113 激動のノットゥルノ - 6
殺せ、殺せ。
広場に広がるのは、そんな重い言葉の不協和音。男も女も、老若男女構わず誰もがそう叫ぶ。
広場の中央に設置された処刑台。
今まで、レイエンフィリアはこの処刑台で何人もの人間を処刑させてきた。
殺さなくっちゃ。
殺さなくっちゃ。
帰りたい。
還りたい。
ただ、それだけだった。
玲華の思いは、ただそれだけだったのだ。
帰るには殺すしかなかった。
殺して、殺して、【原罪者】にならないと。
【彼女】に認められないと。
だってそうじゃなきゃ、帰れない。
そんな思いを抱きながら、殺した命の重さに怯えながら、己の内で暴れる狂気に苦しみながら、玲華はレイエンフィリアとして生きていたのだろう。
「……玲華、ちゃん」
木偶の肉体から出た声にしては、レイエンフィリアによく似ていた。本人がそう思うのだ、周りには気付かれまい。
今更神に祈るつもりはない。
神に縋るつもりはない。
縋るのなら、そう。
広大なあの屋敷で、ほぼ全ての人間を統治していた彼にだろう。彼を神と称することも、出来なくはないけれど。
人形の肉体が、処刑台の上に固定される。
民衆は歓喜した。
皇族は目を逸らした。
処刑人は息を詰めた。
人形は微笑みながら目を閉じた。
【彼女】は、暗闇から美しい赤い唇を弧に歪めた。
刃が人形の首を裂いた瞬間、人形からは仕込まれた赤い液体が吹き出した。イル・バガットが仕込んだものだ。
広場は歓声と熱気に包まれ、人形の首は高らかに掲げられる。
【嗚呼、嗚呼、愚かな人間ども。また殺すのか。また死を喜ぶのか。また群がるのか。愚かな歴史を繰り返すのか】
歓声に掻き消えることなく、どこからか聞こえてきた女の声が広場を制圧する。
いつからか、人形の肉体から真っ黒なドロドロとした液体が流れ落ちていた。肉体からは液体がとめどなく溢れ、広場を徐々に徐々に、ゆっくりと埋め尽くしていく。
【滅べ滅べ、人間ども。私はお前たちを絶対に許さない】
処刑台の、人形の肉体の隣。そこには確かに女性の姿があった。
ベネチアン・マスクをつけており、金色のストレートのロングヘアで、長い前髪を耳にかけ、サイドの髪の一房を肩に垂らしている。
国中に伝わる女神のように、美しく、艶やかな、シルクのように煌めく衣装を身に纏っている。
「女神ヴァーニア……」
誰かが言った。
教会の壁画に描かれる女神の姿に、目の前の彼女は瓜二つだった。……否、首から上を除いて全てが、瓜二つだった。
しかし、彼女の紡ぐ言葉は、宗教の教えとして伝わる女神とはかけ離れている。彼女は──女神は、善行と博愛の女神のはずなのに。誰もがそう思った瞬間、広場の中央から悲鳴が上がった。
処刑台の最前列で人形の処刑を見ていた人間が、次々に悲鳴を上げながら死んでいく。
真っ黒な液体に少しでも触れた人間は、マグマにでも触れたかのように、いとも簡単に消えていく。
紅茶に落とした角砂糖が溶けるような、穏やかな溶け方では無く。刃で肉を割くように、さっきまであったはずのものが跡形も無く、“その先が消える”。そんな消え方。
どよめきはあっという間に広場中に広がり、レイエンフィリアの死に喜びの歓声をあげていた民衆は、あっという間に恐怖に咽び泣きながら歓声を悲鳴へと変える。
【惑え惑え、人間ども。その全てを殺し尽くしてやる】
そう嗤う女神は、人形の肉体をふわりふわりと持ち上げる。切断された首も一緒に。切断された首からはドプリドプリと真っ黒な液体──泥のようなものが勢いを増して流れ落ちる。
人形の肉体に、【彼女】は首を戻した。
そして、繋がった人形の唇に自らのそれを重ね合わせた。
周囲は光に包まれ、逃げ惑う人間たちですら目を瞑った。そして彼らが目を開けたとき、そこには処刑されたはずのレイエンフィリアが、女神が先ほどまで身につけていた衣装を身に纏って微笑んでいた。
処刑台の真上にふわりふわりと浮かびながら、楽しそうに微笑んでいる。【彼女】の姿はどこにもない。
美しい銀の髪。
澄み渡る青空を映したかのような青い瞳。
黄金の装飾と、白いシルクの衣装。
その、姿こそ。
「なるほど。レイエンフィリアこそ、女神ヴァーニアの生き写し。彼女が人間だった頃の姿そのもの、というわけですか」
人里離れた大聖堂で、目を閉じ両手を組んで祈りを捧げていた聖女はそっと呟く。
女神の後方には、真っ黒な穴。
その穴から、人形から流れていた時とは比べ物にならない勢いで泥がこぼれ落ちていく。
「さながら、【神々の泥】とでも言いますか」
触れた瞬間に肉体は消え、魂は吸い取られて死に至る。なんとも簡単で、強欲で、悪食な、傲慢と怠惰の結晶のような泥。
「レイエンフィリアを転生先の肉体にしたのは偶然?それとも意図的に?オルディネ」
聖女は目の前のドラゴンにそう呼びかける。眠り続ける彼はいまだに目を覚まさない。
「嗚呼、お客様が来るわね」
レイエンフィリア、キリル、マリン、アラド、ベンクの5人と──四足歩行の小さな生き物の足音。
「ふふ、運良く【神々の泥】から逃れたというわけね。良くも悪くも」
聖女はドラゴンの体に軽く触れ、そっと声をかける。
「お客様は、紅茶はお好きかしら?ねぇ、オルディネ」
ドラゴンは答えないが、それでも聖女は微笑んで、客人を迎えるべく立ち上がった。
まず何より、予定より12時間遅れての更新となってしまい申し訳ありませんでした!
ええ、仕事をしながら、『あれ?もしかしなくても、今日って更新日じゃない?』と思いました。そこから仕事を終わらせて編集して……と作業しまして、この時間です。申し訳ありません!
結末までラストスパートです。
どうか彼らの語る“ハッピーエンド”が如何なるものか、見届けてあげてください。
次回更新は2週間後、2月12日の12時です。
どうかよろしくお願いいたします。




