2章7話 外部依頼を請け負いに
2章 それぞれの弱さ
食堂にあるスケジュールボードと社内業務掲示板を見に行くのが、毎朝のルーティンになった。
その日の業務と担当家事を、掲示板のカードから選ぶのだ。これらのカードと成果物または報告を提出し、給料が算出される仕組みになっている。
俺は、今月の施設利用料は余裕で払えるペースで働けていた。
俺達は基本的に自分達で働けるし、生活も分担しながらできている。でも、あくまでも病人だ。そこで、会社が契約している外部ヘルパー兼カウンセラー、ミロナさんが週二回来てくれている。
昨日はミロナさんのおかげで丸一日休めたからか、今朝の体調は悪くない。今日は久々の外出予定があるのでラッキーだ。
今日はルーティンはお休み。部屋で簡易な朝食を済ませ、そのまま玄関へ向かった。
玄関の受付台の電話から内線する。作業室に繋がっていたと記憶しているが、誰か出てくれるだろうか。
「ルークです。外出します。昼過ぎに戻ります」
『おう、いってらっしゃい。気をつけて!』
ダンカムさんから返事を貰い、会社を後にした。
今日は晴れ。太陽に向かって足を進めていく。
今日の目的地は、帝都ゼフキのメインストリートの一つ、マイゼン大通り。引越しの時通った大通りだ。
片道徒歩一時間と、人混みに突っ込むストレスが不安ではある。とは言え、馬車を頼む程の距離と体調ではないし、まあ、のんびり歩こう……。
石造りのマイゼン大通りの中程にある、古く荘厳な建物の一つが『都民軍事依頼所』。
帝都防衛統括機関が動くまでもない帝都民の困り事や相談のうち、軍事分類の話が集まるのがここ。
民間軍事企業や傭兵、自警団が仕事を求めて日々集う。今日は俺も、イルネスカドル本部チームを代表して仕事を請け負いに来たというわけだ。
重めのドアを開けると、格好は様々だが引き締まった体をした人々でごった返していた。
威圧感はあるが、兵団を思い出して居心地は悪くない。昨日、ログマはここが大嫌いだって言ってたが。
窓口の有角人のおばさまに、金属の事業者カードを見せる。
おばさまが何かの資料らしき分厚い紙束を開きながらこちらへ問いかけた。
「イルネスカドルさんですね。今回はどういう仕事をイメージされていますか」
とりあえず、兵団に来ていた仕事条件と同じ項目で話してみる。
「一週間前後で終わるくらいの内容で、危険度は低から中でお願いします。場所は都内か近郊だと嬉しいです。報酬は応相談、最大稼働メンバーは五人、戦闘可です」
「分かりました。調べますねぇ」
おばさまが紙束にいくつか栞を挟み、その中の一ページをこちらに向けてくれる。
「いくつかありますけど、是非請け負ってほしいのはこれですかね。行方不明者の発見保護です。場所は帝都北区。納期十日」
会社は北区に位置するので、場所はよさそうだ。
「発見保護で満額、失敗や途中辞退時も手付金で二割頂けますぅ」
全くの無駄骨にならないのも良い。
……だが、人探しは時間が命だ。無闇に請け負って何も得られないのが一番まずい。手付金を貰えたとしても、後味が悪い仕事になる。誰も幸せにならない。
「こちらは五人ですからね。現段階で手がかりはあるんでしょうか」
おばさまが顎に手を当てる。
「それが、沢山あるんですよぉ」
彼女がページを捲ると、沢山の情報が列記されていた。
「実はこの依頼、人探し専門事業者からの引き継ぎ案件なんです」
おばさまはそのページの中でも大きく書かれた文を指差した。
「保護対象が盗賊団と関わっている事が分かったので、交渉、制圧できる戦力がある方々にバトンタッチしたいとのことです」
「ああ、そういうことですか……」
「盗賊団と言っても、小規模かつ歴が浅い、寄せ集めの集団だそうです。御社は依頼解決率の高い優良事業者なので、ぜひ解決してほしいなあって!」
会社の実績はともかく、俺自身は初の請負なので、もう少し軽い仕事の方がいい。対人の仕事は何かと面倒なんだよな。断ってもいいだろうか。
断りたい雰囲気を感じたのか、おばさまがもう一押ししてくる。
「依頼者さんからも催促されてるので、お願いしますよ。あっ、満額貰える場合の報酬は、依頼者謝礼に依頼所ボーナスが加算されて百万ネイです!」
ということは、会社の取り分を引いて五人で割ると約十万ネイ強。この仕事一件で、全員の二ヶ月分の施設利用料を賄えるという計算。
先日の、余裕がないと言った彼らの顔が、鮮やかに思い出された。不安と、自責と、少しの諦めが滲む顔。
俺はあの表情に、痛いほどに共感していた。
イメージより重めの仕事だが、その後、皆に余裕ができるなら悪い話ではないと判断した。
「……じゃあ、それで」
「ありがとうございますー! 詳細の書類はこれです! あとは手続きしちゃいますねぇ」
こうして初の請負仕事を手土産に帰ることになった。帰りがてら市場に寄って買い出しをして、昼食をとる予定だ。食べながら依頼内容を確認するとしよう。
市場に着いて、目を丸くした。
「何かの間違いか? 物価高……? いや……え……?」
ロハ市で売られていたそれより小ぶりな野菜に、二倍の値段がついている。それを皆、躊躇なく大量に買っていく。
怯んだ俺はメモ通りの野菜だけを買って、市場内の飲食エリアへ足早に向かった。
――先日問題になった食費の節約というのは、田舎の感覚より切実なのかもしれない。
食事を持って席に着く。『マイゼン八百屋メシ』という日替わり野菜のシチューにしたが、ロハ市のちょっといいレストランくらいする。美味しさの裏に値段がチラついて複雑な気持ちだ。
セットの果実ジュースを飲みつつ、依頼の詳細を確認する。
捜索対象は十六歳のランツォ君。学園十一回生。
二週間前に北区の自宅から家出、行方不明に。赤毛で中肉中背、服装は不明、靴は茶色の編み上げショートブーツと思われる。
希望納期は十日間、進捗次第で応相談。
前任事業者の引き継ぎ情報は、確かに詳細だった。
父は会社経営者で裕福な家庭。近頃のランツォ君は両親との会話が減って反抗も増えたが、原因は不明。
ランツォ君が北区内で活動する小規模盗賊団に同行しているとの情報があり、実際に事業者も目撃している。連れ戻すには、盗賊団との交渉、決裂時の制圧が予想された。
人探し専門の前任事業者は、力不足と判断し、早期に途中引き継ぎを決めた。
資料には他にも、ランツォくんの写真や盗賊団員の特徴、悪行の例が載っていた。
――剣技には自信があるが、悪人の考えることは想像がつかない。他メンバーの戦闘力は高く、実績もあるとダンカムさんから聞いているが……。金額に釣られて安易に請け負った自己嫌悪で落ち込んできた。
帰ったらまずは皆に相談してみよう。席を立ち、まだ歩き慣れない帰路についた。
帰社してすぐ食堂に向かうが、誰もいなかった。キッチンに買った野菜を置いて、スケジュールボードを見に行く。
「えっ」
――誰も、何も記入していない。




