3.石像の告発
次でラストです٩( ᐛ )و
夜風は冷たく、城門の外から吹き込む音が廊下の隅を撫でていた。鈍く光る月の光が窓枠の埃を浮かび上がらせ、細かな粒が静かに舞い上がる。
私は眠れず、ベッドから体を起こした。
あの時聞こえた「たすけて…」の声が脳内でうずくように離れなかった。
侍女たちが静まる頃合いを見計らい、私は剣の訓練で身につけた身のこなしをつかって部屋を抜け出した。衣擦れも足音も最小限に抑えて、廊下を進む。
灯りはほとんど消えており、月明かりだけが頼りだった。影が伸び、壁が淡く震えて見える。異様な静けさ。
護衛のエルディンは廊の奥ですでに待っていた。
祈りの儀式の後、エルディンには声のことを伝えていたのだ。
月光の輪郭が彼の輪郭を描き、不安と覚悟が入り混じった表情を浮かべている。
「リアナ様……聖域とはいえ深夜…大変危険でございます。」
彼の声は低く、礼節を失わぬ響きを持っていた。だがその向こうに、警戒の気配も漂っていた。
「エルディン、例の声の件でどうしても確かめたいの。今から石像を確認しようとおもうの。…一緒に来てくれない?」
エルディンは少し間を置いてから、重い吐息をひとつつくようにして頷いた。
「……全て承知いたしました。ただし、気づかれぬようになるべく“静かに”参りましょう。」
二人で歩を進める。砂利が小さく音を立てた。
遠くの松明が一つ消えているのに気づく。誰かが通ったのか、それとも点火がされなかったのか。かすかな違和感がそこにはあった。
扉を押し開けると、聖域の中心が珠玉のような薄青い光を漂わせていた。三体の石像が並び、いずれも祈りの姿勢を崩していない。だが、その静けさはまるで息を潜めた生命のようでもあった。
台座は僅かに振動しながら回転を続けており、石柱が規則的ながらもわずかなズレを伴って動いていた。
「ゴウン…ゴウン…」という振動音と石同士の擦れる音が重く空気に刻まれ、床から伝わってきた。
異様な律動。異様な秩序。
視界の端で、三体の石像のうち一体に、背面の肩甲骨あたりに走る細いひびがわずかに光を帯びているのに気づいた。まさしく“生気”を帯びた輝き。私は息を止め、ヒビを確かめようと手を伸ばした。
エルディンがそっと近づき、念を押すように囁く。
「お嬢様…念のため、私も手をお貸しします。失礼致します。」
彼の手が私の手首に触れ、そっと導かれてヒビへ触れる。
接触の瞬間、体じゅうが波打つような感覚に襲われた。光が割れ、記憶が洪水のように流れ込む。
それは祈りと苦痛と代償と交代の儀式。
少女の膝が崩れ、刃が深く差しこまれ、聖女として選ばれた少女が「立ったまま眠りにつく」儀式。鳴る鐘。囁き。刃を収められたまま長い静止が続いた。叫ぶ声。風が祈りを飲み込み、代わりに石が宿る。石となった少女の目はもう何も見てはいなかった。呼吸はないが、意志は残されていた。
意識は数秒間、過去に引きずられていた。そしてふと現実に戻った時、私は口の中に金属の味を感じていた。心臓が震えていた。視界の奥底で泣く声を聴き、「これは…交換の儀式のざらざらとした傷跡だ」と理解した。
「エルディン、私が聞こえた声はあの像から出ていたのよ。今、はっきりと確信できたわ。」
エルディンは少しだけ青ざめた顔で「お嬢様…わたくしは全てお嬢様の御心のままに動きます」とだけ言った。護衛として、動く覚悟を示してくれた。灯りは消え、私たちを照らしていたのは月の光だけだった。影が深く伸びる。石と空気と静けさが交錯した。
石柱の音は延々と続いている。そして台座は回り、石像たちは祈り続けている。
夜明け前。東の空が微かに白み始めていたが、私はその冷気を“恐怖”ではなく“覚悟”として受け止めた。命をかけた覚悟。祈りの犠牲を終わらせる覚悟。
心の中で、ただ一言。
「変えなければならない。終わらせなければならない。」
足音を押さえつつ、二人で静かに聖域を後にした。
私の“戦い”は、祈りの中だけにあらず。夜の闇にも、この制度にも、光にも向けられていた。




