなっていたことか。
「しかし」
惜しいなと思う。そこそこ頭も回る様にも見えるし、英雄の遺品としての能力も有している。制限があるとは言え地面を泥濘に変える力は使い方次第でこれからの助けにもなりそうだ。だが、助命なんてリアスはともかく、僭王が言った様に簒奪劇から始まった内乱で被害を被った人々が納得しそうにないし。一応死体をアンデッド化させて配下にするって手もあるが、アンデッドになっても英雄の遺品としての力が使えるかどうかが不明なのだ。
「前例がなきとは厄介なものよな」
問題はそれだけではないのだが、僕ははぁとため息を吐いた。
あっさり降伏する僭王、一波乱も二波乱もなく王座は取り返しとようだが、これからどうなる。
と言う訳で、続きます。