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Monseigneur Cochinchine V.A.  作者: 六福亭
8/16

8 盗賊

 結局見つけたのは、蔓が多く絡まった倒木のうろだった。すだれのように垂れ下がった蔓の奥に、ちょうど三人が身を寄せ合って隠れられるほどの空間があった。潜り込むと窮屈だが、温かかった。肌と肌が触れ合うくすぐったさに、真ん中の高文が笑い声をもらした。


 シャムの穴牢よりもずっといいな。ピエールはそう思った。いつでも出られる安心があるからか。


 喧嘩の後で少しの後ろめたさを抱え、黙っていたピエールに、ジョルジュがいつも通りの声音で話しかけた。

「そういや、天賜はどこに行った?」

「あっ」 

 気づけば、天賜の姿も、御者も見当たらない。派手に喧嘩している二人を見限ってハティエンに帰ってしまったのか、

「もし、盗賊に捕まっていたら……?」

「まさか、俺たちが気づかないはずないと思うが」

「だが、あの人が狙われる理由は充分にある。見るからに金持ちって見かけだし」

「それは言えてる」

 ははは、と声を上げて笑ったジョルジュだが、すぐに真剣な表情に戻った。

「確かめてきた方がいいんだろうな」

「……そう思う。あの人には恩があるし」

「しっ!」

 高文が二人に警告した。二人もその理由にすぐに気がついた。

 足音がする。大人数の集団が近づいてくる。蔓のすだれの向こうに松明の明かりと、何足もの太い足が見えた。倒木を避けて、彼らは教会の前の空き地の方へ歩いて行った。話し声や刀のすれる恐ろしい音、ざくざくと重たい荷物が揺れる音がしばらく続いた。すっかり一団が通り過ぎてしまってから、木の中の三人は胸をなで下ろした。

 木のうろの中からは、一団の様子や話の中身が分からない。ピエールは、そっと蔓をかき分け、ゆっくり身を乗り出した。

「おい、」

 ジョルジュが引き留めようと手を伸ばす。だがそれをはねのけ、とうとうピエールは木の外に出た。

「__気をつけろ」

「分かってる」

 高文を抱いて歯を食い縛るジョルジュに囁き返し、ピエールは倒木の陰から賊たちの様子を窺おうとした。


 彼らは、教会の前で酒盛りだか会議だかを始めたようだった。車座になってたき火を囲んでいることだけは辛うじて分かる。だがこのままここにいても会話など少しも聞こえない。ピエールは足音を忍ばせて、木の陰から陰へと移動した。近づくごとに相手の様子が明瞭になってくる。


 賊どもは、宴に興じているようだった。たき火で肉を炙る音と、たとえようのない良い匂いが漂ってきた。空っぽの腹が刺激され、ピエールは下腹部を手で押さえた。


 酒が回され、酒盛りがいっそう賑やかになった。多少の物音は聞こえないだろう。ピエールは大胆にもさらに近づいた。手を思いきり伸ばせば、盗賊の背中に触れることができるほどの近さまで。そのおかげで、会話はよく聞こえる。

「こいつにも、何か食わせてやるのか?」

 がらがら声で、恰幅の良い男が尋ねた。コーチシナ語だ。別の誰かが怒鳴り返した。

「馬鹿なことを言うな。こいつは捕虜だ。優しくてしてやることなんかねえ」

 ドン、と鈍い音がして、誰かが弱々しく呻いた。ピエールは首を伸ばし、誰が囚われているのかを見た。

 屈強な男女の間から垣間見えるのは、痩せた青年だった。ぼろぼろに破れた衣のあちこちから、痛々しい生傷が見えた。がんじからめに縛られているせいで身動きがとれずにいる。賊が彼の背中を蹴飛ばし、為す術もなく倒れる姿を嘲った。

 まずは、天賜ではなかったことに少しだけほっとした。__だが、例え知らない人間でも、哀れな捕虜を助けてやりたかった。今のところ、良いやり方を思いつかないが。

「こいつ、どうするんだよ」

 甲高くよく通る声の女が言った。

「あたいらの仲間にするの?」

「まさか!」

 口々に憤りの声が上がる。

「そんなひょろこい枯れ枝みたいな野郎を入れて、何の役に立つ? シャムか明に売り飛ばしてしまえ。なあ、お頭?」

 お頭と呼ばれた人間の声は聞こえなかったが、盗賊たちは口々に同意した。捕虜がかすれた声で懇願する。

「妻と子どもが……待っているんだ。どうか逃がしてくれ」

 ピエールは捕虜に深く同情した。だが盗賊たちは全く違ったらしい。気まぐれに捕虜を殴り蹴りして痛めつけた。挙げ句の果てに、とうとう気絶してしまったらしい。

「馬鹿な奴だよ。家族がいるのに、反乱ごっこか」

 唾を吐きかける不快な音がした。

「あたいらみたいに盗賊やってりゃよかったのにね」

「この貧弱な体つきじゃ、一日ももたねえよ。普段からろくなもの食ってねえな」

 どっと笑い声が上がった。

 落ち着いたところで、低い声の男が静かに言った。

「ところで、我々はいつまでここに来ればいいのだろう?」

「決まってらあな、奴らが約束のものを持ってくるまでだ」

 ピエールははっとした。この上、別の何者かが来るらしい。約束とは何だ?

「彼らは本当に来るのだろうか?」

「何言いやがる、来ないなんてことがあるもんか」

「奴らがこのまますっぽかすつもりなら、どこまでも追いかけて仲間ごと切り刻んでやらあ。……例えそこがインドだろうが西洋だろうがな」

 今、何と言った? 固まったピエールの耳に、初めての声が聞こえた。

「奴らは使いの者を寄越した。だから、まだ取引をする気はあるということだ」

 それで賊どもが黙ったところを見ると、今のが頭目なのだろう。

 肝心の顔は見えやしない。低い声の部下が丁寧に尋ねた。

「ですが、その使いとやらはいつになったら姿を現すのでしょう?」

「……近くにはいるはずだ。龍を連れてきておけ」

「はい」

 龍。また、龍だ。ジョルジュに伝えた方がいいか。……いや、興奮して状況が見えなくなるかもしれない。思案するピエールをよそに宴はいつまでも続いた。

 朝方になってようやく、辺りは静かになった。一晩中神経を尖らせ続けていたピエールは、今にも倒れ込みそうなほどの疲労を抱えながら、ゆっくり立ち上がった。賊たちは皆いびきをかいて眠り込んでいる。


 捕虜を助け出すなら、今だ。 


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