112 激動のノットゥルノ - 5
「起きて、レイエンフィリア」
違和感のある声が、眠っていたレイエンフィリアの肩を揺らす。女性の声だが、マリンではない。侍女長でもない。
寝室に入ることを許しているのは、この2人だけのはずなのに、一体誰だろうか。
そう思いながら、レイエンフィリアは重い瞼を開けた。
「────っ、ぇ」
目の前には、銀糸。
「き、りる……!ねぇ起きて、キリル!!」
「んぅ……ふぃ、まだねむぃ……」
「寝ぼけてないで起きてったら!」
「…………ぐぅ」
「あらあら、キリルったら寝坊助さんだったのね。かわいいわ」
「…………きーりーるー!!」
「…………んー」
寝ぼけたまま腕を持ち上げて、ふよふよと何度か彷徨わせた後。キリルの手はレイエンフィリアの頭を見つけて、子供を宥めるようにその頭を撫でる。
「キリル!」
「…………まだ、おきるじかんじゃないだろ……ぐぅ」
「〜〜〜〜っ!っ暁人!!!!」
「んぁ⁉︎……わるい、寝ぼけて……た……」
意識が覚醒したキリルの視界に入ったのは、薄いネグリジェ姿で同じベッドにいるものの、顔を真っ赤にしているレイエンフィリア。
そして、女神を彷彿とさせる白と金のドレスを身に纏った、もう1人のレイエンフィリアだった。
「レイエンフィリアが、2人……?」
「ふふ」
「……起きたら、もう目の前に居て……」
「うん、寝よう」
「ふぇ⁉︎⁉︎」
「オヤスミ」
シーツを頭から被って、目を閉じる。
大丈夫。これは夢。
寝て起きたらきっt……
「あーきーひーとー!!!」
バフッ!!!
「ぐふっ!」
怒った──拗ねただけ──レイエンフィリアが、枕元にいくつかあったクッションをキリルに叩きつける。それも、何回も。
「ちょ、待ってレイエんぐっ⁉︎フィリぶふっ⁉︎」
「んもう!暁人の馬鹿!!」
ぷく!っと頬を膨らませるレイエンフィリアは大変に可愛らしいけれど、キリルの目の前にいるもう1人のレイエンフィリアが、キリルの思考を邪魔する。
真っ白……よりは生成りに近いような、サテン地のドレスを陽の光にきらめかせながら彼女は立っている。
「貴女は、いったい……」
「おやおや、朝から賑やかだねぇ。寝室だというのに」
「ゲッ」
寝室の扉から顔を覗かせたのは、(存在が忌々しい)宮廷魔術師のイル・バガットだった。
「ちょっと待って、今『ゲッ』って言った人誰?先生怒らないから正直に言いなさい」
「玲華、何か聞こえたか」
「何モ聞コエナカッタワ、暁人」
「そんな状態でも息ぴったりだね2人ともなんなのそんなに俺のこと嫌い?」
「「…………」」
「ねぇ沈黙の方が辛いって!」
そんなやりとりを見ていた、レイエンフィリアは、信じられないものを見た、とでも言いたげな表情だった。
「コホン。失礼、レイエンフィリア様」
「いいえ、よろしくってよ。なんだか……ええ、珍しくって」
「珍しい?」
「イル・バガットとはともかく、私はマリン以外とあまり話をしなかったから」
だから利用されたのでしょうけれど。
その言葉は聞かなかったふりをした。
「イル・バガット。もしかして彼女は……」
暁人の言葉に、イル・バガットは頷いた。
「そう、彼女こそ“本物の”レイエンフィリアだよ。肉体は僕が作った人形だけど、外見だけは限りなくレイエンフィリアに似せてある」
「どうして……」
「玲華ちゃん」
レイエンフィリアの手が玲華の頬に伸び、するりと撫でる。
「逃げて、玲華ちゃん。オルディネとは話をつけたわ。貴女の代わりに私が処刑されるから……だからお願い。貴女は逃げて、ここにきた転生者たちを向こうに返す手段を見つけて」
