11章61話 命、金、その責任
陰鬱な雰囲気のまま解散して、病院の出口を大通りへ出る。
街はもう夜に差し掛かっていた。宵闇に光る街灯と、それに照らされる石の街並みが神秘的で、俺は思わず立ち止まった。
ちらちらと光る色とりどりの燐光は、人々に永く親しまれた精霊達が根付いている表れだ。旧帝国の祈祷の場であったニーモ遺跡は、今もなお人々の祈りを集めているのだろう。
皆と共に帰路に着く。よく見ると、暗い窓がちらほらと目立つ。宿屋を中心に、酒場や飲食店、民家でさえ、光の中で影に溶けて、なんだか寂しかった。
風竜がいなければ、遺跡が観光地のままなら、どんな景色だったんだろう。人々の営みが光となって、より輝いて見えるんだろうな。
――そして、このまま風竜の好きにさせていたら、見渡す限り全ての光が消えてしまうんだ。
ああ。俺、この美しい街を助ける為の仕事をしてたんだな。
今更実感した。依頼の達成目標は見えていても、その先なんて見えてなかった。
考えてみれば、それだけじゃない。今日の俺は、自分の事だけで精一杯だった。仲間の視点を想像できずに心配をかける。敵の視点を見逃して深手を負う。客観的な状況把握が、まるで出来ていなかった。
正直凹む。でも、これを改めれば今日よりは楽になる筈だ。二進も三進もいかなくなっていた俺の前に、細い一筋の道が見つかったような、そんな気がした。
景色に目を奪われて歩きながら尋ねた。
「俺も会社に連絡するけど、この状況だし、皆の気持ち次第では辞退してもいいと思う。意見を聞かせてよ」
皆が微妙な表情で顔を見合わせる。カルミアさんが、代表するように言った。
「そりゃ、やれるならやりたいさ。高額な仕事だし。でもまあ……風竜は想定以上に強いみたいだし、他のモンスターの数も多かったし、稼働人数も減ったし、ね……。厳しいだろうとは思っちゃう。気持ちは、若干辞退寄りかな」
正直、俺もそう思っている。
ケインは困ったように首を傾げ、頬に手を添えた。
「私もそう思うけど……レヴォリオさんは絶対続行派でしょ。だからうちが辞退するなら、意見が割れて揉めちゃう。それが不安だなあ」
「スパークル全体もレヴォリオも、状況が厳しいことは認識してると思うけどな。揉めるほど強く続行に傾くかな?」
「レヴォリオさんはプライド高そうだし、途中辞退なんて考えないよ。上への報告だって、二人が怪我したってことだけ説明して、竜の強さとかネガティブな情報は伏せる筈。そしたら、辞退って結論にはならないと思うの」
「なるほどね……」
ケインの人に関する考察は大体当たる。
ログマとウィルルは黙っていたが、カルミアさんとケインの意見に異論はなさそうだった。
「ありがとう。今の話を踏まえて会社に相談するよ」
宿に着く。皆にはロビーで待つように言って、一人で宿の外に残った。
体調不良と疲労感が限界で、宿の壁に寄りかかって座り脱力した。
自分の体勢を保ち、メンバーの視線を受けながら、上司と話す――同時に全て行うのは今の俺には無理だから、一人でだらしなく会社に連絡したかったのだ。
会社のナンバーを打ち込んで通話ボタンを押すと、程なくして繋がった。はいはい、と応えた声はレイジさんだった。
「ルークです。お疲れ様です。依頼継続の是非を相談したくてご連絡しました。現場の状況を鑑みると、辞退も視野に入れるべきかと思いまして」
『そうか。理由を教えて』
現場の状況をありのままに話すと、レイジさんは受話器の向こうで唸った。
『確かにその状況は難しいな。でもスパークルはやるスタンスなんだろ。――言いづらいが、出来れば、お前らに踏ん張って欲しいな』
レイジさんらしくない、歯に物が詰まったような言い方。前職の経験から、その理由に少し心当たりがあった。
