34章277話 相変わらずでこそ
対談の日、早朝。調子は心身ともに中の中。
今日の着装は特殊。ゆるめの私服の下にインナープロテクターを着込み、防刃手袋や肘当て膝当て、ダメージ軽減チョーカーなどの小物を合わせ、腰には短剣、背には長剣。そこに耳当て付きの帽子を深く被り、目立つらしい髪色を隠している。一見、護身で武器を持っただけの一般人だ。
会社を出ると、まだ弱い朝陽が心地よかった。今日はここで防衛団の乗り合い馬車を待つ。
背後で再度ドアの開く音がして、振り返る。厳しい顔のログマが現れた。
「あれっ。おはよう……?」
朝の散歩にはまだ早いはず。俺の出掛ける音で起こしてしまったかな?
彼は挨拶も返さず、俺の格好を見て眉を顰めた。
「話し合いに武器持参、ね。ついに事情を喋らねえまま行くんだな」
「……そうなったね。ごめん」
「お陰で返礼が片付かなかった」
言われるまで忘れていたが、戦闘スタイルの相談の礼だろう。確かに俺は、ウッズの件へも意見が欲しいと言った。
「家族の事で充分助けられたよ」
「いーや、それじゃ取引に沿わねえ。後味が悪いんだよ。……が、因縁のクソ貴族と話すって事しか知らねえ以上、これだけだ」
彼は悪態と同じ調子で言い放つ。
「いいか。中身はいきなり変わんねえ。だから虚勢を張れ。ナメられても脅されても知らねえフリで、堂々と笑って見せるんだよ。それだけで話の流れが違ぇハズだ」
ログマらしくない素直さで伝えられた、ログマらしい助言。俺に足りない部分を急拵えで補強できる、的確で親身な協力だ。
物凄く嬉しくて、それがまた何だか申し訳なくて、苦笑に逃げた。
「……ああ、分かった。頑張る」
「今そのツラが既にクソザコ。零点」
「うぅーん、自信ねえんだよ、実際にクソザコだから。頭脳戦で上手くやれた試しがない」
「はあぁ? 自分がヒュドラーのボスに土壇場でカマした大芝居も忘れたか?」
「…………あっ。でもあの大嘘が成功したのは偶然だ。内心大慌てだったし」
「大慌てであれが出来んなら、なおさら問題ないだろうが。自虐が矛盾してんぞバァカ」
あの時の『心底見直した』って言葉、ただの勢いじゃなかったのか。困ったな。湧いた自信で浮き足立ちそうだ。
「ふふっ、ずっと口悪ぃなあ。――ありがとう。お陰で元気出たから、いける気がしなくもない」
「……そうですかい。チッ」
遠くから、馬の蹄と車輪の音が近付いてきた。いよいよ出発だ。
馬車を一瞥したログマは無愛想に背を向けた。だが勢いよく開いた玄関ドアに、ばがぁん! と強かに弾かれる。
「はわっ誰かいた? ごめんなさい!」
派手な音と体勢を崩した彼に驚きながら飛び出てきたのは、寝巻き姿に寝癖付きのウィルル。俺を目に留めて、満面の笑みを見せる。
「あっ、やった、間に合ったぁ!」
まさか苦手な早起きをしてまで見送りに? 喜びを味わう暇も無く、ログマがいきり立つ。
「何がマニアッターだ! 危ねえだろ!」
「む、むぅ……そんなに痛かったの? ごめんね? まさかログマも来てるだなんて思わなかったの。意外とルークを心配してたんだあ、優しいね! おはよっ」
「ああああ全てムカつく! こいつを殴ってはいけない社会ごとぶん殴りてえェ!」
「なんでぇ? 壮大な乱暴だねえ……。仲良くしてよぉ。私はログマ好きだよ?」
「――くふっ。あっはははは!」
我が道を行く二人の噛み合わなさに、つい笑ってしまった。呆れるほど相変わらずだ。……それでこそ、安心させて貰える。
ウィルルが慌ててこちらに向き直った。
「あっ。あのね! どんな勝負でもルークなら大丈夫だよって言いたくて来たの」
「……ありがとう。そんな事ないけどな」
「ううん、大丈夫! 皆そう思ってるよ」
「皆……?」