「そ、んな……なんで、貴女なんですか……?全部貴女が背負わなきゃいけない理由なんて、無いはずです。【悪意】に飲み込まれたのは、“私”なのに……」
「私は死してもなおこの国の皇女。“皇女の死”を国民が望むのなら、“皇女の私”が引き受ける。貴女は貴女にしかできないことをして欲しいの」
「そんな……!」
「玲華ちゃん」
レイエンフィリアが、優しく、優しく、玲華を呼ぶ。
「美風さんも、壮也さんも、九龍院の皆さんも、みんなみんな、転生した彼らの帰還を待っているわ。私では彼らを向こうに返してあげられない。だから、ね?お願い」
「でも」
「九龍院は、人類のための裁定者なのでしょう?なら私たちは切り捨てて。自分たちを選びなさい」
「いや……!」
「暁人さん」
急に話題を振られた暁人はびくりと反応し、姿勢を正す。レイエンフィリアはそっと微笑んだ。
「イル・バガットには、マリンたちに事情を説明してあります。皇城が背を向けるドラゴンの住む山。あの山には、かつて使われていた大聖堂があるの。そこに向かって」
「…………」
「レイエンフィリアを連れて、逃げて」
「貴女は、それでいいんですか?もう数時間もせずに死ぬんですよ」
「???構わないわ。いずれ国のために死ぬのは、生まれた時から覚悟の上だもの。それが少し早まっただけ。何も問題ないわ」
「…………」
その言葉は、覚悟の決まった顔で紡がれた。その表情を見て、暁人もまた覚悟を決める。
────生まれた時、或いは目覚めた瞬間からその運命が決められた人間の、運命を受け入れた目だ。
そんな人間を、何人も見てきた。自分自身もそうだった。みんなみんな、運命を受け入れた。
なら、自分が取るべき行動はただ一つ。
「行くぞ、玲華」
「暁人……!」
「玲華」
「っ……」
「行くぞ」
「…………っ、はい」
急ぎ着替えた2人は、イル・バガットの案内で裏口から逃げた。2時間で切れる姿隠しの術を掛けてもらい、大聖堂へ向かう。
「そう、逃げて。2人とも。振り返らず、大聖堂まで。そこで、全てを見定めて」
この数時間後、レイエンフィリアはレジスタンスによって捕縛された。
玲華が目を抉って以降、城の人間は全員、レイエンフィリアに逆らうことはできなくなった。しかし、レジスタンスに逆らわないことはできた。
場所を教えることはできなくても、地図は渡せる。レイエンフィリアを捕らえられなくても、牢獄に案内はできる。傷つけることはできなくても、処刑場の準備はできる。
城下町の外れ、公開処刑場。
群衆はそこに集まり、殺戮の皇女の処刑を待ち侘びていた。かつて言葉や微笑みを交わした者も、常連だった店の店主も店員も、街行く子供たちもその親も。みんなみんな、殺戮の皇女の死を望んでいた。
人間の背丈ほどの大きな刃が、固定された殺戮の皇女の首目掛けて落ちるその瞬間まで。誰もが、殺戮の皇女が処刑されることを喜んでいた。認めていた。受け入れていた。
数秒後に始まる地獄の再来なんて、知る由もないまま。
本物のレイエンフィリアがなぜ九龍院を知っているのかは、『https://ncode.syosetu.com/n2025hy/』こちらの小説?外伝?で語っています。鉤括弧は含みません。お時間と興味がありましたらお読みいただけると嬉しいです!
そして年末年始の連続投稿、体調不良で行えませんでした。楽しみにしていた方がいらっしゃったら申し訳ありません。
その分殺戮の皇女の完結までの筋道がしっかりと出来上がりましたので、そこを楽しんでいただければと思います。
次回更新は1月29日の12時です。
よろしくお願いいたします。