「……契約絡みですか」
『話が早いな。リーダーを任せてよかったよ』
紙を捲る音が聞こえる。
『仕事を貰う俺達の立場は元々弱い。だから業務提携の形を取ったんだが、裏目に出たなぁ。辞退や失敗になった場合、責任の話になる』
「ああ、なるほど。業務提携なら、協力し合う対等な立場に立てますもんね。でも確かに、委任契約や請負契約よりも責任は重いか……」
『思った以上に詳しいな。流石は元兵長、契約関係の仕事も経験ありか?』
苦笑した。
「受けた仕事がどういう契約か気になって、無駄な勉強をした事があるだけです」
『はは、ルークはホント真面目だな。戦うだけで充分だろうに』
曖昧に笑って返し、尋ねる。
「要は……ただでさえ偏見にさらされやすい俺達が軽んじられないようにして下さったんでしょ?」
『……まあな』
馬鹿にされながら都合よく使われて、契約違反と言われて切られるなんて言う事も、契約の形によっては有り得る話なのだ。
レイジさんは俺達の立場と尊厳を守るために、業務提携の形を選んだのだろう。
レイジさんは続けた。
『契約の話はベースだけど、実際に、計画は会社同士、行動は現場リーダー同士で決めただろ。立場も責任も行動も対等。それであっちに怪我人を出して、こっちの意思で辞退ってなると、揉めると思う』
ぐっと呻いた。
「……すみません。そこまで読めていませんでした」
『いや、俺も事前の説明が足りてなかった。すまん』
彼の口調は淡々として、俺を説得しようと言うよりは、分かりやすく説明しようという雰囲気が感じられた。
『要はさ、うちの都合で業務提携の解消を強行するとなると、あっちの損失を補償しなきゃいけない。タダ働きどころかマイナスを被るんだ』
「マイナス……。メンバーへの直接請求はないだろうと分かってますが、額を聞いてもいいですか」
『この場合は成功時報酬の三割を払う事になるんだが、それに怪我人の補償が乗っかって――百三十万ネイが落とし所かねえ。交渉はするけど』
息を吸って天を仰いだ。この赤字が経営に及ぼす影響は、考えたくもない。
「うわ……えっと……。さ、三百五十万ネイくらいの仕事を請けないと埋め合わせ出来ませんよね……」
『大きい仕事だから、補償額も大きくなるんだよな。とは言えこれは会社として処理する問題だから、そこまで背負うなよ』
「お気遣い感謝します。でも、事の重大さが分かりました。……会社に潰れられたら俺達の生活もヤバいですし、少しは背負わせて下さい」
『はは、それもそうか。でも正直、現場リーダーが経営事情を気に留めてくれるのは助かるよ。――改めてメンバーと話してみてくれないか。辞退に決めたならまた連絡をくれ、すぐに断る。命が最優先だからな』
「ありがとうございます。また相談させて下さい」
終了ボタンを押して、でっかいため息をついた。こういう時、上下の意見を理解して、互いが納得するように落とし込むのが俺の仕事になるんだろう。
要は、うちのメンバーが続行しようと思えるように説得する必要があるのだ。
「説得、苦手なんだよなぁ。どうしよう……」
どう話せば納得してもらえるんだ? 死地に赴く戦士達に対して、金がかかるから断れないよ! だけで良いとは思えない。
レイジさんの契約が失策だったとは思わないし、スパークルを恨ませてしまっても良い事はない。俺には皆を上手いこと丸め込めるような話術はないし、牽引する力もない。
――良くないんだろうけど、俺を悪者にするしかないかぁ。
のろのろと宿の中へ戻る。四人はロビーに座って待ってくれていた。最初に気づいてくれたのはケインだ。
「ルーク! お疲れ様。どうだった?」
「レイジさんと話したよ。改めて、皆に相談していいかな……」




