6章31話 馴れ馴れしいんだよ!
何やら穏やかじゃない雰囲気に、慌てて声をかける。
「ロ、ログマ……? どうしたんだ」
ログマの返事はなく、前屈みになった身体を両腕で抱えて震えていた。シルバーグレーの髪が前へ垂れ、表情が見えなくなる。
「はっ、はあ……ぐ……」
彼の苦悶の声に顔色を変えたケインは、慌ててペンダントを背後に隠した。
カルミアさんが彼の背中をぽんぽんと叩く。
「しんどかったね。無理に見せてごめん。――でも、これを一番探したかったのは、ログマだと思ったんだ」
荒く息をして胸元を押さえるログマは、声を絞り出した。
「……いわくつきってだけだ……」
俺が聞いても、いいだろうか。……きっと、嫌ならまた悪口を言われるだけだから、聞くだけ聞いてみよう。
「ログマ。事情を話してくれないか」
「……誰が、お前に」
やっぱりダメか。腕を組んで、別の質問をする。
「今日はもう帰るけど、明日は教会にペンダントを届ける事になるだろ。その時のお前が心配なんだが、大丈夫か」
「それはお前らだけで行け。全員揃う必要はないだろ」
ため息をついた。全部突っぱねられるなあ。
……いつもならここで引き下がる俺だけど、放っておけなかった。きっとこの依頼は、ログマの人生において重要だという直感があったから。
もう、小細工はやめだ。素直にぶつかってみよう。
「……気を悪くするだろうけど、言う。何があったかは分からないけど、お前は孤児院を嫌ってはいない筈だろ。なんで行かないんだ」
ログマは身体を起こして直立し、案の定、白い顔で睨んできた。
「面倒臭いから行きたくねえだけだよ。分かったような口をきくな」
「見ていれば、少しは分かる。一人が楽だと言ったお前が俺達を頼った。手紙が届くように、教会に住所を知らせていた。デコイス市に着いてからは、たまに上の空で穏やかな顔をしてた」
「チッ……ジロジロ見んなよ、気持ち悪ぃな」
俺も、故郷や家族には複雑な思いを抱えている。今は、ログマみたいに誰かから手紙を貰ったとしても、その為に頑張ろうなんてとても思えない。
でも、ログマは違った。自分のプライドを傷つけながら人を頼り、体調不良を抱えながら、危険を冒して、働きに来た。
どんな感情や事情を抱えていたとしても、ログマがそれらと向き合う時だろうということには変わりがない。
……だから、お節介だと分かっていても、伝えたかった。
「せっかくここまで来たんだろ。会いに行こうよ。……俺が孤児院の人なら、立派に働いているお前の顔を見たいよ」
「あぁ? 人の顔を見て何の意味がある? お前の妄想だ。俺もあっちも、そんなの求めてない。物があれば充分だろ」
彼の顔が苦しそうに歪んでいる。心は痛んだが、どうしても気づいて欲しい。一気に捲し立てた。
「それは違うよ。孤児院を出てから六年経ったんだろ? それでも、孤児院の人達はずっとお前を気にかけてる。彼らは、デコイス市の軍事系団体に頼ればいい話を、お前に持ってきた。お前の金銭事情を心配してか、単に会いたいのか、信頼されているのか知らない。でもそれはさ――」
言葉に力を込める。
「愛されてるって、事じゃないか」
ログマは、俺の襟元を掴んで激昂した。
「ああ、ああ! 本当にお前は気に食わねえよ! また燃やされてえか? 想像だけで好き勝手言ってくれやがって。お前みたいなゴミに何が分かる!」
「そりゃあ分かんねえよ! お前は何も話してくれないからな! でも俺は、お前を大事にしてくれる存在がいることに気づいて欲しいんだ!」
ログマは俺を鋭く睨みながらも言葉を続けなかった。俺の胸ぐらを掴む拳が震えているのは、どの感情によるものなのだろう。
掴まれている拳を握り、まっすぐに目を見つめた。
「……お前、無愛想で刺々しいだろ。人と距離を保つだろ。他人にも、そうされてきたんだろうと思ってたんだ」
彼は答えない。皆も、何も言わない。
「俺はお前の、周りを全部敵だと思っているような態度を見ていると苦しかった。仲間だって、味方だって思って欲しかった。でも、難しいのもなんとなく分かった」