「私達って、今のルークの強さを一番よく知ってるもん。心配は心配だけど、ルークがこてんぱんに負けて帰って来るイメージしてる人、いないよ? そんな事、今までなかったから!」
手放しで俺を肯定し、大丈夫! とまた笑うウィルル。なんだよ。そんなお世辞、わざわざ伝えに来ちゃってさ。何故かログマでさえ、眉間に皺を寄せてため息をついたけど、否定はしなかった。
おかしいな。俺はこれまで、弱った不器用な姿を晒し、助けてもらってばかりだったのに。褒め上手な仲間に恵まれたものだ。
「……そんなに持ち上げられたら謙遜しにくいだろ。照れちゃうよ」
タイミングよく馬車が着いた。そちらへ向けた視界は嬉し涙で霞む。やっぱり俺は情けない。何も進歩してないようにさえ思う。
――けれど。俺はもうとっくに、アミナペトラ兵団株式会社の、降級されたルーク一等兵ではない。株式会社イルネスカドル、本部チームリーダーのルークなんだよな。
俺も案外、相変わらずでいいのかも。
「行ってらっしゃあい! 頑張ってー!」
「死ぬなよ。それ以外はどうにでもなる」
馬車に乗り込む俺へ手を振ってくれる、愛らしい同志達。
今度こそ、いつも通りに返せる。
「本当にありがとう! 行って来ます!」
防衛戦士団員らと共に、行政会議の会場へと運ばれていく。いつも見ている大きな河を街の内側へと渡り、検問所を通れば、人生初の帝都中央区。皇帝のお膝元だ。
ここに居住または駐在しているのは、皇族や貴族などの上流階級とその家系、政治を動かす首相や大臣や官僚、国の財政に関わる程の大企業の関係者。あとは彼らの仕事や生活を支える人々のみと聞く。下働きの立場でさえも国の上澄み、優秀な人々で構成されている。
窓から見える人や建物も、優雅で余裕のある雰囲気だ。自分の生活圏の雑多で俗っぽい賑わいが嘘のよう。
やがて着いた『バヤト総合評議場』は、だだっ広い敷地を持つ複合施設だった。
白い石畳と整った植栽の中にいくつもの建物が並び、複数の会議場だけでなく食事や喫茶、宿泊用の施設もある。情報としては聞いていたが、初めて見る人工的な解放感と高級感に圧倒されそうだ。
馬車を降りてすぐ、同乗していた防衛団員のうちの一人が声を掛けてくれた。
「ルークさんですよね。僕、ガノン兵長から頼まれてる者です! 最初だけご案内します」
柵に囲まれた議場、その入り口の門では、入場者の身分確認や身体検査が入念に行なわれていた。担当は防衛統括機関員のようで、防衛戦士団と同じ朱色のマントに、金色の刺繍が加わったものを纏っている。
まだ貴族らしい格好の人はいない。警備の防衛団員を含め、運営側や下働きの人員が集合している段階。案内してくれる彼が何やら説明したお陰で、俺も他の防衛団員と同様の簡易的なチェックで済まされた。
場内を移動しながら、案内の男性は言う。
「敷地内は精霊術禁止でお願いします。結界が張ってあって、警報が鳴るんです。とはいえ精霊力式の道具も会議で色々と使うので、強い精霊反応がなきゃ大丈夫ですがね。うっかり警備兵に取り押さえられないで下さいね!」
敷地内広場の端、大きさの割に目立たない建物へ。いわゆる管理棟だろう。
「この部屋が今日の拠点だそうです。僕は別の仕事で来てる部外者なんで、詳細は兵長に聞いて下さい」
階段を長々と上って案内された部屋には、数人の防衛団員と共に準備を進めているガノンがいた。
「お、来た。――案内ありがと! 助かった」
「いえ全然! じゃ僕、失礼します」
先導してくれた彼は、全く深入りせずに笑顔で敬礼して、誇らしげに去った。
ガノンは彼を見送って一瞬だけ憂いを覗かせた後、いつものように人懐っこく笑う。
「さてルーク! まずはお着替えだ」




