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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第1部 鬱病剣士の新しい居場所

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1章6話 和解と歓迎




 ──おーい、正義のヒーロー! 



 背後から呼びかけられ、わらわれているのは絶対俺だけど、無視して歩いた。重苦しい不快感を抱える胸を張って、自分を奮い立たせる。


 歩く先から向かってきた元部下の上司と、可愛がっていた後輩が、俺とすれ違う時にわざとらしい声量せいりょうで笑う。気にするな。大丈夫。俺はみじめな奴じゃない。



 ──やがて目の前に、全身(たる)んだ男と、四人の屈強な兵士たちが立ち塞がった。



 全身が粟立あわだつ。この後起こることを、俺はよく知っている。



 ダメだ、この場面だけはダメだ。逃げようと走る脚が上手く進まない。下卑げびた嗤い声が背後から追ってくる。なんで、こんな時に限って誰もいないんだ。


 後頭部を何かで殴られ、よろめいた隙にあっという間に囲まれる。防いでも防いでも、他の打撃が飛んできて、やがて片膝をついてしまう。


 腹に強烈な蹴り。息が止まって体勢が崩れる。必死の抵抗も反撃も、彼らを喜ばせただけだった。どうすればいい。いつまで、いつまで耐えれば……。

 



 ──自分の身体が跳ねたことに驚き、目を開けた。



 夢見が悪かったようだ。全身が汗に濡れて気持ち悪い。ゆっくりと身体を起こして見回すと、そこらじゅうに自分の荷物が置いてあった。個室五、俺の新居だ。


「いて……」


 胸周りがこわばって、肩と脇腹がヒリヒリする。確か、ログマさんに好き勝手やられた後、口汚くちぎたなののしって、過呼吸でぶっ倒れたんだった。自分の格好悪さに、気持ちが酷く落ちる。


 焦げたシャツが枕元に畳んであり、俺の上半身は裸だった。火傷部分は丁寧に保護され、大袈裟に包帯を巻いて貰っている。でも、いつもの胃痛もおまけで付いてきてるし、全身あちこち痛むことには変わりない。



 靴を履いてベッドから降りる。窓の外の陽にきらめく河を見る限りは、長い時間寝ていたわけじゃないらしい。……カーテン、一番先につけなきゃな。



 迷惑をかけただろうし、まずは皆に手当のお礼を言わなくてはならない。食堂に皆居るだろうか。


 ずっとシャワーを浴びたかったのだが、火傷の直後なので控えた。リュックからタオルを出して濡らし、全身を拭いた後、着替えのシャツを出してモゾモゾと着る。痛む身体と重い心を引きずって、のろのろと部屋を出る。



 ドアのすぐ横の壁に、ログマさんがもたれていた。


「うっわ!」

「失礼な奴だな」



 身を引いたままの俺に、ログマさんは目を逸らしバツが悪そうに言った。


「お前の言う事も、一理あると思った。──さっきは、冷静じゃなかった。好き勝手言って、悪かった」



 ぽかんとする。まさか先手を取られるとは思わず、恐縮してしまった。


「あ、いや……。もう、いいよ。こっちもかなり、やり返したし。でも火術は本当に痛いからやめて」


「じゃあお互い様ってことでよろしく。まだ上にお前のメシあるから食ってこい。とりあえずこれ、渡しとく」


 攻撃については絶対謝らないんだな……。


 差し出されたのは、五千ネイ紙幣だった。


「な、なに?」


「薬代。手加減したし、そんなもんだろ?」


 俺が拒否する間も無く押し付け、彼はきびすを返し、はす向かいの個室四に入っていった。



 すごく難しい人だけど、悪人じゃないんだろうな。攻撃性が前面に出た不器用って感じだ。多分、俺が倒れてから、傷の具合を想像してお金を用意して、ずっと立っていたんだろう。そう思うと、なんだか憎めなかった。きっとこの『薬代』は彼なりの誠意だ、受け取っておくことにする。



