4.料理はクラフト!
「さて、料理という名のクラフトをしますか!」
台所に立ち、腕まくりをする。手も綺麗にしたし、準備万端!
「あっ!」
その時、黒猫のシオンさんが声を上げた。
「調理器具の事を忘れていた……。ウチには調理器具がないぞ」
「それなら、大丈夫です! 私の料理技術のスキルがありますから!」
「スキルがあると、調理器具が無くても大丈夫なのか?」
「はい、見ててください。『調理器具召喚』!」
いつも通りに言葉を口にすると、台所には様々な調理器具が現れた。
「おぉ、これは……!」
「クラフトワールド・オンラインではこんな事が出来るんです。異世界でも普通に使えて良かったです」
「うぅむ、便利なスキルだな」
「では、早速調理を始めますね」
まな板を置き、包丁を手に取る。アイテムボックスから食材を取り出すと、手際よく刻んでいく。
「手際がいいな」
「クラフトワールド・オンラインでかなり鍛えられましたからね」
会話を楽しみながら食材を切ると、鍋に入れていく。それが終わると、今度は味付けだ。
「ここで『調味料召喚』!」
言葉を唱えると、目の前に様々な調味料が現れた。
「なん、だと……。調味料まで出せるのか?」
「はい。前世にあった調味料なら、なんでも出せますよ」
「そ、そうか……。だったら、前世の料理も食べられるということか……」
「食べたいですか?」
「……今度頼めるか?」
「もちろんです!」
やっぱり、異世界に来ても前世の料理が食べたくなる時がある。それを再現するには調味料が必須だ。私にはその調味料を出す力がある。だから、異世界でも前世の料理が作れるということだ。
鍋に入った食材に調味料を加えて、味を調えた。あとは、これを煮込むだけ。
「まだ、この世界は発展していない。だから、竈しかないんだが……使えるか?」
「竈を使わなくても出来ますよ」
「……何?」
私は鍋を竈の上に置くと、鍋の下に向けて魔法を放つ。すると、火が現れた。
「なるほど、魔法を使う訳か。だが、ずっと維持するのは辛いんじゃないか?」
「使い慣れているので、意識しなくても維持出来るので問題ありません。だけど、このままだと出来上がるまでに時間が掛かるんで、違うスキルも使います」
「ほう?」
「『圧縮』!」
鍋にスキルを発動する。だけど、様子は変わらない。
「今、何をしたんだ?」
「鍋の中身を別空間で取り囲んで、火の力で圧縮するようにしました。即席の圧縮鍋ですね」
「そんな事が出来るのか!? ……クラフトワールド・オンライン、凄いゲームだ」
これで、あとは放置すれば美味しい料理が出来るはず。
次に肉の塊を用意して、二枚に切り分ける。その上からハーブや調味料をかけて、味付けする。
「じゃあ、焼いていきますね」
もう一つの竈にフライパンを設置して、火を点ける。油を一垂らしして、フライパンの上に手を置いて火加減を確かめる。
もう少し、もう少し……ここだ!
