15章84話 真逆の二人
ピンとこなかった。
「えっ? うん、まあ、あんまり似てないのは分かってたけど」
「似てないどころじゃない違いがあるんだよ」
ログマは、一息ついた後、はっきりと言い切った。
「――俺は、自分を守るために他人を削る」
息を呑み、彼を見つめる。その横顔を見ただけでは、彼の感情は窺えなかった。
「俺は人付き合いが嫌いだ。正解がちっとも分からん。その面倒さの割に、得より損の方が多いことすらある。そうなりゃ、最初から関わらないのが一番楽だろ。だから、俺に寄る奴は排除する。他人はそんな俺を嫌って離れる。俺はそうして快適にやってきた」
「へえ……」
「ルークは、それの真逆だろうが。お前は人付き合いの正解を探し続けてる。人が好きで、人にも自分を好きでいて欲しいと思ってるだろ? そして、そのために自分を削ってる」
……確かに真逆だ。俺の事、よく分かってるじゃないか。相槌も打てずに黙り込んだ。
「本当に理解できねえよ。お前にとっては、それが快適なのか? ――いや、快適なんだろうな。お前は自分のした事で他人が笑ってる時、一番嬉しそうだからな。俺から見れば狂気の沙汰だ。気持ち悪い」
もはや恒例の罵倒に、苦笑した。
「ログマって、よく見てるんだな。俺の事をそこまで分かってるとは思わなかった」
彼は呆れたように片眉を上げる。
「普通に見てりゃこれくらいは分かる。お前が鈍いんだ」
「あー、はは、それは否定できないな。――そんなに分かってるのに、理解はできないのか。確かに俺も、ログマのことよく分かんないな。俺達、ほんとに違うんだなぁ」
なんの気ない言葉だったが、彼の顔が少し曇った。
「……そうだよ。違いすぎる。……だから困ってんだ……」
「えっ」
ログマはそのまま、いつか見た時のように、俯いて胸を押さえた。少し苦しそうな息遣いをした後、小さな声で呟いた。
「いい加減、迷惑なんだよ。 何度排除してもしつこく寄ってきやがって。お前はいつになったら俺を嫌いになってくれるんだ?」
そんな寂しい問いかけに俺が返せたのは、戸惑いだけだった。
「そ……そんな。だって俺――」
「言うな」
「えぇ?」
「……分かってんだよ。本当に嫌気が差すくらい分かる。だからこそ、俺はお前が大嫌いだ」
「嫌いって言わないでくれ……分かってても辛いんだ」
彼は再び項垂れて黙った。ズボンのポケットに突っ込んでいる手が力んでいることに気づいてしまって、申し訳なくなった。きっと気づかれたくないだろうから。
ログマは普段、自分のことを話したがらない。なのに今は、それを懸命に言葉にして伝えてくれているようだ。何故だかは分からない。だが、人付き合いを嫌い、合理的な考え方をする彼が、今、俺に話すべきと判断したなら、俺はそれに向き合いたいと思った。
ログマは再び、少し苦しげに呟く。でも今度は、さっきより大きな声だった。
「俺達の関係は互いに一方通行だ。居心地が悪い。――仕方ねえから、折り合いをつけるぞ。俺も少しは調整する」
向き合いたいと思った矢先に、よく分からなくなってしまった。首を捻る。
「折り合いとか調整とか言われても……。俺がログマを嫌いになって、ログマが俺を好きになるってこと? それは無理じゃねえ?」
肩越しに思い切り睨まれた。怖い。
「これだから鈍くて頭の悪い奴は……!」
「うわぁごめん!」
彼は立ち上がって向き直り、正面から改めて俺を睨む。酷い人格否定を覚悟して縮こまったところに、乱暴に吐き捨てられた。
「――ルークは俺のために自分を削らない。俺は俺のためにルークを削らない。そこを少し譲歩し合うぞって話をしてんだよ!」
目を開きすぎて零れ落ちるかと思った。俺は確かにログマを大事にしていたし、身を削ることもあったかもしれないが、それでいいと思っていた。それを変えようとは思っていなかった。完全に予想外の提案だ。
呆然と言った。
「わ、分かったよ……いや分かんねえけど……やってみるよ」
「頼りねえ返事。だからリーダー向いてないってんだよ」
「俺、今また削られたけど、それはいいの?」
「……………………すまん」
「へぇ? 調子狂うな……」
「本当にイライラさせてくれるな! さっき言った事だろうが! お前は身を守る! 俺はやり過ぎないようにする! これで少しはバランス取れるだろ!」
またキツく睨まれてしまった。でも、知り合った頃みたいな敵意は感じなかった。ログマの顔は真っ赤だが、おそらく怒っているだけではなく、恥じている。嫌いな奴に歩み寄っているんだから当然か。居心地が悪いんだろう。
不器用なこいつがここまでしてくれるんだから、俺も変わらないとな。
「ごめん、ようやく分かった。ありがとう。――ふふ、俺も頑張る」
「はあ。疲れた……」
ログマは怒ったような動作で椅子を元の位置に戻した。話は終わりなのだろう。
「見舞いに来てくれてありがとな。ゆっくり話せてよかったよ」
「……好きで来てた訳じゃねえ。様子を見に来れる奴がいなかった」
「え……」
「あれからうちの全員が調子を崩した」
動揺を隠せず、小さな困惑の声が漏れた。
「風竜討伐から五日目だが、持ち直したのはケインと俺だけだ。今日はケインがスパークルに同行して残党の討伐に参加してる。ウィルルとカルミアは引きこもりだ」
申し訳なさに俯く。――五日も経ったのか。
聞きたいことが幾つも湧き上がったが、ログマは背を向けてしまった。
「これも譲歩だ。質問責めにした代わりに、一つ教える。本当の自己紹介だ」
少し躊躇うような間の後、こう言った。
「俺の地雷は身内の死だ。特に自死は堪える」
「あ……」
確かに、入社初日の自己紹介では、俺のことが嫌いとだけ言われたな。身内の死、自死か。俺、彼の地雷を――。
うん? このタイミングで言ったってことは、俺も身内と思ってるって意味か? もしかして思ったより嫌われてないのか? いや、それは流石に自惚れすぎだ、さっきも俺のことが大嫌いだって言ってた。でもこいつ素直じゃないし――。
俺の混乱をよそに、ログマはひらひらと手を振った。
「医師を呼んで、俺は帰る。夕方、他の奴らも連れてもう一回来てやる。じゃあな」
「ログマ!」
「ああ?」
大層不機嫌そうに顔を向ける彼に、笑いかける。
「話せてよかった。ありがとう」
「さっきも聞いた。何度もうぜえんだよカス」
「結局言い過ぎてんじゃん……」




