15章83話 見舞いに来たのは……
15章 負わせた傷
名前を呼ばれている。……ああ、今度は何? もう何も見たくない、聞きたくない、傷つきたくない!
「ルーク! しっかりしろ!」
よく聞いたら、嫌な声ではなかった。
誰の声だったろうか。声だけ聞くと分からない。だが、イルネスカドルの仲間達なことは確かだ。強ばった全身から力が抜ける。
心配してくれているみたいに聞こえた。おそらく、何か呻くか苦しむかしていて、気を遣わせたのだろう。
カルミアさんか? もしかしたらレイジさんかも。ダンカムさんだったらもっと大きい声の筈だ。ケインは高くて通る声をしてて、ウィルルは細い声。ログマの可能性はあるが、俺を心配するような奴じゃないからな。
重い瞼を持ち上げて視界に入ったのは、ログマの顰めっ面だった。
「お前かよ……」
「失礼な奴だな」
俺の声が掠れ、呼吸も荒れている事を気遣ったのだろうか。ログマはコップを持ってきて、雑に水を飲ませてくれた。勢いが乱暴すぎて溺れるかと思った。
慣れてない布団と枕で、ずっと寝心地が悪かったような気がする。天井が白いカーテンに切り取られていて、窮屈で落ち着かない。考えるまでもなく、ここは病院だ。
起き上がろうとしたら全身が鈍く痛んだ。首だけ持ち上げて身体を確認すると、包帯で巻かれたり管を繋がれたりで物騒な様相になっていた。額には湿布の冷たさを感じるから、怪我に加えて熱もあるのかも知れない。
満身創痍だ。……だが、生き延びた。
俺はこの結果を受け止めたが、どんな感情をくっつけたらいいかは分からなかった。持ち上げた首を再び枕に預け、理由のないため息をついた。
ログマは椅子を持ってきてベッドの傍らに腰掛けた。彼は目を逸らしたまま口を開く。
「……酷く苦しんでいたぞ。傷が痛むのか」
「あ、いや……確かにあちこち痛いけど。きつい夢を見てたんだ。気を遣わせてごめんな」
「そうか。別に、ただ確認しただけだ」
そう言ったきり、ログマは無言になった。
気まずい。ログマと二人の時の話し方は、未だに分かっていないのだ。彼は言葉が少なく、不機嫌なことが多く、世間話は弾まず、すぐ罵ってくる。そもそも俺は嫌われている。病み上がりには厳しい相手だった。
目を泳がせていると、彼の方から口を開いた。
「聞きたいことがある」
ぶっきらぼうなログマがわざわざ前置きをした。きっと大事な、重い質問なのだろう。ストレスの予感がする。
「……なに?」
ログマはゆっくり、淡々と言った。
「お前は、あの時、あの場所、あの方法で死にたかったのか?」
うっと呻いて顔を顰めた。やっぱり嫌な事を訊かれた。
「……無意識で、そう思ってたらしい」
ログマに冷たい目で睨まれて、悲しくなる。お前のその目線、苦手なんだよな。逃れるように目を伏せた。
彼は少し早口になった。
「お前はいつも、同じ事を何度も言わせる。自分の現状を誤魔化すなと言った筈だぞ。死にたいならもっと早くそう言えよ。クソ馬鹿。ゴミ。腑抜け」
「ごめん……でも言い過ぎ……」
少しの沈黙の後、質問が続いた。
「……なぜ誤魔化す。なぜ死のうとした」
伏せた目を上げて様子を見たら、失望したみたいな顰め面をしていた。俺が残ると言い張った時と同じ顔。その顔を見ると心が痛む。
――これを口に出すのは、辛いんだけどな。
「……すっごく疲れてた。ずっと。全部に。それを認めて口に出したら折れそうな気がして、誤魔化す癖がついた」
苦笑した。
「それにも限界が来ていたんだろうね」
ログマとは目線が合わない。そして、やはり早口だ。
「お前はあの時、トラクの死に耐えられないって言ってたぞ。あれも誤魔化すための嘘か? 心中するんだと解釈していたが、トラクだけ歩いてきて驚いた」
彼の頭の回転の速さについていくのが大変だ。
「えっと、嘘はついてない。でも、心中したいわけじゃなかった。誰かが死ぬのはキツすぎるから、全員助けたかっただけなんだ」
また目を逸らした。
「……でもあの時、自分を犠牲にする手段しか思いつかなかったのは……死ぬ理由が欲しかったからなのかなあ」
ログマは静かに項垂れた。美しい銀髪が前へ垂れ、表情が分からなくなる。
黙ったまま、三十秒くらい経った。俺の答え、正直過ぎただろうか……とそわそわしだした頃、ログマが顔を上げた。
「お前、リーダー向いてないよ」
「うえぇ! そんな!」
本当にショックだ。いつもの悪口に比べ、今回のは段違いに本気っぽい響きだ。
眉間に皺を寄せてログマを見ていたら、ここで初めて目が合った。
「お前は、すぐ自分を削ろうとする。自分を削って誰かを助けることに生きがいを感じてる。今回の件は、その最たる例だ」
本質を突かれた気がした。苦しいが、聞くべき事を言ってくれている。言葉を続ける彼を、まっすぐに見つめた。
「リーダー業務に生きがいを感じるのはいい。だが、自分を削ることに生きがいを感じられると、迷惑だ」
「……それは、なんで?」
「当然、お前は消耗する。周りは気づかず、お前の犠牲ありきで動く。その末にお前が倒れると、その結果を全員が背負わされる。誰も得をしない、最悪の行動だ」
ぐうの音も出ず唇を噛む。俺が自分を犠牲にして周りが幸せになるなら、結局は俺も幸せだし、それでよかった。迷惑になるとは思ってなかった。それでも、ログマへの反論は、全く思い浮かばなかった。
「そうか……そうなんだな。ごめん……」
大きなため息をついて目を逸らされる。
「生きがいのために死のうとするのはやめろ」
それを聞いて、可笑しくなった。
「あっはは! いてて。――おかしい話だな。我ながら矛盾してる。うはは!」
「……相手するこっちの身にもなれ」
「ふふ、ごめんごめん」
ログマは身体を俺から逸らして長い足を組み、苛立ったように揺らした。
「……俺とルークの意思疎通が上手くいかない理由がよく分かったよ」
「え! ほんとか? すっげー聞きたい!」
彼は、前のめりになった俺を横目に見て舌打ちをした。
「ルークは、俺の逆だからだ」




