最終話 これからも、あなたと
最終話 これからも、あなたと
事件からしばらく経ったある日。
王都には、いつもの穏やかな日常が戻っていた。
王宮からの依頼も落ち着き、エリアスの工房には静かな時間が流れている。
窓から差し込む光。
机に広げられた設計図。
庭に咲く薬草や花々。
以前と変わらない風景。
けれど、マリカにとってはもう特別なものになっていた。
ここには、大切にしたい毎日がある。
◇ ◇ ◇
「マリカ。」
作業を終えたエリアスが声をかける。
「少し庭を歩きませんか。」
「はい。」
二人で並んで庭へ出る。
春の風が優しく吹き抜け、花の香りが漂っていた。
「初めて会った日のことを覚えていますか。」
エリアスが尋ねる。
「はい。」
忘れることはない。
何もわからない世界で、不安でいっぱいだった日。
そんな自分へ手を差し伸べてくれた人。
「最初は、ただ困っている人を助けたいと思っただけでした。」
エリアスは静かに続ける。
「ですが、一緒に過ごす時間が増えるほど、あなたのことをもっと知りたいと思うようになりました。」
マリカは黙って耳を傾ける。
「あなたが笑うと嬉しい。」
「あなたが困っていると助けたいと思う。」
「あなたが悲しんでいると、そばにいたいと思う。」
優しい声。
そこには迷いのない想いが込められていた。
「マリカ。」
「はい。」
「これからも、私の隣にいてくれませんか。」
◇ ◇ ◇
胸の奥が温かくなる。
かつてのマリカは、大切なものができることが怖かった。
欲しいと思ったもの。
守りたいと思ったもの。
そういうものほど、失ってきたから。
だから、期待することを諦めていた。
でも。
この人は違った。
エリアスは奪わなかった。
無理に何かを求めなかった。
ただ、そばにいてくれた。
「はい。」
自然と言葉が出る。
「私も……エリアスさんの隣にいたいです。」
少し震える声。
けれど、迷いはなかった。
「エリアスさんと過ごす時間が大切です。」
「一緒に笑える日々を、これからも守っていきたいです。」
エリアスは柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。」
そっと差し出された手。
マリカはその手を重ねる。
温かかった。
◇ ◇ ◇
その夜。
マリカは左手の腕輪へ触れる。
淡い光が優しく輝いた。
『刻印対象 1名』
『守護状態 安定』
『絆 最大』
初めて見る表示。
けれど、不思議と意味はわかった。
この力は、誰かを縛るためのものではない。
失うことへの恐怖から、閉じ込めるためのものでもない。
大切な人と共に歩むための力なのだ。
◇ ◇ ◇
数年後。
エリアスの工房には、今日も魔導具を作る音が響いている。
「マリカ、この部品をお願いします。」
「はい。」
変わらない日常。
けれど、その日常こそが何より幸せだった。
かつてのマリカは、大切なものを失うことばかり考えていた。
でも今は違う。
誰かに与えられた幸せを守るだけではなく。
大切な人と一緒に、未来を作っていける。
「今日も幸せですね。」
マリカが呟く。
エリアスは隣で微笑んだ。
「ええ。」
「これからも、ずっと。」
穏やかな風が庭を通り抜ける。
奪われ続けた少女は。
この世界で初めて。
大切なものを、誰かと一緒に育てていく幸せを知った。
――これは、愛されることを知らなかった少女が。
大切な人と未来を歩んでいく物語。