 食堂に戻ると、三人とダンカムさんが揃ってお茶を飲んでいた。俺を見るやいなや一斉に心配を口にする皆へ、礼と詫びを言う。


 ダンカムさんは難しい顔をして腕を組んだ。


「ルーク、ごめん。経緯は聞いた。その時僕は仕事で書庫にいて、騒がしい気がして食堂に来たら、皆バラバラに倒れてたから驚いたよ。──火傷はどう? 大丈夫か?」


「少し痛むけどだいぶ楽です。丁寧に手当して部屋に運んでもらったみたいで、ありがとうございます。ご迷惑おかけしました」


 ダンカムさんは頷いた。


「ログマには僕からもキツく言っておいたから。弁明もないそうだ。目を離していて、ごめんよ」


 そして見回す。


「──他の皆にも再確認だ。僕やレイジがずっと監視するわけにはいかない。基本的にはメンバー達の自治じちに任せる事になる。一人一人が、再発防止を意識してくれ」


皆は、揃って頷いた。



 ダンカムさんは再び俺に向き直る。


「あとはレイジへの報告なんだけど……ルーク、今後の対応の希望はあるかな? 内容が内容だし、重い処罰は可能だと思う。減給くらいは──」


 慌てた。


「いやいやいや。彼とは先程話して和解したので、大丈夫です。俺もやり返したし、お互い様って事で」


「そうなのか? ──いや、社内での暴力事件だからね、これ。君が和解したというのならそうなんだろうが、使用者責任というものがある」


 俺の少ない知識を駆使して、必死に事を収めようとした。


「でも、業務とは無関係の、会社には予見よけんできない、人間関係のいざこざです。慰謝料も貰って示談しだんは成立していますし、何より大事おおごとにしたくありません」


 ダンカムさんはなおも悩んでいたが、お願いしますと押すと、ため息をついた。


「分かったよ、これは僕で止めておく。もう一度同じようなことがあったら流石に問題にするからね。──とにかく、お大事に」


よかった。礼を言う。



 ダンカムさんは席を立った。


「僕はこれから、また書庫や作業室で仕事してるよ。ルーク、何かあったらすぐ相談してくれ。先輩達、色々教えてあげてな」


 皆で返事をして、彼を見送った。



 ドアが閉まった途端、三人に囲まれた。


「和解したの? あんなことされて?」


「何をして、仲直りしたんですか」


「慰謝料で済む問題かい? よかったの?」


 一気に答える。


「彼から頭を下げに来たんですよ。俺も、それを見て、なんかもういいやって思ったから」


 皆、驚きながらも少し嬉しそうだった。ログマさん、普段から謝らない人なんだろうな。



 恥ずかしくなって、目を伏せる。


「それに俺も……暴力と暴言で反撃しましたから。おあいこです。みっともないところを、お見せしました」


 皆は苦笑いだ。だよな。あれは、フォローできないよな。俺もそう思う。



 彼が言っていた事を思い出し、話題を変えることにした。


「昼飯、まだどこかにありますか?」


 ケインさんが手を口元に当てた。


「あー! そうだよね、今温めてあげるからちょっと待ってて」


「あ、いや、自分でやります」


「怪我人は座ってて。て言うか、敬語やめようよ。うちそのへん緩いから!」



 怪我の功名こうみょうか、結果的に全員と話せるようになった。三人と話しながら、ハンバーグを口に運ぶ。


 ケインさんのお言葉に甘えて敬語はやめた。


「すごく美味しいよ、ご馳走様。あのさ、なんであの時揉めてたのか、聞いてもいい?」



 ケインはちょっと困った顔をしたけど、サイドヘアーを指でくるくるしながら話してくれた。


「ここしばらくチームの調子が良くないの。仕事も、病気も。前のリーダーは居なくなっちゃった上に、生活も余裕がない状況が続いててさ」


 リーダー、なんで居なくなったのかな。俺の立場だと凄く気になるけど、なんとなく、今は聞かないでおいた。


「私は料理業務を担当する事が多いんだけど、皆の体調が心配だからって、食費を気にしないで作ってたの。だから、ログマに叱られちゃった。巻き込んで、ごめんね」


 いやいや。と言いながら、少し考えた。食費なんて人数で割れば大した負担額にはならないような気がするが。ログマの言う危機感を持てという言葉も一理ある状況なんだろう。



 カルミアさんが続く。……なんとなく、歳の離れた彼には『さん』を付けることにした。


「でもね、ここ最近は皆体調が安定してきたし、久々に外部依頼を請け負いたいって話してたんだ。ルークが落ち着いたら、依頼所に行ってくれたら嬉しいな」


 力強く頷いた。


「そういうことなら、任せて。でも俺、ゼフキのことも、会社のことも分からないから、色々教えてくれたら嬉しいな」


 三人は微笑ほほえんで、承諾してくれた。




 荷解にほどきに四苦八苦すると、すぐに夕飯の時間になってしまった。


 今日の夕飯準備は他のメンバーに任せていいと聞いている。夕飯は、レイジさんやダンカムさんは勤務時間外となるため基本的に同席しないそうだが、他のメンバーは揃っているだろうか。



 食堂へ上がると、深緑色のエプロンが似合うケインが、皆の皿に野菜炒めを分けていた。こちらに気づき、パッと笑顔を向けてくれる。


「ルークだ! ちょうどいいとこにきたね。座ってて」


 キッチンから出てきたカルミアさんは、トレイにデザートの皿を乗せている。


「ふふん。ルークの入社を記念して、おじさん秘蔵の果物酒でゼリー作っちゃった。アルコールは飛ばしてるから下戸げこでも大丈夫だよ」


じかに口つけて飲んだやつじゃないよな、おっさん?」


「ひどい! 開けたばっかりのやつだよ!」


 憎まれ口を叩きながらケラケラするログマも、なんだかんだで食器を持って配膳している。


 全員のコップへお茶を注いでいたウィルルはくすくす笑った。


「夕飯は仲良く食べようね、ログマ。お腹は燃やさず満たしましょ」


 なんの嫌味でもなさそうな彼女の言葉に、つい吹き出した。ログマは顔をしかめた。


「たまに余計な事言うよな、お前……」



 席に着いた皆を立ったまま見ていたら、不思議そうな顔でケインが空席を指し示した。


「どしたの、座りなよ。何かあった?」


 我に返った。


「あ、うん、なんでもないんだ。……うん」



 俺が席に着くと、皆がお茶のグラスを持った。ケインが明るく音頭を取る。


「では改めて! ルーク、ようこそー!」



 グラスの音が、軽やかに弾けた。




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