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4.囚われの聖女たちと光の女神

これでラストです٩( ᐛ )و

夜明けまではまだ少しある暗闇の中。

聖域の石壁が微かに震え、石柱の「ゴウン…ゴウン…」という響きが遠くから聞こえる。その低い音は鼓動のようであり、装置の律動そのものだった。


私はエルディンと共に、薄暗い通路を進んでいた。壁に埋め込まれた灯は一つ、また一つと消えていき、月光だけが頼りだった。静寂の中に響く足音は、自分の存在を確かめるように微かに響く。



「この先…」


エルディンが低く囁く。


「…誰かが通った跡か、松明が消えております。通常ではない気配が強くございます。」


私は頷き、剣を意識下に備えながらも足取りを止めなかった。不安はある。けれど確認せずにはいられない。昨日の声が確かに核心に触れさせたのだから。



やがて石の扉を押し開け、私たちは封印庫へと辿り着いた。壁を覆う碑文。祈祷記録。年代刻印。剥がれ落ちた文字。削り取られた名。光と傷と支配の記録が積み重なっていた。


思わず息を飲み、指先を碑文に這わせる。刻まれた文字列が幾度も書き直されていることに気づき、その層の厚みに歴史のずるさを感じた。


「リアナ様…これほどの事は想像しておりませんでした。」


エルディンが呟く。声には嘆きと覚悟が混じっている。


「……うん。誰も“なぜこの制度が、こういう構造を持っているのか”をよく知らずに、ただ祈ってきたのね。」


私はつぶやき、自分の掌に光の気配を呼んだ。魔力適正が静かに響く。装飾的な符号の光が微かに震え、碑文が語るのを待っている。


そのとき、空気が厚く揺れた。光が降る。

風が吹き荒れるわけではない。祈りの終幕を告げるような静かな震え。私は立ち尽くし、背後にエルディンの気配を感じつつ、女神ルミナの声を迎えた。


「ここまで来ましたね、選ぶ者よ。」


言葉は柔らかく、それでいて揺るぎない重さを帯びていた。


「この構造は千年近く保たれてきました。祈りは本来、癒しのための光の流れ。けれど、封じた異形はその光を糧として形を変え、見えない場所で生き延びてきたのです。祈りはいつしか“回路”となり、異形を養い、交換を正当化し、犠牲を隠してきた。この事実を私は誰にも告げる事が出来ずにいました。

…それは多くの時代、多くの聖女は、祈りに疑いを持たなかったからです。善性を信じ切った心は美しく尊い。しかしそれゆえ、真実の声は届かず、石像の中に押し込められてきました。

ですが…あなたには疑問がある。あなたには選ぶ意思がある。だから、あなたを介して朝の礼拝のとき…光がもっとも濃く満ちる刻に…民へ真実を告げようと思います。協力してくれますか?」


女神の言葉は、あたたかく、そして冷えた論理の刃をともなって語られた。優しさと正義が並立する声。昔、誰かが持っていたはずの“覚悟”と“疑い”がここに結晶化していた。


「はい、ルミナ様。私の口を通して全てを伝えましょう。」




ーーーー



礼拝堂に日光が差し込み始めていた。高窓からは朝の光が、祭壇前の紋章に長い影を落とし、無数の埃が黄金色に輝く。祈りの人々が整然と並び、額を垂れ、静かに香を焚き、声を合わせて聖歌を歌う。世界はいつも通りであるように装っていた。


しかし私の身体を通じて、女神が口を開いた瞬間空気は変わった。明らかな変化。息が止まる変化。


視界が揺れ、音が消え、光だけが残った。

そこに映し出されたのは、祈りの陰で繰り返されてきた“交換”の記録。石像となる少女たち。石柱が動く様子。流れ去る叫び。封じられた異形の影。


少女たちが立ったまま眠るように静止し、刃が差し込まれる。


石柱が動き、「ゴウン…ゴウン…」と音を刻む。


石像化された聖女たちの視線。


そして残された記憶。


意志。


交換の儀式。


犠牲。


代価。


封じられた異形が光を浴びながらも存在を維持してきた事実。


その映像はほの暗い記憶というかたちで人々の目に触れた。涙、悲鳴、怯える声、手を取り合う者、祈りを見直す者…。


人々の間に動揺が生じる。だがそれは「問いかけ」であった。自分たちが何をしてきたのか、何を信じてきたのかを問い直す時間。私を、そして女神を通じて伝えられたもの…それは断罪ではなく選択だった。



そして映像が消え、静寂が戻る。


だが元通りではなかった。人々の顔が変わっていた。祈る姿勢はそのままでも、心の中に疑問と認識が芽生えていた。


私の声ではなくて、女神の言葉として届いたため、言葉に「権威」が干渉していない。


「聖女が言ってるから」


「制度がそうだから」


ではない。見たから、知ったから。

自ら選ぶという力を得たという実感。


しばらくして、壇上に据えられた三体の石像が光を帯びて変化を始めた。

灰白から蒼白へ。淡く発光し、粒子が舞い、ゆっくりと空へ昇っていく。

女神がその光を包み込み、優しく導き、共に天へと消えていく。


残されたのは、台座の上方に浮遊する 鏡のごとき宝玉。人と光と過去を映し出す媒体。祈る者たちが自分自身と歴史を映せる鏡。


石柱は逆回転を始める。

音が変わる。

振動のリズムが反転し、エネルギーの流れが帰ってくるように遡行する。


制度が想定していた“一方通行の消費”ではなく、循環による還流へと舵を切った。


私は壇を降りながら思った。

(これは“終わり”ではない。だが“同じ続き”でもない。問いと選択が加わった、新しい祈りの回路だ。)



石柱の逆回転が止むころ、礼拝堂はまるで呼吸を取り戻したかのように微かに揺れた。


光を映した宝玉が、まるで心臓のように淡く脈を打つ。

その輝きは、天へと昇った魂…かつて祈り続けた聖女たちの行方を追うように、やがて静かに収束していった。


風が流れ込む。石壁に刻まれた古い祈詞が一瞬だけ光り、そして消えた。

それは封印ではなく、解放の証だった。


私はその光を見届けながら、ゆっくりと胸の前で手を組んだ。

「どうか、この祈りが正しい形で残りますように。」


新しい朝が訪れた。

それは、“誰かの祈りに縋る朝”ではなく、自らの意志で祈りを選ぶ朝だった。


外へ出ると、朝の風が私の銀髪を撫でた。街灯が消え、人々はそれぞれの足で帰路へと歩いていた。だがどこか違っていた。光はいつもより柔らかく、風はいつもより確かに「触れるもの」として感じられた。


エルディンが私の横に立ち、「お嬢様、ご無事でなによりです」と言った。だが彼の声の奥にも、勝利の安堵と覚悟の疲労があった。

「ええ、ありがとう。でもこれは始まりよ。」

私は微笑む。けれど、その微笑みは安らぎではなく、決意だった。


選ぶ祈りへ。

犠牲を当然とはしない道へ。

光という言葉が、人々の“意志”と共にあるように。


朝日が本格的に差し込み始める。今日はいつもより温かい気がする。けれど、それは私だけの思いではない。人々の中にも少しずつ広がっていく希望の光だ。


読んでくれてありがとうございました٩( ᐛ )و


石柱とかのイメージは、アンドレアス ワナーステッドっていうスウェーデンの3Dの映像アーティストさんの作品っぽいものをイメージしました٩( ᐛ )و

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