その3
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「わっふぅー!」
アイリスがベッドに飛び込んだ。
「お、王よ、このベッドふわふわだぞ! おひさまの香りだぞー!」
「はいはい」
こういうとこは見た目通りなんだよなぁ。
そのくせしてあの強さなんだから、ちょっとした詐欺だ。
「にしても王よー」
アイリスは、ベッドに俯して足をバタバタと打ちながら、俺をじっと見つめている。
「なんだ?」
「王はどうも——あまり良くない類の人間を惹きつけるようだな?」
そうなのだ、予定より上等の宿をとれたのも、予期せぬ収入——絡んできたものから巻き上げた金のおかげだった。
「凄い才よな。王よ、これで一財築けるやもしれぬぞ?」
「いいのか、俺がカツアゲで金稼ぐような王で」
冗談めかして言えば、それは困るな、とアイリスは眉を寄せた。
「しかし、その金を堂々と宿代に使うのだから、王も案外神経が図太くいらっしゃる」
「お前に言われたくない」
そう言ったものの、確かに昔よりは幾分が図太くなったかもしれないと思った。こいつの影響だろう、良くも悪くも。
「そもそも、お前が前の街で金を使い込んでなけりゃ、宿代も全部キレイな金で払えたんだがな」
「うっ……め、面目ない」
まぁ、本当に反省してるようだし、ここは許してやろう。金を手配する手間は省けたのだし。
「しかし、あの金を使ったのはまずかったか? 結構騒ぎになってそうだよな。お前の見かけはほら……目立つから」
「いや、問題あるまいよ」
「どうしてそう言い切れる?」
やけに自信満々なアイリスに怪しむような視線を送れば、ニヤリと笑った。
「何人もの男がこのような幼気な女子一人に倒されたとあらば——面目が丸つぶれであろう?」
「うっわぁ……」
嫌な幼女だ、これは嫌な幼女だ。
「勿論、それはあやつらが相当な阿呆か、或いは裏に誰か強力なものがいない場合に……何だ王よ、引いた顔をされて。自らの容貌を自覚せよと言ったのは王なるぞ?」
「そうだけどさぁ」
危険性には自覚が及ばないくせに、見た目の利用価値には自覚あるのかよ。
「というか自覚するっていうなら、俺と別部屋にすべきだろ」
「む? 襲うのか?」
「襲うか馬鹿!」
何故そこで嬉しそうに跳ね起きる。
ならば構うまい、と再び倒れこむアイリスは、どこまで本気か分からない。
「しかし一応、別のベッドにしたぞ?」
「同じベッドで寝る気だったのかお前!?」
「いやそれも構わぬと……」
「少しは構え!」
本気だ、こいつ。全部本気だ。
俺は頭を抱えたくなった。
「それにしても、今日は疲れた……大会前に戦い過ぎだ」
「……悪かったな」
「はは、王のせいではあるまいよ」
フゥと柔らかい息を吐いて、アイリスは目を閉じた。
「この体は油断させるにはいいが、体力がなさすぎる……」
それだけ呟いて、眠りに沈んだようだった。規則正しい寝息だけが部屋に響く。本当に疲れていたのだろう。
「せめて布団くらいは被って寝ろよ」
掛けてやると、僅かに身じろぐ。こうしていれば、ただのあどけない子供だ。
あの強さなど、見る影も無い。
俺には、一つ疑問があった。
俺がこいつと一緒にいるのにはまぁ、納得できるだろう。もっとちゃんと理由もあるが、その強さだって一つではある。
だけど。
「何で、お前は俺なんかを選んだんだろうな」
当たり前に、返事は返ってこなかった。
そこは、暗い部屋だった。仄かに灯された数本の蝋燭が、その周りを少しばかり照らしていた。
「……それで? この週の分の上納金が足らないのは何故?」
まだ少年ともいえる年齢の声だ。しかしその声を発する相手に、大の男が何人もひれ伏していた。
「何さ、皆押し黙っちゃって。自白剤でも飲まされたいの? それとも、もっと強い毒の方がいい?」
ヒィと誰かが喉の奥をひりつかせるような悲鳴を上げた。
彼らは皆、自白剤を飲んだ奴らの末路をよく知っていた。
「た、旅人に盗られたんです!」
一人が言えば、続いてガクガクと頷く。
「旅人、ね。それって、どんな奴ら?」
「ひ、一人はひょろひょろの男で、もう一人は——」
「もう一人は?」
「半端なく強い、お、女のガキです」
「は?」
その少年としても、まるで予想していなかった答えだったろう。それきり黙り込んでしまう。
「そ、そいつら、変なこと言ってたんです! 」
沈黙に耐えかねて、男たちの一人が声を上げた。
「変なこと?」
「ぜ、前世がどうとか、ああ、お互いを王とかレヴァだとか呼び合ってて……」
「前世? 王? ……レヴァ?」
少年は一瞬黙ると、次の瞬間、
「あ——はははは! そうか、レヴァね。あの騎士が、この街に来たんだ、とうとう!」
と大きく笑い出した。男たちは思わずぽかんとそれを凝視してしまう。
「ならまぁ、負けたのも仕方ないや。今回はお咎め無しにしてあげる」
「あ、ありがとうございます!」
理由は分からないが、許されたことに安堵した男たちに、少年は続けた。
「その代わり、そいつらの情報を急ぎ集めて。どうせ彼らの目的は——」
と言葉を切って、自らの後方、闇の奥に目を向ける。
「あれだろうから」