ジャストな温度になると、肉を入れてジュッと焼いていく。
「シオンさんは肉の焼き加減はどれくらいがいいですか?」
「希望してもいいのか? そうだな……ミディアムレアくらいがいい」
「分かりました」
だったら、火加減はこれくらいにして、時間は……。体内時計を使って、肉を両面焼き、パットに置く。余熱で火を通している間にフライパンでソースを作る。
「いい匂いだ……」
「匂いが分かるんですか?」
「この魔力媒体の体は感覚を共有しているから分かるんだ」
「そうなんですね」
なんとも器用な魔法の使い方だ。感心していると、時間がやってきた。肉を皿に盛り、作っておいたサラダを添え、上からソースとドレッシングをかける。
鍋に点けていた火を消すと、別空間を解除する。すると、良い匂いが漂ってきた。
「これは、いい匂いだ」
くんくんと鼻を動かして、シオンさんは嬉しそうに笑った。その様子を見ながら、器にスープを盛り付ける。買ってあったパンも皿に乗せ、トレーに皿とカトラリーを並べる。
「これで準備が出来ました」
「ヒナ、ありがとう。では、一つ貰うよ」
そう言うと、私の目の前から用意したトレーが一つ消えた。
「食事を受け取った。ヒナは対面だと緊張してしまうからな、別々に食べたほうがいいだろう?」
「シオンさん……ありがとうございます」
シオンさんの気遣いに胸が温かくなる。私は食事を持って自室に行き、机に向かった。すると、ひょいと黒猫が机の上に登ってきた。
「ヒナが作ってくれたからな。こうすれば、話せながら食べれるだろう?」
「……はい!」
人と話しながら食べるなんて、何年ぶりだろう。自然と心がワクワクして嬉しくなる。
私が手を合わせると――。
「「いただきます」」
二人の声が重なった。それだけで嬉しくなって、口元がニヤける。
スプーンを手に取りながら、私は小さく息を呑んだ。目の前に並ぶ料理たちは、自分でも驚くほど綺麗に仕上がっている。けれど、味は、実際に食べてもらわないと分からない。
「……口に合うといいんですけど」
「見ただけで美味そうだがな」
黒猫の姿のシオンさんが、ふわりと尻尾を揺らした。その仕草は落ち着いているのに、どこか楽しみにしているようにも見える。
「じゃあ、いただくぞ」
「は、はい……!」
黒猫が静かに目を閉じた。
「……」
沈黙。怖い。胸がきゅっと締め付けられる。もし、不味かったら……?
だが次の瞬間、黒猫の瞳がぱっと開かれた。
「――うまいっ!」
「えっ?」
黒猫の体がびくっと震え、立ち上がる。尻尾をピンと立てたまま、興奮気味に声を上げた。
「うまい! 味の層が深い! 素材の良さを引き出している! 塩加減も絶妙だ! こんな味、王都の宮廷料理人でも出せるか怪しいぞ!」
「ほ、本当ですか!?」
「本当だとも! このスープ……飲めば体が温まり、魔力の循環まで良くなる! ヒナの料理は魔法のようだな!」
黒猫の向こうでカトラリーを動かす音が聞こえてくる。すると――。
「……っ!! 柔らかい! 肉に旨味が閉じ込められている! 外は香ばしく、中は瑞々しい……完璧だ!」
まるでグルメ番組の実況みたいに、次々と感想を口にするシオンさん。黒猫の姿なのに、全身で感動しているのが分かる。
そんな様子を見ていたら、胸の奥がじんわり熱くなった。視界が滲む。頬を伝うものを指で拭おうとして――気づいた。
「あ……泣いてる……?」
涙が止まらない。こぼれ落ちるたびに、胸の中から温かい何かが溢れ出す。
「ヒ、ヒナ!? ど、どうした!?」
黒猫のシオンさんが慌てて私の腕にすり寄り、ふわふわの毛で涙を拭ってくれる。その柔らかさが、余計に涙を誘った。
「ち、違うんです……! 美味しいって言ってもらえて……嬉しくて……!」
「……嬉しくて?」
私は嗚咽混じりに、言葉を絞り出す。
「ずっと……ずっと一人で作ってきたんです。誰かに食べてもらうことも、褒めてもらうこともなくて……。でも今日、シオンさんが美味しいって言ってくれて……。それが、すごく嬉しくて……」
黒猫はそっと前足で私の手を押さえた。まるで「もう大丈夫」と言うように。
「ヒナ……」
その声が優しくて、涙がまた零れた。
「ありがとう……シオンさん。私……こんなに誰かに褒めてもらって、嬉しいの、初めてです……」
泣きながら笑う私に、シオンさんは静かに尻尾を巻きつけた。
「……なら、これからも言わせてもらおう。ヒナの作る料理は、世界一うまい」
その言葉は、どんな祝福よりも温かく響いた。私は黒猫をそっと抱きしめ、涙で濡れた頬を押し当てた。
いただきますの後に、こんな幸せがあるなんて、思いもしなかった。




