9 盗賊の囚人
ピエールは思いきって宴の中に足を踏み入れた。あちこちに酒の空瓶と、竹の串が散らばっていた。檳榔を地面に吐き出した赤いしみを踏まぬよう気をつけながら、忍び足で捕虜を探した。賊がしっかりと目を閉じているうちに。
寝相の悪い男が寝返りを打つ。そのたびにおののきながら、ピエールはやっと目的の男を見つけた。もう一度盗賊たちがよく眠っていることを確認して、ピエールは捕虜に近づいた。
賊の中に、知った顔はいない。夜、感じた胸騒ぎは思い過ごしだったのだろう。
捕虜も眠っていた。そっと揺すると身を震わせ、うっすらと目を開けた。
ピエールは間髪入れずにコーチシナ語で囁いた。
「逃げるんだ。今自由にしてやる」
ナイフで縄を切ると、腕や手首にくっきりと跡が残っていた。底を辛そうにさすり、男は囁いた。
「あ……ありがとうございます……」
「お礼はいらない。さあ、立って!」
だがその時、寝返りの男が勢い余って近くで寝ていた女を蹴った。女が大声を上げて素早く身を起こす。
「何だ! ……」
辺りを見回す女と目が合い、ピエールは硬直した。女も、唖然としてピエールを凝視した。だが、我に返るのは女の方が早かった。
「捕虜が逃げるよ!」
女の声に呼応して、男たちも目を覚ます。とっさにピエールは捕虜の背中を強く押した
「行け! もう捕まるなよ!」
自由になった男はあっという間に駆け去った。対してピエールは、殺気立った賊の真ん中に逃げ遅れてしまった。
捕虜のことなんて心配している場合ではなかったかもしれない。今になってそんな後悔が頭をかすめた。今やピエール自身が新しい捕虜だ。シャムの役人の尋問のように、怒れるならず者たちの前に座らされている。手足は荒縄できっちりと縛られて、小突かれても草でくすぐられても抵抗できないのだった。
ピエールの正面に立った男が、別の仲間に話しかけた。低い声のあの男だ。
「頭に報告しなければ。どこにいらっしゃる?」
「さあ、どこかにいっちまったよ」
「ならば、待つしかない」
女が声を潜めて言った。
「こいつが、例の使いじゃないの?」
「どうかな。捕虜を逃がしたんだぞ」
「だけど、こいつの方が体がごついぜ。もっと良い金になりそうだ」
明るいところで見る盗賊たちの顔はどいつも凶悪な人相だった。低い声の男__高めの年齢や、どことなく品格のある話し方からして、集団の中では比較的地位は高いのだろう。彼は首を振った。
「処遇を決めるのは、頭の命令があってからだ。待とう。その間に、尋問をする」
男はピエールに問いかけた。
「我々の言葉は分かるのか?」
ピエールはうなずいた。
「ならば良い。宣教師だな」
ピエールは、自分のすり切れた法衣と首元のロザリオを見下ろし、観念して答えた。
「そうだ」
「パリ外国宣教会だな」
ピエールは黙った。それでも、見透かされてしまっているようだった。
「この辺りには宣教会の者しかおらん。名前は?」
「ピエール・ピニョー」
男が顎髭をひねりながら唸った。
「一度だけ、耳にしたことがある名だな。あの男がこいつについて話をしていたはずだ」
「あの男?」
「ピエール・ピニョー。パリ・ミッションの司祭。頑固で融通の利かない生意気な男」
「一体誰が……そんなことを」
「知りたいか?」
男が微笑みながら尋ねた時、ピエールの視界の端に、隠れて様子を窺うジョルジュの姿が見えた。ジョルジュは音もなく指でピニョーに合図をしてみせた。ピエールの胸に希望が生まれる。
目の前の男に注意を戻し、ピエールは応える。
「ああ、知りたい。私の噂をしていたのは誰だ?」
「我々との取引相手だ。名は……クレインペター」




