第6話:夫にチョコレエトを渡してみませう
このお話は、今後発表予定の『結婚と算盤~新妻の百貨店経営奮闘記~』の中の一部です。
シーズンなので、ちょっとだけ公開することにしました。
いずれ公開する本編(たぶん4月か5月)を思いながら読んでいただけると幸いです。全7話
「奈江が、僕の贈り物をこんなに大事に思ってくれるなんて。なかなか嬉しいね」
話を聞き終わったあとで、朔之介さんがそう笑みを浮かべて満足そうにそう言う。
「バレンタインの贈り合うっていう考えは、なかなかにいいことだな」
その言葉に、私は引き出しの中の紙箱を思い出した。
今、渡さなかったら、たぶん一生渡せない。
私はゆっくり引き出しを開け、箱を取り出した。
「……これ」
目の前に出された箱を見て、朔之介さんが、眉を上げる。
「何?」
「バレンタインの、チョコレエトです」
「え? 売り場で買ったの?」
「違います。……手作り……なん、です」
緊張しすぎて、噛んでしまった。そして、言った瞬間、羞恥で耳まで熱くなった。
私は勢いに任せて続ける。
「わ、私には恋人とかおらんけん……夫に渡すのが筋やと思うて」
可愛げのない言い方だ。けれど、今の私には、これが精一杯だった。
朔之介さんはそれを受け取り、裏表をひっくり返してまじまじと見つめる。
「手作り……奈江が作ったの?」
「そう……です」
彼は箱を開け、――亥の子餅みたいなチョコレエトを見て、声を出さずに笑いを堪えている。
「……これは、凄いな」
「ちょっと。笑わんでください!」
「いや。笑ってないよ。笑ってないけど、なんていうか、嬉しすぎて?」
朔之介さんは、指でつまんで口に入れた。咀嚼して、目を細める。
「あぁ……黒蜜?」
「すごい。何が入っとるかわかるとですね。さすが」
何でもお見通しの優秀さに、すごい人だとわかっていても驚いてしまう。
「面白い。中に和を混ぜる。……君らしいね」
――君らしい
嬉しいので、梅の案だというのは、黙っておこう。
「……朔之介さん」
名前を口にするのに緊張して、声が掠れた。
「あの……お願いがあるとですけど」
朔之介さんは、チョコをもう一つ食べ、モグモグと口を動かしながら真っ直ぐ私を見た。
「お願い?」
「はい……“妻”としてお願いがあるとです」
朔之介さんの綺麗な喉ぼとけが、口の中にあった甘さを体の中に落とすように、こくんと動く。
それからひどく色気のある笑みを浮かべて、私をじっと見つめた。
「妻からの初のお願いだね。嬉しいな。どんなお願い?」
「お、お願い……というか、取引き、というか」
美麗な表情の破壊力がすごくて胸がうるさい。
「あ、先に聞いときたいことがあったんやった。岸田の嫁は家を守ってない、って正月に鎌倉の叔父様がおっしゃってた。私がこんな風に外で色々やってるせいで、朔之介さんは迷惑をしとらんですか?」
美しい眉が、一瞬、ぐっと上がって、面白がるような表情を作る。
「君との結婚を望んだのは。まあ、成り行きもあったけど、君を置物にするためじゃない。……僕は、家を守る“奥さま”より、一緒に商売ができる相手が欲しかった」
「商売ができる相手?」
「そう。僕の商いは、敵が多い。でも、家の中に“僕と同じ目線で数字を見る人間”がいたら。それが一番近い人だったら、少なくとも最後の最後で何があっても救われるだろうなって思って」
朔之介さんは、机の上の売上表を指で叩いた。
「だから、君がこうして商いを面白がってくれていると、安心するよ」
それは、甘い言葉ではなかった。でも、私には、甘いチョコよりもひどく心を溶かす言葉だった。
「……なら」
私は、息を吸った。
「なら、今まで通り、この店を思うように動かして、朔之介さんが自慢にできる店にしてみます」
私のその宣言に、一瞬、面食らったように目を丸くした後、朔之介さんは今までに見たことのない子どものような笑顔を見せた。
「ありがとう、奈江。すごく、嬉しいよ」
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