俺はきっと、彼が嫌がる事ばかり言っている。俺みたいな気に入らない奴に距離を詰められるのは、大嫌いだろう? ごめんな、ログマ。身勝手で。仲間を放っておく事が辛い、弱い奴で。
苦い顔で笑って見せた。
「そんなお前がさ、大事にされていて、お前もまた気にかけている存在があるんだって。お前に味方がいるってことが、すげえ嬉しかったんだよ」
ログマは俺の手と襟元を振り払い、自分の胸へ手を当てた。息を荒くして俯き、また前髪で表情が見えなくなる。
逃げないでくれ。どうか、聞いてくれ。
「味方と思えるのが俺達じゃなくたっていい。だけど、大切な人達とは向き合って欲しい。後で後悔してほしくない。お前が孤児院のために探したペンダントを、お前の手で渡しに行って欲しい」
沈黙が流れる。
森の静寂が妙に優しく感じた。木々が風に揺らされるざわめき。鳥の声やどこかのせせらぎの音。その全てが、口論する俺達を丸ごと包んで、繫ぎ止めてくれているような気がした。
やがてログマはふらふらとしゃがみ込んで、頭を抱えてしまった。
ログマの後ろから寄ってきたカルミアさんに、肩をぽんと叩かれる。
「ルーク。ストップね」
はっとした。俺の悪い所が出て、ログマを追い詰めてしまった。
「う……ログマ、ごめん。俺、また熱くなっちゃったな」
カルミアさんは優しく微笑んだ。
「ルークは大事な事を言ったと思うよ。――大事だけど、凄く難しい事をね。ログマに、時間をあげよう」
そして片膝をつき、しゃがみこむログマの背をさする。
「ログマ。無理に受け入れなくていいよ。でも、君は賢い。ルークの言う事だって理解はできると思う。少しでも飲み込めれば、きっと糧になるよ」
ログマは舌打ちをして、カルミアさんの手を振り払った。
そして立ち上がり、俺の腹を蹴り飛ばした。
「うぐ!」
革鎧越しでも痛かった。素直に尻餅をついてしまった。全力でやりやがったな。また油断していた。惨めだ……。
ログマは襟を正しながら、不機嫌に吐き捨てた。
「どいつもこいつもうぜえな。馴れ馴れしいんだよ」
ずっと黙っていたウィルルが、不思議そうに言った。
「ログマって、お仕事を最後までやる人だよね?」
「は? 何の話だ? そりゃあ金を貰うんだからやらなきゃいけねえだろ。それくらい分かる」
「そうだよね、前もそう言ってたこと、あったもんね?」
きょとんとしたまま続ける。
「ログマが貰った仕事なのに、報告に行かないの?」
ケインが吹き出した。俺もにやりと笑った。ログマにとっては痛い言葉だろうが、これはある意味助け舟かも知れない。
ログマはぐっと呻いて黙った後、目を逸らしたままケインに掌を見せた。
「寄越せ。……明日までに、少し考える」
「うん。預けるね。しっかり持っててよ!」
「分かってんだよカス」
「は? 今夜は背後に気をつけてね」
物騒なやり取りに震えた。
「やめてやめて……。ほら、宿に帰ろ。――皆でさ」
疲れてぐっすりと眠っていた筈が、深夜に目を覚ましてしまった。久々の中途覚醒だ。
俺には眠剤を必要とするほどの睡眠障害はないが、慣れない街と口論で少し精神に負担がかかったのだと思う。
薄目を開けると、枕元の灯りが点ってぼんやり明るかった。俺は真ん中のベッド。右側を横目で見ると、酒の入ったカルミアさんが口を薄く開いて静かに寝ていた。
そして左側に目をやる。――ログマがベッドの端に腰掛けて起きていた。
ストレスをかけたからなあ。元々不眠なのに、余計眠れなくしてしまっただろう。
でも、ごめんと声を掛けるのは俺の自己満足だ。カルミアさんも時間をあげようと言っていたし、きっとそっとしておいた方がいい。
寝たままのフリを続けて、黙って寝直そう――。目を閉じようとして、気づいた。
ログマの手には、あのペンダントが握られている。
俯く彼の表情は見えないが、その丸まった背中は酷く寂しそうに見えた。
……いつか、話してくれるかな。俺を仲間だと、味方だと認めてくれるだろうか。
俺、散々酷い態度を取られているのに、お前の事、何でか嫌いになれないんだ。悪い奴じゃないって、なんとなく分かるんだ。まあ、もう少し、優しくして欲しいけどな。
目を閉じた。時計の音だけが響く、静かな夜だった。




