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イルネスウォリアーズ-異世界戦士の闘病生活-  作者: 清賀まひろ
第2部 不器用で温かい仲間達

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6章32話 ログマの試練




 宿の食堂で、皆揃って朝食を摂る。小規模な宿だったが人気らしく、多くの宿泊客で賑わっていた。



 やはり気になるのはログマだ。向かいに座る彼の顔をちらっと見たが、意外にもくまは薄かった。あの後、眠れたのだろうか。


 しかし、今日はその隣のケインの方が余裕のない顔をしていた。顔色の悪さが化粧で隠しきれていない上、食事もあまり進んでいないように見える。


「ケイン、もしかして体調悪い?」


「……えへ、ちょっとね。気持ちが落ちてるかも。まあ、朝は悪くてもだんだん上がってくることが多いから、あんまり気にしないでね」


「無理はするなよ。もう戦闘はないから、ペンダントを届けたらゆっくり過ごそう」



 その会話を聞いて、フードを被ったウィルルが隣へ微笑んだ。


「ねえ、ログマ。ペンダント届けに行くでしょ?」



 ログマはあからさまに不機嫌な顔をしたが、ため息をついて返事をした。


「……行く」



「わーい。皆でお散歩、嬉しいな。ペンダント見つけたの、喜んでもらえるかなあ」


「散歩じゃねえ、仕事だっての……はは、引きこもりにとっちゃ外出は全部お散歩か」


「ログマの意地悪! 最近はお仕事で頑張って外出してるのにい」


「……まあ、それはそうかもな」


 ログマは、ウィルルにはあまり強く言わない。彼女の繊細さを分かっているからだろうか。……なら人を選んでやっているって事か? 俺も繊細なんだが。



 でも、メンバーの中で最も裏表がないウィルルに聞いてもらえて、助かった。少し口角を上げながら言う。


「じゃあ、宿の外に十時集合。私服で行こう」




 ログマの案内で――と言うよりは怒ったような早足のログマを追いかけて、街を進む。


 門から離れれば離れるほど、農地や牧場が増えて牧歌的な雰囲気になっていった。カルミアさん曰く、ゼフキで売られる食品を買う時は、ここデコイス産がおすすめらしい。ゼフキに最も近い産地なので、新鮮さが違うとのこと。



 やがて、草原の中、小高い丘に佇む三角屋根の教会に辿り着く。大きく立派で、同時に柔らかい雰囲気だった。敷地内には季節の花が咲き誇り、畑には野菜がすくすくと育っている。――そして、数人の幼い子供達が歓声を上げて走り回っていた。


 協会の横に通路で繋がっている、背の低い赤い屋根の建物。これが、孤児院なのだろう。



 先頭を歩くログマが、教会入り口の門の手前でピタッと止まってしまった。持っていたペンダントをポケットにしまい、深くため息をつきながら俯く。


 心配したのであろうカルミアさんが優しい表情で顔を覗き込み、はっと顔を強張らせた。そして、何も言わず、背中に手を当てた。


 俺もログマの事は心配だったが、まだその顔を見る資格がないような気がした。俺より大きな二人の背中を、ただただ見つめた。



 やがて顔を上げた彼が、両開きの門をゆっくりと押し開く。


 開けてすぐ、礼拝堂だった。高い天井とステンドグラス、天使達を模した像が神秘的だ。宗教には明るくないから何教だか分からないが、三角形を上下に組み合わせた砂時計のような大きなシンボルが、ステンドグラスに囲まれて輝いていた。


 ゆっくりとタイルを踏み締めて進む。五人の足音がコツコツと響いて、妙に緊張する。


 祭壇前まで進むと、横の壁にあるドアが重い音を立てて開いた。司祭が、来客に気づいたのだろう。



 ――いよいよ、ログマの試練の時が来た。俺は心の中で応援する事しか、出来ないが。



 六十代くらいだろうか、年配の男性の司祭が、白髪混じりの黒髪の頭をうやうやしく下げる。


「ようこそおいで下さいました」


 頭を上げた穏やかな顔が、はっと驚きを浮かべた。


「――ログマ? ログマか?」


 後ろにいる俺からはログマの表情が見えないが、顔を逸らしたのだけは分かった。



 司祭の顔には、泣き出しそうなくらいの喜びが浮かんでいた。


「ああ……! 六年ぶりじゃないか。よく来てくれたな。元気そうで良かった。手紙を滅多に返してくれないから、心配していたよ。――おお、顔つきが少し変わったんじゃないか?」


 高揚して言葉が溢れ出ているのが、俺にも分かった。しかし、六年ぶりと言うことは――ログマは学園卒業以来、一度もここを訪れなかったのか。



 ログマの声は、いつもより低く小さかった。


「……変わってねえよ。十八から更に成長するわけないだろ」


「あぁ、ふふ。そうだね。――でも、立派になった。頼もしくて、優しい顔だ」


 司祭は破顔はがんし、背の高いログマの頭を撫でた。


「顔を見られて、本当に嬉しいよ」


 その言葉に込められた愛情に、胸がいっぱいになってしまった。俺には関係ないのだが。



 ログマは、撫でる手を軽く払い除けて、俺に返したのと同じ言葉を吐き捨てた。


「……人の顔を見て何の意味がある」


「ふふ。親というのはそういうものなんだよ」


「親じゃねえだろ」


「全く……ログマは、絶対に私をお父さんと呼んでくれないね。他の子達は皆そう呼ぶのに」


 ログマの言葉は、それきり止まってしまった。ペンダントはポケットにしまったきりだ。



 司祭は慌てて、俺達に目を向けた。


「ああ、申し訳ありません。お恥ずかしいところをお見せしております。――ログマの、友人でおられますか?」


 俺達は顔を見合わせた。なんと答えるべきか。


 ここはやはり年長者。カルミアさんがにこにこと答えた。


「ログマの仕事仲間です。所用で参りまして。……突然、すみません」


 そうだよな、突然だよな。司祭の驚き方を見るに、ログマは手紙を貰って以降、何の連絡もしないままここに来たんだろうとは思っていた。


 それにカルミアさんは、依頼の報告に来たとも言わなかった。ログマが言うべきだと思う気持ちは、俺と同じなのかもしれない。


「ああ! そうでしたか。ログマと一緒に暮らされているのでしょう? 大変お世話になっております」


「いえいえ、俺達が逆にお世話になってますよ。ログマ君は凄く頼りになります」


「おやおや。そう聞けて、嬉しいです」



 俯くログマの様子に気付いた司祭は心配そうに、数歩近づいた。


「どうした? また、眠れなかったのか?」


 ログマは余裕こそなさそうなものの、気丈に振舞っていた。


「……別に」


「具合が悪いなら休んでいきなさい。そうだ、ピリアとラシュにも会っていくかい? あの子達もお前を――」


 ログマがばっと口元を押さえ、背を丸めた。呼吸が乱れ、体が震え出す。



 その姿に、司祭も俺達も何も言えなくなった。ステンドグラスの色とりどりの光が静かにログマに降り注ぐ様が、精霊光に包まれる戦闘中の彼を思い出させた。



 息を整えたログマは、俯いたままポケットを探った。乱暴に握って、司祭に差し出す。


「これを、渡しに来ただけだ。すぐ帰る」




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